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5.王様ゲーム

「ごめん。全面的に俺が悪い」


裏路地の人通りがない場所で、高山が俺に頭を下げた。


「当たり前だろ。

 俺はともかく、水無瀬先輩に謝れ!

 じゃないと俺、会社辞めるから」


冗談ではなく、本気でそう思った。


俺は他者に対して仕事で引けを取っているとは、思っていない。


ただ、高山の仕事があまりに多岐に渡っているから、

業務時間に終わらないことも確かにあったが、


それは決して半人前の仕事をしているわけではなく、

本当に高山のことを思って、真摯に取り組んだことへの結果だった。


手を抜こうと思えばいくらでも抜いて、ヘラヘラと笑って業務時間内で退社することだって

できたのだ。


「仕事のダメ出しは、ただの八つ当たりだから。

 本気で思っているわけじゃない。

 慎には心底感謝している。

 だから、本当にごめん」


高山は俺の手を掴んだまま、辛そうにまた頭を下げた。


「八つ当たりって……?」


俺の問いに、高山が観念したように小さくため息を吐いた。

 

「お前が……水無瀬と一緒に店にいるのを見て、

 カッとなって取り乱してしまった」


ああ、そういうこと……か。


俺の中ですべてのことに合点がいった。

高山は水無瀬先輩のことが、好きなんだ。


俺は頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。

だからしきりに俺のこと、超鈍感男って言ったんだ。


だから俺が水無瀬先輩と親し気にするだけで、

苛立たし気にしていたんだ。

 

うん? なんか色々な方面でショックをうけているぞ? 俺。

っていうか俺は一体何に対してショックを受けているんだ?


ふと、自問してみる。


俺が密かに憧れていた先輩のことを、高山が好きってってことか?


それとも性格格温厚な高山に、

ここまでひどいことを言わせてしまってってことか?


それとも……それともだ。


ひょっとして、高山が……俺でない、

他の誰かを好きだって……ことか?


そこまで考えると、心が引き攣れた。


なんだろう。

すっげぇ痛い。


「ちょっ! 慎、お前何で泣いて?」


高山がぎょっとした顔をする。

うん? 俺は泣いているのか?


高山の反応を見て初めて俺は俺が泣いているという事実を知った。


「おっ……俺は……どんなときだってお前の親友なんだからな!

 みくびるんじゃねぇよ! 

 お前が誰を好きだって……ちゃんと……応援するんだからな。

 だから……だから……お幸せにっ!!!」


半ばヤケクソ気味にそう怒鳴ったら、

高山が目を瞬かせた。


「ちょっ! 慎、お前は何か激しく誤解をしている」


俺は高山の顔を直視することが出来ず、

その手を振り切ってその場を走り去った。


暫く川沿いの道を歩いて、

しゃがみこんで堤防で泣いて、


少し落ち着いてから会社に戻った。


そしたらなぜだか総務が、異様に盛り上がっていた。

総務部の前で水無瀬先輩が花束を抱いている。


「もぅ~水無瀬先輩、高山社長に花束を貰うだなんて、

 いつからそんな仲だったんですか?」


総務の後輩たちが、一様に水無瀬先輩に羨望の眼差しを向けているが、


「あの……これ……どうしよう、如月君」


当の水無瀬先輩本人は当惑気味だ。


「あいつの気持ちです。受け取ってやってください」


そう言って俺もなんとか、笑みを取り繕うことができた。


社長室に戻ると、珍しくそこに高山がいた。


「水無瀬には、ちゃんと謝ったからな!」


高山がぶっきらぼうに、言葉を発する。


「だから……お前も会社辞めるなんて……言うなよな」


語尾の後ろの方が、尻すぼみでなんかごにょごよ言っていた。


「それと、これ、やる! 

 お前にもひどいことを言って傷つけたから、その……お詫びだ」


高山はそう言って、

水無瀬先輩に渡した花束とはまた別の花の束を俺に差し出した。


高山の滑稽な花の選び方に、

俺はちょっと噴き出した。


「情熱の真っ赤な薔薇……ねぇ。

 水無瀬先輩はともかく、男の俺にそんなもんくれてどうすんだ。

 ちなみに花言葉何だか知っている?」


自嘲気味にそう言った俺に、なぜだか高山は一瞬マジな顔をして


「『あなたを愛しています』だろ?」


そう言った。


だけど俺の心臓はもう跳ねなかった。

ただそこには、どこかが麻痺した痛みがあるだけだった。


◇◇◇


「相沢さん、コンパしましょうよ~、コンパ。

 女の子誘って、派手に」


第一営業部に閲覧資料を持っていくついでを装って、

俺は営業部の若きエースに声をかけた。


「おっ、いいね。

 今夜ちょうどK商事の知り合いの女の子たちと会うんだけど、

 男の面子がちょうど足りなかったんだよね、良かったら如月君も来る?」


渡りに船、とはこのことか。


「是非、行きます。

 俺今絶賛彼女募集中なんですよ」


明るく、軽く、後腐れなく。


誰でも良かった。


それこそ男でも女でも、

この胸の痛みを癒してくれるなら、

一夜限りの相手で構わない。


「慎、今夜はお前に大事な話がある」


社長室に戻った俺に、高山が真剣な眼差しを向けたが、


「ああ、今夜は無理。

 またにしてくんねぇ?」


明るく、軽く、後腐れなく。


就業時間が終わると、

俺は高山を置いて相沢の指定した店に向かった。


相沢はすでに席についており、

相沢が集めたK商事の女の子たちとすでに盛り上がっていた。


「俺ってば超ラッキー。相沢さんありがとうございます。

 めっちゃ可愛い子ばっかりじゃないですか」


調子よくそういって、相沢の隣に腰をかけると、

K商事の綺麗どころも満更でもなさげに、こちらに微笑みかける。


隣に座ったショートカットの女の子とちょっといい感じになるころに、

一人の男が店内に入ってきた。


「高山社長……」


隣で相沢が震えあがる。


「第一営業部の相沢だっけ? 

