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3.超絶鈍感男!

「なんで今まで連絡しなかったのかって、怒らないのか?」


俺は自嘲気味にそういった。


「まるで怒って欲しいような口ぶりだな」


高山が小さくため息を吐いた。


高山が嫌いなわけではない。

胸に満ちる想いを上手く言葉にできなくて、ずっとぐるぐるしている。


なんなんだろうな、これ。


「いっそのこと、こっぴどくお前に怒られたほうが、

 なんだかすっきりしそうな気がする」


そういって俺はソファーに仰向けに寝転がって、顔を腕で隠した。

七年分の想いが、涙となってとめどなく流れ続けた。


「こりゃまた派手だな」


そういって高山はバスタオルを持ってきて、俺の顔にかけた。


俺が泣き続けていた間、大きな掌が、何度も髪を撫でてくれていた。


温かい。


そう思った。七年前のあの日から、

ずっと凍てついていた自分の中の何かが、溶かされていくのがわかった。


その温もりに安心したのか、俺はいつの間にか眠ってしまっていた。

それは、幸せな眠りであった。


◇◇◇


春とはいえ、朝はまだ少し肌寒い。


ゆえに人肌に温まった布団と言うものは、格別に気持ちがいいものである。

春眠暁を覚えず、なんていう言葉は、きっとこんな春の朝の情景を謳ったものなのかも。


なんてことを意識の覚醒しきらない浅い微睡のなかで考えてみたりする。


なんだかいい匂いが鼻をかすめた。香水なのだろうか? 


だけどこの匂い、確かに昔どこかでかいだことがある。


優しい気持ちと胸を締め付けるような切なさが同時に胸に満ちて、

一瞬脳裏に浮かんだその面影に、また泣きそうになって、俺は抱き枕にしがみついた。


(うん? 抱き枕?)


「うおおおお!」


目を開けて、俺は顔面蒼白になり、びっくりして後ずさった。

結果、ベッドから派手に転落し、強かに腰を打った。


「い……痛っつう」

「朝から一体、何を騒いでいる? 慎」


高山は不機嫌に、のっそりと上半身を起こした。


半裸である。


「おっ……おまっ……なんで裸?」


高山は無造作に目にかかる黒髪を苛立たしげにかきあげた。


「俺はいつもだけど?」


作用でございますか。


俺は高山の薄く筋肉のついた黄金比率な完璧ボディーに、

なんとなく落ちつかない。


同じ男同士とはいえ、なんか視線のやり場に困ってしまう。


「ち……ちなみに、なんで俺、お前と同じベッドで寝てるの?」


「あいにくこのマンションはとりあえずの仮住まいで、

 客用のベッドをまだ用意していなかったのでな。

 お前が昨日ソファーで寝てしまったから、わざわざ運んでやったんだ。ありがたく思え」


(いや、おかしいでしょ。成人男子二人が同じベッドで、朝を迎えるって……)


そんな俺のツッコミが、コイツに届かないことは知っている。

高山は悪い奴ではないのだが、どうも世間の一般常識には疎いという欠点がある。


「それより、慎」


高山は俺に向かって、手招きした。


「今はまだ朝の6時だぞ。あと一時間は眠れる」


高山はベッドの自分の横のあたりをぽんぽんと叩いた。


(行きませんけど? なにか?)


「あっ、俺、朝飯作るわ。泊めてもらったお礼によ」


なんとか口実をつくり、俺は二度目の添い寝を丁重にお断りした。


「そうか」


(うん? なんで若干お前、残念そうな顔してるわけ?)


