Cat's Eyes(TOKAI) CE-300
マイナーなギターを弾いてみた感想文です。
このギターは、一言で言うと『悔しい』です。
ギターを始めて30年が経ちました。ずっと本業で弾いてきた訳ではないですが、本業で弾いていた期間もそれなりに長いですし、今日までに買ったアコギも多分30本以上になるかと思います。
そこに来てこのCE-300です。今日、何の気なしにフラッと近所のハードオフに行ったら、未使用、タグ付き、ハードケース付属、出荷前検品の責任者ハンコが押してある保証書まで付いて2万円とのポップが付いたこのギターが目に入りました。あり得ないでしょう。1980年製で新品って、コロナで倒産した楽器屋の倉庫にでも眠っていたのでしょうか? 見た瞬間、震えました。
すぐに店員に声を掛けて、ケースの中の付属品まで全部見せてもらいましたが、タグや説明書は全てビニールから出されていないし、ギター本体もピックガードにキズひとつ無いし、フレットにすらキズが付いていないところを見ると本当に新品っぽかったので、音出しもせずに即購入したのでした。
家に持ち帰って細部まで確認しましたが、管理さえしっかりしておけばペグなんかもこんなにも錆びないものなのか?ってくらいペグの台座にも錆び一つ無いのは不思議なくらいでした。ちゃんと保管されてた物って、40年以上経っても新品は新品の状態のままっていうのが凄い。
まあ私の場合、YouTubeでの副業用にギターはとりあえず弾けて音が出れば良い『道具』なので、そんな奇跡の新品状態でも、とりあえず使えると分かった時点で本体のみ部屋のギタースタンドに置いて、ケースや書類は楽器倉庫に放り込んでおきましたが。
その後、とりあえず弦を張ってチョロッと弾いてみたのですが、この音、ヤバいです。
まず、このギターの素性については、さすがに私も10年以上某メーカーでクラフトマンをやっていたので店で一目見た時から分かっていました。
TOKAIさんって1970年代から80年代にかけてマーチンの代理販売をやっていたんです。その頃のマーチンギターって今以上に強情っていうか、今みたいに安価なモデルを作る気が全くなくて、良い音するけど高すぎるギターでした。70年代の国産で言えばモーリスが8,000円くらいから、ヤマハでも12,000円くらいからエントリーモデルを出していたのにマーチンは一番安くても17、8万くらいしました。車で言うとフェラーリとかランボルギーニみたいな社風に近い。当然というか、当時いくら音が良いといっても日本でマーチンのギターを買う人ってそんなにいるはずもなく、代理店の東海楽器としてもおいそれとお客にお薦め出来ない状態だったんです。逆にモーリスなんかの埃臭いしみったれた(失礼 笑)音の方が当時流行の四畳半フォークの表現に合うなんて言われたりして。
でも、TOKAIさんとしても、マーチンギターの素晴らしい音を日本のみんなに知ってもらいたい、この素晴らしい音をみんなに使ってもらいたいという思いはあったようで、そこから話が進んで『日本国内でマーチンのコピー品を作って、マーチンとしてではなく売るんだったら安価品を普及させても良い』っていう契約を取り付けたんです。
凄い時代でしょう。当時、ギターには形状に関する著作権みたいなものが無かったんです。後にGibson社が『うちのギターの形をパクるな』って言いだして、初めて著作権云々が出来たのが確か1987年だったと思います。それまでは完コピし放題、さすがにロゴまでパクった物は無かったですが、形とモデル名は無許可で完コピしても何の問題も無い時代でした。エレキギターっていう構造自体、最初に発明したのがレオフェンダーなのか寺内タケシなのか全てが曖昧なので、そんなものに著作権を主張して自爆するのを恐れて誰も言い出せなかったというのもあるみたいですが。
まあ、そんな中でも、きちんと本家のマーチンに相談して許可を得て、マーチンから職人を呼び寄せて構造からなにから教えてもらいながら完コピ品を製造販売したTOKAIさんは偉いと思います。それだけにそんじょそこらのコピー品とは違って、どこから見てもマーチンのギターと同じですもの、ロゴ以外は。日本の職人が本気出したら下手すりゃ本家のマーチンより作りは良くなります。それで、1975年初版の定価は3万円。ヤマハよりは高いですが、それでも本家マーチンの1/10くらいの価格で同等の物が手に入るとなれば、そりゃ売れるでしょ。
でもコレ、全く売れなかったんです。