 お前、総務の水無瀬から話聞いてないのか?」


氷の微笑を浮かべた高山が、相沢にそう問うと、

その迫力に相沢が震えあがる。


「コイツ、如月慎は俺の直属の部下だ。

 俺の業務に差し障るから、

 俺の許可なくコイツを連れ出すことは許さない」


そう言って高山がショートカットの美里ちゃんと俺の間に割って入ってきやがった。

そしてしれっと俺の隣に腰かける。


「辞めまーす! そんなブラックな会社。

 もう、俺、美里ちゃんの務めるK商事に転職しちゃおうかな」


俺はヤケクソ気味に、コークハイを一気飲みした。


「慎、やめとけ、お前許容量を超えている」


高山は俺からグラスを取り上げようとするが、構うものか。

俺は黙々とグラスを空けていく。


高山は小さくため息を吐いてテーブルクロスの下で、

誰にも気づかれることなく、俺の手を握った。


俺はその感覚に不快気に眉根を寄せた。


「君、美里ちゃんていうんだ。可愛いね」


そういって高山は今まで見たこともないような

とっておきの微笑みを浮かべた。


瞬時に美里ちゃんは、高山の虜になる。


「相沢さん! コークハイおかわり!」


俺は目を座らせて、相沢先輩にグラスを突き出した。


俺たちの剣呑な雰囲気とは裏腹に、

女性陣は高山の登場に異様な盛り上がりを見せる。


「高山さんて、大手高山商事の社長さんなんですかぁ?」


女性陣はもはや、高山狙い一択である。


けっ! なんだよ。

高山の奴、水無瀬先輩が好きなんじゃねぇのかよ!


ああ、くそっ! 胃が痛い。


しかもなんでか、

俺はテーブルクロスの下で高山に手を掴まれっぱなしだし。


しかしなんで俺はこの手を払えないんだろう。

それが不思議だった。


そのくせ高山は俺に背を向けて、

他の女の子と楽し気に話している。


俺の反対側の隣には、人数合わせのために駆り出されたのがバレバレな、

少し地味な女の子がその場のノリについていけない様子で大人しく座っている。


「ねえ、君、市橋さんだっけ。大丈夫?」


そう気遣うと、その子は小さく肩を竦めてみせた。


「俺と一緒に店を出よっか?」


その耳元にそっと囁くと、市橋さんは真っ赤になった。

そのタイミングで表情にはおくびも出さず、高山が俺の手を握る手に力を込めた。


俺は不快気にやっぱり眉根を寄せる。


「慎、王様ゲームだってよ! 

 お前、まさか逃げるわけねぇよな。

 市橋さんだっけ? 君はこっちね。お姫様席」


高山はそそくさと、市橋をお誕生席に誘導してやっぱり俺から引き離す。


本当になんなんだよ、お前は。


俺のイライラは頂点に達している。


そんな中で、王様ゲームのくじが配られた。


ヤケクソで引いたくじには、『王様』と書かれてある。


「おーっ、俺が王様だってよ、

 じゃあ命令するぞ?

 お前が散々俺を煽ったんだ。

 お前こそ、まさか逃げるなよ」


俺は薄い笑みを張り付けて、高山を見つめた。


「高山、お前、俺にキスしろ」


高山は飲んでいたウイスキーを吹いた。


「慎、公衆の面前だぞ! さすがにそれは……」


高山はひどく赤面し、取り乱している。


「そりゃあそうだろうな、なにせ俺は男だ。

 お前には立場もある。

 だから黙って身を引いてやるって言ってるんだ」


今夜の俺はどうかしている。

酔いが回っているのかもしれないが、


ずっと胸の奥に蓋をし続けてきた、

高山への思いが駄々洩れになっている。


(多分……好きかも)


そんな予感があったから、俺は七年前もコイツの前を去った。

その予感が今、確信に変わろうとしている。


俺はそれが恐くて仕方がない。


「だからもうこれ以上、俺の心を乱さないでくれ」


それはコイツに対する懇願だった。


「勘違いするな、慎!  俺が公衆の面前でのキスを拒んだのは、

 これが俺たちのファーストキスだからだ。

 そんな大切なことを、 ムードもへったくれもないこんな場所で、

 しかも意地の張り合いの末に済ますとかマジであり得ないと俺は思うのだが、

 お前が望むのなら、それも致し方ない。立て、慎」


高山が立ち上がり、俺の腰を引き寄せた。

押し付けられたそのリアルな感覚に、一瞬で酔いが冷めた。


「わはははは! 嘘! 今のナーシ! ジョウダンでーす!」


俺は全力で高山のキスを拒否った。

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