俺は目を瞬かせる。


冷蔵庫を開けてみると、

予想通りなにも食材らしきものは入っていなかったので、俺はコンビニに走った。


簡単な野菜スープを手早く作り、

マンションのすぐ近所にあるベーカリーで買ってきた焼きたてのクロワッサンを皿に盛り、

後はコンビニで売っていたシャウエッセンのウインナーを茹でて、

スクランブルエックを作り、野菜と果物を添えると出来上がり。


まあ、ありふれた朝食なのだけれど、

所詮男の俺が作るものなんて、この程度だ。


コーヒーは高山が淹れてくれて、

俺個人的には結構美味い朝食だったと思う。


後片付けを高山に任せて、俺は一度自宅に着替えに戻ることにした。


◇◇◇


「えっと……高山……じゃなかった……あのっ、社長、本日のスケジュールは……」


昨日総務からあがってきた、

本日の高山のスケジュールを一応読み上げてみる。


「あー、もう、まだるっこしい。よこせ慎」


そういって高山は、

俺からスケジュール表を奪い取った。


「なにこれ」


高山が柳眉を顰めた。


「へ?」


俺は横から高山のスケジュール表を覗き込んだ。

ちょうどA4用紙の三ページ目に、付箋が張ってあった。


ミニチュアダックスの付箋に、

女の子らしい可愛い文字でメッセージが書かれてあった。


『お疲れ様です。如月くん。

 もしよかたら会社の近所にとても美味しいフレンチがあるのだけれど、

 お昼休に一緒に行きませんか? 水無瀬』


そのメッセージに俺のテンションは上がる。


「よっしゃー!!!」


俺はその場で飛び上がって喜んだ。


高山がそんな俺の襟首をむんずと掴む。


「なにすんだよっ」


俺は首だけで後ろを振り返り、高山を見た。


高山の視線の冷たいこと冷たいこと。


「おい、慎。お前一応、俺の秘書だよなあ」


しかも声のトーンが明らかに低い。


「そりゃあ、まあ一応そういうことになっているわな」


俺は唇を尖らせた。


「だったらお前に昼休なんて、永遠にやらねぇよ。

 一生馬車馬のごとくこの俺のために働きやがれ」


高山君、笑っているよね。

ほんと爽やかに。

だけどなぜだか目が、とっても血走っているね。


「そうそう……。ちなみにお前の荷物、

 俺のマンションに運ばせといたからな」


とってつけたかのごとくに高山がそう言った。


「は? なんで? 何言ってんの? お前」


きょとんとする俺の前に、高山は膨大な資料をドカッと置いた。


「なにこれ?」


俺は目を瞬かせる。


「これはな、早急にお前に覚えてもらわなきゃならん仕事の内容だ。

 とにかく時間がないから、お前にはしばらく俺のマンションに住み込んでもらい、

 俺がマンツーマンで仕事を教える。これは命令だ、わかったな。慎」


有無を言わせぬ魔王モードで高山が俺に迫る。


「なっ、なんですとぉぉぉぉ!!!」


俺は悲しき雄たけびをあげるが、

かつての友であろうが、好敵手であろうが、

現在は、社長と秘書。


悲しきサラリーマンの俺には逆えようはずがなかった。


「高山のバカバカバカ!」


涙目でランチを返上し、

仕事に勤しむ俺の目の前に高山が包みを置いた。


「ほら」


それはフレンチのランチボックスだった。


「グラモンテ・クラッシィの限定品だ。ありがたく思えよ」


高山はそう言ってふいと横を向いた。


「グラモンテ・クラッシィ?」


俺はその商品ロゴに小首を傾げた。


「今日お前が水無瀬に誘われた有名フレンチだよ。

 予約とるのすごく大変だったんだからな」


高山はその横顔を少し赤らめて、唇を尖らせている。


「ふぉーん、部下を馬車馬のごとくにこき使っておきながら、

 社長様の昼食はフレンチでしたかぁ」


俺が恨みを込めてジト目で高山を見つめると、


「俺はまだ食ってねぇ! これはお前にって……結構必死で手に入れ……」


高山が本気で焦りだした。


「なんだお前、昼まだなの? だったらこれ食えよ」


俺は高山に弁当の包みを手渡した。


今朝、着替えのために自分のマンションに帰宅した際に、

冷蔵庫の在り合わせで作ったものなのだが、


高山は午後一で会議の予定が入っている。

時間的に今からどこかの店に行っている暇はない。


高山が目を見開いてその場で固まった。

そして気づく。


「あっ! ごめん。男の手作り弁当とか、やっぱキモイか」


俺は慌てて高山から弁当を取り戻そうと手を伸ばしたが、

高山はひょいとそれを高く上にあげたので、

俺の手はむなしく宙を掻いた。


なんか腹立つ! この身長差。


「もちろん食うぞ! 当たり前だろう」


高山は俺の隣に座って猛烈な勢いで、弁当を食べ始めた。


「なあ、高山、お前って変な奴だよな」


俺は高山が買ってきてくれたグラモンテ・クラッシィのサンドイッチを頬張りながら、

しみじみそう言った。


「そうか? お前ほどではないと思うが?」


弁当を完食した高山はそう言って立ち上がった。

そしてすれ違い様に俺の髪に指を通す。


「のわっ!」


俺は首がカクンとなって高山を見上げた。


「ご馳走様でした。旨かったよ」


その何気ない高山の一言に、俺の心臓が跳ねた。


な……んだ、これ……。


俺は不意に高鳴った胸の鼓動に戸惑った。


「なんて顔してんだ? この超絶鈍感男!

 んな無防備な面晒していると、そのうち犯すぞ?」


高山が冗談めかしてそんなことを言ってくるが、

その目は全然笑っていなかった。

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