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2話 ‐入学式編‐【剣崎蘭 視点】

 朝の陽ざしが障子越しに刺さり、意識が覚醒していく。

私は布団から体を起こし、壁にかかった時計を確認する。

時刻は5時で、一般的には早すぎる時間だろうとは思うが、私にはやることがあるのだ。



まずは、布団を綺麗に畳んで押し入れへしまい、私は外へ続く襖を開け、まだ冷たい風を感じつつ、長い廊下を歩く。


私の先祖は将軍に仕えていた武家の家系のため、和風庭園のような無駄に大きい家なのだ。今歩いている長い廊下を辿っていくと、道場が目に入った。



道場へ入る前に雑巾を取りに行った。今から行うのは道場の雑巾がけで、幼少の頃から行っている習慣だ。雑巾を持った私は、一礼をしてから道場に足を踏み入れる。そこには既に素振りをしている父上がいた。



「今日から高校生か・・・分かっているとは思うが、中学の頃と同様に敗北は、決して許さん。そのつもりでいろ」

「もちろんです。父上」

「道場の掃除が終わったら。一度、私と試合を行う。いいな」

「はい」



私の父上は、昔この家で剣道教室を開いていた。その時は、周りからの評判も良く、沢山の生徒が賑わっていた。しかし、父上は母上が亡くなった日を境に人が変わってしまった。


あれほど、優しかった父上が自分に厳しく、他人にも厳しい人に変わった。それから、練習の過酷さゆえに道場を辞めていく生徒が多くなり、今では私一人だけだ。


あまり良いとは言えない思い出を、振り返っている内に雑巾がけも終わった。私は早速、道着に着替え防具を身に纏い、父上と対面する。そして2本先取の試合は始まった・・・



「参りました」



あっけなく胴を二本、取られてしまった。まだ父には、私の剣が届きそうにないのを痛感した。防具を外しながら、父上は淡々と機械のように言葉を並べる。



「移動するとき、足ではなく体の重心に意識をむけろ。体を使った歩法を極めれば胴など恐るるに足らぬことに気づく」

「はい。これからも精進します」

「朝食の用意は先にしておいた。私は先に出掛ける」

「・・・ありがとうございました」



父上が道場を出るのを見送り、私は片づけを一通り終わらせてから道場を出る。いつ頃だろうか、父上と剣道以外の話をしなくなったのは。晴れ渡った空を仰ぎながら、いつもより深い呼吸をし、気持ちを整える。



「強さとはいったい・・・」



ふと心の声が漏れた。


『いってきます』と誰もいない家に呟き、まだ時間は早いが家を出る。これからは、いつもとは違う制服を着て、通学路を歩くため景色が変わり新鮮さを感じる。まだ時刻も早いため、人通りは限りなく少なく私と同じ制服を着ている人は見掛けなかった。


閑静(かんせい)な住宅街を歩いているときだった。前を歩いている同じ学生だろうと思われる制服を着た男子が目に入った。加えてなぜか、その歩き方が父上と重なって見えた。



「(重心が全くぶれていない)」



人間は誰しも歩き方に癖があり、足にかける重心の位置がバラバラになることが多い。そのため、横の衝撃に対してとても弱くすぐに転倒してしまうものだ。比べて、前を歩いている彼は重心が体の軸を通り、地面と垂直になっている。つまり、歩き方に無駄がないということだ。


武道を極める者にとって、通らざるおえない歩法を自然と行える彼に、私は刹那の時間、魅入ってしまっていた。



「そこの君っ!」



そして、気づいたら慌てるように声を掛けている自分がいた。すると、彼が、ゆっくりと後ろを振りむく。いや、実際には速かったのかもしれない。私の目がその一つ一つの挙動を逃さまいと、脳の処理速度がいつも以上に速くなっていたため、遅いと感じただけなのかもしれない。



「い、いきなり声を掛けてすまない、その歩き姿。何か鍛錬でも積んでいたのか?(何を言っているのだ私は。いきなり声を掛けて、こんな事を聞くなんて。しかし ・・・)」



自分の非常識さに頭を抱えたくなるが、今は彼に対する好奇心が(まさ)ったのだ。彼をもっと知りたいと、彼ならば私の求めている強さを教えてくれるかもしれないと。


しばし沈黙が続いた。そして彼は当然と言わんばかりの顔で答えた。



「それなりには」



彼の"不敵な笑み"から察するに、きっと数えきれないほどの試練を乗り越えてきているのが伝わった。まずは、これ以上失礼がないように自己紹介をすることにしようと考えた。



「・・・やはりそうか。今日から、長鳳高等学校に入学する剣崎 蘭(けんざき らん)だ。部活は剣道部へ入部しようと思っている。これからよろしく頼む」



無難に挨拶を済ませる。ここで、彼には申し訳ないが、少し小手調べをしようと思い付き、竹刀袋に左手を忍ばせ竹刀の柄を握る。



「(すまないが本気で行かせてもらうぞ)」

「お、俺は、から 廻流まわるです。」


――後ほど謝罪はする。だから、悪く思うなっ!


左手に力を込めて柄を握りしめ、横薙ぎに彼の胴を、完全に捉えたと思ったその瞬間だった。私の放った横薙(よこな)ぎは空を切った。そして目の前には手を刀に模した手刀が、すでに迫ってきていた。


――殺られるっ!?


しかし、寸での所でその勢いは止まった。この時、脳内に(よぎ)った。父上が最も嫌った、そして私が強く恐れていた敗北という名の言葉を。



「あはは、危なかったですね」


「・・・(これがもしも手刀ではなく、竹刀だったら私は)」


「?」



彼の隙を付き、胴狙った横薙ぎがまるで最初から分っていたかのように下に屈み、加えて手刀を放ってきた。彼は正真正銘、武の達人であることを自らの身をもって知った。やはり、私の直感は当たっていた。



「それよりも、あの速さ。父上よりも速かった」



いまだに困惑している私に対し彼は最初から何もなかったかのように、こちらへ駆け寄り、私の闘争心に火と付ける言葉を投げかけてきた。



「ほんと、恰好悪いですよね!」



彼は、私の渾身(こんしん)の横薙ぎを『格好悪い』とそう言った。これは要するに『もっと鍛錬を積んで出直せ』と言うことなのだろう。その挑発ともとれる言葉に、悔しい気持ちが沸々と込み上がってくる。



「・・・道場でだ」



苦し紛れの言葉だった。敗北を認めたくない自分の弱さだと知っていた。しかし、私は父上と約束したばかりなのだ。



「?」


「次は負けん――」


――次こそは勝ってみせるぞ。空。


決意を胸に入学式へ挑む私であった。

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