8話 ‐入学式編‐【剣崎蘭 視点】
先程、鬼塚乙女とかいう失礼な女が、私と空の話に割って入り、わけのわからない事を言い出してきた。私は、丁寧に彼女の疑問に答えたというのにも関わらずさらに憤慨した様子で私に突っかかってきた。結局、空が今朝使った技の秘訣を知れずに終わってしまった。
私は学校から帰宅するや否や道場へ向かった。入学式前に起こった、敗北の情景を鮮明に思い出す。悔しい気持ちがとめどなく溢れてくる。
道場に着くと、既に素振りをしている父上がいた。私は言わなければならない。約束を破る形になってしまったことを。また、勝つために私がすべき事を伝えなければならない。
「只今、帰りました。父上・・・早速ですが、伝えたいことがあります。そして私の決意を聞いて下さい」
父は素振りをしながら、こちらに視線を一瞬移した。これは、いつも父上が耳を傾けたという合図だ。
「単刀直入に申します。私は今日、敗北しました。それも名も知らぬ素人に・・・」
父はいつものように素振りを続ける・・・
「・・・負けた?それも素人に・・・敗因は?」
「隙だらけの胴を狙った横薙ぎを放ちましたが、しゃがむような形で回避されました。そして、回避するだけではなく私の面を確実に捉えたカウンターが返ってきました」
「ほぉ、隙を突いた一撃にも関わらず、相手に読まれていたと・・・そいつの名前はなんだ?」
「はい・・・名前は空 廻流という珍しい名でした」
父が振っている竹刀が手からするりと抜け落ち道場内に響く。私は反射的に目を瞑る。もしかしたら、あまりの失態に竹刀を持ち続けれらないほどに失望されたのだろうか?
「空廻流だと・・・まさかアイツが言っていた事は本当なのか・・・」
「ち、父上?もしかしてご存じなのですか?」
「ん?・・ああ」
こんなにも、歯切れの悪い父上は珍しかった。しかし驚いたのはそこではなく父上が彼を知っていた事だ。彼はそんなにも有名人だったのだろうか?、父上が知っているほどの武道家なら私も知っているはずなのだが・・・
「空廻流という人物は、父上が知るほどの有名人なのでしょうか?私は一度も聞いたことがないです」
「有名か・・・少し違う。私は、朝に用事があると言ったな」
父上は私と対面になる形で正座をする。父上が正座をして話すことはとても珍しく、重要なことに違いないと直ぐに察した。
「用事というのは各地域の各武道館から師範が集まり会議をするという、いわば数年に一度ある道場の近況報告のようなものだ。しかし、何故道場の看板を下ろした私に声が掛かったのか最初は疑問に思っていた」
父上は、以前この家の道場で何人かの生徒を集め武道館をやっていた。しかし数年前のあの日以来、道場を既に畳んでいる。では、何故道場を畳んだ父上に声がかかったのだろうか?私しかいない道場で報告することなどないはずなのだが・・・
「本来なら、例年通り報告のみを行って終わりの集会なのだが、入室した瞬間。やけに空気が重かった。それを感じた私は理解した、これはただの会議なんて平和なものではないと・・・最初に話を切り出したのは清水健太を育て上げた旧友のアイツだった。」
清水健太は柔道界ではとても有名な人物で、剣道という違う武道をやっている私でも知っている。その有名人を育てた師範(父上がアイツと言っている人物)はよく父上の道場へ遊びに来ていたため練習中、何度か見掛けたことがある。
「アイツは、微かに震えた声で言っていた。空廻流という素人の皮を被った鬼には関わってはいけないと・・・その一言だけを残して、まるで廃人のように変わったアイツは早々に立ち去っていった」
父は何を言っているのだろうか?情報量が多すぎて、脳が処理できず眩暈すらしてくる。まずは、引っかかった点があったため、そこについて質問する。まるで、意識的に空廻流がどれほど危険な人物なのか聞くのを避けるかのように・・・
「・・・廃人?師範はなぜ去っていったのでしょうか?師範は、まだ道場をやられているのですよね?」
「さっきもいったはずだ。これは本来、報告会と・・・去っていった理由など一つしかあるまい。私に忠告したつもりなのだろうな。手紙を寄こしてきたのもアイツに間違いない。余計な事を・・・」
報告会で去る理由など少なくとも道場に生徒がいなくなり経営不振になり倒産したか、自ら看板を下ろしたかの二つだ。しかし、考えにくい、あの道場には清水健太という世界的に注目されている人物がいるはずなのに?と疑問が頭に浮かぶが口に出せるほどには、まだ理解は追い付いていなかった。
「しかし、あの世界単位で期待されていた清水健太が倒せなかった相手を倒すチャンスが巡ってきたわけか・・・
それよりも蘭。既にそいつに敗北していたとはな。決意など、どうでも良い。ただ勝つことだけが重要なのだ。これからはより一層、厳しくなると思え・・・素人が鬼だと? 笑わせてくれる」
「はい・・・」
私はこれから先も勝たなければならない。誰よりも強くならねばならない。父上の期待に応えるため。それが、今の私にできる精一杯の事だ。