9話 ‐入学式編‐【鬼塚乙女 視点】
蘭にもっと根掘り葉掘り廻流と何をしていたのか聞きたかったが先生から早く帰宅するように急かされ仕方なしに話を切り上げた。
現在は、葵が迎えに来るのを待っている。ふと後ろから声が掛かった。
「お嬢様、申し訳ございません。遅くなりました」
「・・・やっぱり、学校にいたのね」
「やっぱり?私はただ学校に忘れ物をしただけですよ。決してお嬢様の身に何かあったら大変だと思い学校に来ていたわけではありません」
葵のいつものわかりやすい嘘だ。その言葉の裏側には、いつでも私の動向を監視していると意味が込められているのであろう。しかし、どこかさっぱりとした気分だった。いつもなら怒る所だが、あの体育館で言われた言葉のおかげだろうか。
「ふーん。そ、れ、よ、り、も、車はどこよ?」
「はい、今回は部下を連れず一人で登校してきたので、もちろん歩い――」
「はぁ!?歩いて帰れってこと?!」
「はい、簡単に言うとそうなります」
大きなため息を吐き、仕方なく歩いて帰ることになった。
葵に愚痴?文句を言いながら帰っている途中、葵の足にハンカチのようなものが巻かれていた。
「?葵、アンタ怪我したの?」
「・・・!?いえっ!これは、最近流行のファッションです!!」
「ファッション?!あの堅物の葵が!?」
「・・・堅物は余計です」
葵がファッションに興味を持っていたことに驚いた。常に家ではメイド服のようなものと、学校へ行くときだけ制服に着替えるというイメージしかなかったのに。好きな人でも出来たのだろうか?しかし、葵は男性が大の苦手だと聞いていたのだが・・・
「もしかして・・・アンタ好きな人でも出来たんじゃない?」
「な、何を言っているのですか?!私は、ただオシャレをするためにハンカチを巻いていただけです!」
葵が取り乱す姿はとても珍しかった。考えてみれば、葵も年頃の女の子なのだ。そういうこともあるのだろうと思いそっとしておく事にした。
「それよりも、今日のお見合いの話はどうするおつもりですか?正直私は、社長とは違い、お嬢様に幸せになってもらえば相手は誰でも良いと考えています。しかし、社長の仰っていることも否定はできません。なぜなら、社長はお嬢様が幸せになってほしいと心から願っていることを存じておりますので・・・」
「はぁ・・・わかってるわよそんな事」
母がワタシにお見合いしてほしい理由なんて初めからわかっている。母は恋愛結婚で失敗している。その失敗を娘のワタシにしてほしくないのだろう。そんな事は百も承知だ。しかし、付き合う人ぐらい自分で決めたいと考えている。
「・・・わかったわ。お見合いするわ。でも、どんな結果になっても文句は言わないでよ」
「勿論です。お嬢様のお心のままに・・・」
お見合いの席に私は学校の制服で現在、見合い相手と対面しているような形で座っている。もちろん相手はしっかりとした正装で身を包んでいる。年齢は二十歳くらいだろうか?顔は整っており顔立ちもはっきりしている。名前は、黒銭 和馬、政治家の息子らしい。しかし、興味があるのはそこじゃない。
「今日は僕の見合い話を承諾して下さりありがとうございます。乙女さんの制服姿とてもお似合いですよ」
「あ、ありがと。それより、どうしてワタシとお見合いを?」
「それは、もちろん乙女さんの事を写真で一目見た時、好きになりました。そう、恥ずかしながら一目惚れというものですよ。そしてお姿を拝見し重ねて好きが増しました」
「あ、ありがとう・・・ございます」
何の躊躇いもなく好きと言う言葉を連呼する彼に困惑する。また、相手の真面目な雰囲気に飲まれ言葉もなれていない敬語になってしまう。
「そ、そう。つまりワタシの顔が好きって事な・・・ですか?」
「無理に敬語にしなくても良いですよ。言葉不足のようでしたね・・・事前に乙女さんの事をお母様に色々とお話を聞かせていただきました。乙女さんの性格や何が好きなのかも教えていただきました。そのことを踏まえて貴方の事を好きになったのです」
「へ、へぇー」
これ程、真っ直ぐに告白されたのは初めてだ。付き合うつもりがない相手でも悪い気はしない。もし廻流ではなく、この人とそういう関係になったらどうなるのだろう?こんな気持ちになるのは、今まで男性と多く関わって来なかった事が原因なのだとワタシ自身、既に理解している。だから・・・
「・・・ごめんなさい。ワタシ、今日の入学式で好きになるかもって思える人に出会えたんです。だから、このお見合いはなかったことにしてください」
失礼な事を言っているのは承知の上だ。しかし今日起きた、あの胸の高鳴りが嘘だとは思えなかった。相手には悪いが、ここはワタシの気持ちを優先したい。
「そうですか、とても残念です・・・その人の名前を参考程度に教えていただけませんか?」
「いいですけど・・・もしかして、何かするつもりですか?」
「いえいえ、まさか。そんなつもりありませんよ。乙女さんが好きになった人物とは、ぜひ機会があれば仲良くしておきたいだけですから」
なんとも胡散臭いセリフだが、ここで断ればもっと話はややこしくなるだろうと思った。
「・・・名前は空廻流。本当に何もしないんですよね?」
「ええ、もちろんです。それにしても、珍しい名前だ・・・」
もし、廻流に何かあればこちらから対抗すれば良いだけの話だと思い軽く言ってしまったが・・・本当に大丈夫なのだろうかと今になって後悔する。
「とても残念ですが、ま会いましょう。では、僕はこれで・・・」
「また?は、はい。こちらこそ(潔すぎる感じもするけど・・・考えすぎよね?)」
去っていく彼を背に、代わりに葵が部屋に入ってくる。
「・・・失礼します。お嬢様、お見合い話のすぐ後で申し訳ないのですが・・・えっと、少し気になる点があったのですが聞かせてもらってもいいでしょうか?」
「えぇ・・・何よ。長い話なら勘弁よ、明日にして」
「いえ、私の名誉のためにも一つお願いします」
やけに神妙な面持ちをしワタシの近くに急接近してきた葵は一体どうしたのだろうか?やはり、お見合いの破談についてだろうか?
「わかったわ。で、何なの?」
「感謝します。えっと、好きな人が出来たと言っていましたが・・・廻流と仰っていましたが苗字の方はなんというのでしょうか?」
また聞いていたのかと呆れそうになるが、予想はしていた。しかし、破談の話ではなく、彼の名前に食いつくのに驚いたが、葵も思春期の女子という事なのだろうと勝手に解釈する。帰ってからゆっくりとそのことについて葵に相談しようと思っていたが隠すようなことではないので話すことにする。
「空よ。葵も見てたから知ってるんでしょ。この事は帰ってから話そうと思ってたけど・・・まぁ、いいわ。って、聞いてる?」
「・・・ちなみに彼とは何を話されていたのですか?」
「詳しくは覚えてないけど・・・ふ、普通に会話しただけよ」
最後は、はぐらかしてしまった。きっと、あの言葉はワタシだけのものにしたかったのだろう。
「てか葵。アンタさっきから顔、真っ青だけど大丈夫なの?」
「・・・お、お嬢様。いままでお世話になりました・・・私はなんて言う事を」
「ちょ、ちょっと葵!どいうことよ?!あおい!?」
葵はそのまま、勢いよくどこかへ去ってしまった。