なんで売れなかったかと言うと、このギター、ボディが全部ベニヤ板で出来てるんです。なんでベニヤ板で作ったか、その真意はハッキリ言って分かりません。当時というか、当時から現在までグレッチは一貫して全てのモデルがベニヤ板製。ダンエレクトロは紙クズを固めた合板。どちらも音はもの凄く良いです。ベニヤなら薄い板でもまず反らないし。そういった事を分かっていた上で敢えてベニヤ板を使った可能性もあるし、マーチンからの圧力でマーチンと同等以上のギターを作る事は許されなかった可能性もありますが、今となっては真相は闇の中です。
2000年代になって南米から始まった木材の輸出規制が起こる前まで、日本ってバカみたいに海外から高級木材を買い漁っていたんです。なので、70年代80年代なんてギターに使うホンマホとかエボニーなんて腐るほどあって、当時はモーリスの安ギターにさえバックにホンマホの単板を平気で使っていたりエボニー指板だったりした時代にベニヤ板っていうのは相当印象が悪かったんじゃないでしょうか。実際にはトップは勿論、内部側にも化粧張りがしてあるので、ぶっちゃけ、言わなきゃ隠し通せたんじゃね?とも思いますが、さすがTOKAIさん、誠実です。信頼して良いと思います。
そんなこんなでTOKAI(cat's eyes)のCEシリーズと言えば姿形はマーチンでもベニヤ板で出来てるギター、そのくせやたら高いギターとして有名になってしまい、全く売れないまま1985年に生産終了してしまったギターです。
ここまでは私の予備知識としてあったのですが、私も実際にこのギターを鳴らしてみたことは今までに無く、単純にどんな音がするのか試してみたいって思ったのと、新品!?っていう驚きで思わず買ってしまったというのが今回の購入の経緯となります。
それで早速弦を張っていったのですが、もう弦を張っていく途中の段階でこのギターの鳴りが異常な事に気が付きますよ。こんなにデカい音の出るアコギって他に無いです。かなり大きい音が出るGibsonのサザンジャンボも持っていますが、音量で言ったらこっちのCE-300の方が大きいように聴こえます。3、4の開放弦の音がやたら硬く通って来るので聴感的にガツンと大きな音に聴こえるのかもしれませんが。
あと、やはり全体的に音が硬質で一音一音がハッキリ粒立つので、高速でアルペジオなんかを弾くと騒がしく鳴ってしまう感じになります。ただ、アタックというかタッチが弱くても、弦に指が擦った程度でも結構ちゃんと音として拾って鳴ってしまうくらい音がデカいというかレスポンスが良いので、これは利点と捉えて良いかと思います。1、2弦にちゃんと指が掛からなくてちょっと擦ったくらいでも聴き取れるくらいの音が出るので、なんだかすごくちゃんと弾けている気分になれます。さらに、このギターの一番の謎の部分。これだけ単音の芯が強くて暴れそうな音が出ているのに、コードを押さえてストロークした途端に全てに音が太く一本に纏まって、変な音が飛び出すような事が全くなくなるんです。これ、本当に不思議な鳴り方。こんな鳴り方をするギターって今まで他に出会った事無いです。
恐らくですが、マーチンのブレーシング(補強兼反響板)の配置が物凄く計算され尽くされていて、雑音の帯域がぶつかって消えたり、和音の波長が揃うように内部で反響させたりとかいろいろあるのでしょうが、ここまで6本の弦の音が揃うと不思議というかちょっと気持ち悪いくらいです。単音弾きとコードストロークで全く出音のキャラクターが違います。ここにはボディがベニヤ板(合板)で出来ているっていうのもかなり影響しているんじゃないでしょうか。ベニヤ板って接着剤が染み入っている分、スプルースやマホガニーなどより遙かに硬いですし、密度も均一なので天然木材のように場所によって反響の度合いが違うなんて事も無いので、ブレーシングの計算通り理想的な音が出てるんじゃないかと。
演奏する身としては本当に使い勝手の良いギターです。いやいや、凄いですよ、コレ。
ただ、ちょっと悔しいというか、今まで30年もGibsonだマーチンだって崇拝してきて、何十万もするギターを何十本も買って陶酔したりドヤ顔でレコーディングしたりしてきたのに、40年も前に日本で作られてて全然売れてなかったベニヤ板製の2万円のギターがこんな物凄い良い音が出るって、悔しいというか虚しいっていうか。
もう少し弾き馴らしてみないと深いところまではまだ判りかねますが、それでも、この音は私の所有している30数本のアコギのうちのbest 5に入るのは確実だと直感したファーストインプレッションでした。
弾きゆけば 驚きよりも悔しさが増す ギターかな
(短歌調に)