12.如月慎、高山に嫁ぐ。
如月慎、24歳。
7年越しの想い人と、ついに結ばれました。
どれくらい眠っていたのだろうか? 薄暗い部屋の中で目を覚ました。
行為の後の気怠さを堪えて、俺はのろのろと身体を起こすと、
高山が部屋に入ってきて、ミネラルウォーターを差し出した。
「サンキュ」
そういって俺はミネラルウォーターを受け取った。
思ったよりも喉が渇いていたらしく、一気に飲み干した。
腰に鈍痛を感じて、俺は顔を顰めた。
「高山……あちこち、痛い」
涙目でそう訴えると、高山は苦笑した。
「まあ……、あれだけ乱れりゃあな」
その言葉に俺は赤面してしまう。
俺、高山と結ばれたんだ。
不意にそんな感情が込み上げて、俺は言葉に詰まった。
「なんて顔してやがる。後悔してんのか?」
高山の指が、そっと俺の前髪に触れた。
「そういうわけじゃ、ない。けど……」
水瀬先輩の顔が頭を過った。
ずっと高山のことを想い続けていたひと。あの人の気持ちは……いったいどうなってしまうのだろう?
肩を震わせて泣いていた彼女のことが気にかかった。
「なに? 後味の悪いいい方して」
高山が柳眉を顰める。
「あっと、水瀬先輩のことが気になっただけだよ」
「なに? 慎。お前本当に俺のことが好きなのか? まだ水瀬に未練があるんじゃあないだろうな」
高山の声色が低くなり、その目に剣呑な光を宿す。
「そうじゃない、そうじゃないけど、結果的に俺が彼女の想い人をだなあ……」
そしてちらりと、高山に目をやると、高山は溜息を吐いた。
「お前を日本から連れ出したのは、どうやら正解だったらしい」
言われて気づく。
そういや、ここどこ?
内装が高山の部屋とは違っている。
なんか、かすかに揺れているような……?
そんな俺の様子に心得たように高山が口を開く。
「自家用ジェットの中だよ。目下の問題はとりあえず俺が解決するから、お前は花嫁修業でもしていろ」
「は? なにそれ、意味わかんないんですけど」
「ま、有体にいえば拉致、監禁だ」
「恐いことを、さらっというな―――」
悲しき俺の雄叫びが、むなしく機内に響き渡ったのであった。
そして……。
三か月の準備期間を経て、とうとう俺は高山に嫁ぐことになった。
「こんちくしょう……」
花嫁の控室にて、俺は目の前の鏡を睨みつけていた。
たぶん今、俺は海老蔵並みの目力を発揮していると思う。
ウェディングドレスだぞ?
あのバカは男の俺に、ウエディングドレスを着せやがったんだぞ?
ああもう、本当に信じられねえ。
しかも自分で言うのもなんだが、似合っているから始末におえない。
「わあ、きれい。もう、如月君たら、花嫁さんがそんな仏頂面をしないの」
その声に、俺はなんだかぎゅっと胸を締め付けられた。
「水瀬先輩……」
三か月ぶりに会う水瀬先輩は、なんだか前よりも艶があって、綺麗になっていた。
「私ね、如月君に謝らなくちゃならないわね。ひどいことを言ってしまってごめんなさい」
水瀬先輩はそういって俺に頭を下げた。
「あのっ、俺のほうこそごめんなさい。俺は水瀬先輩の気持ちを知っていながら……その……」
そういって口ごもると、水瀬先輩は寂しそうに微笑んだ。
「そうじゃないのよ。私本当はね、あなたの事が……」
俺の頭に?マークが浮かんだときだった。
ドアをノックして、タキシード姿の高山が無表情で入ってきて、俺の手を掴んだ。
水瀬先輩は、曖昧にはにかんで、その場を去った。
なんだか泣きそうな顔をしていた。
「お前、水瀬先輩に対して失礼じゃねえ?」
俺は唇を尖らせて、高山に抗議した。
「慎、お前は俺のもんだ」
「俺のもんて、そりゃ、俺は今からお前と結婚するわけだし、って……おい?」
高山にきつく抱きしめられていた。
「なに? どうしたの? 高山」
一瞬わけがわからなくて、高山を見上げた。
「水瀬はな、俺ではなくお前のことが好きだったんだよ」
いつになく思いつめた高山の声色だった。
「え? だったらなんで……」
俺にはさっぱりわけがわからない。
「お前には一生わからない複雑な女心だ」
その物言いに、俺は一瞬むっとしたが、
またもや柳眉を顰めている高山の首に手をまわして、俺は背伸びをした。
俺から高山にキスをしたのは、初めてだった。
「慎?」
高山が驚いたように目を見開いた。
「心配すんな。俺はちゃんとお前が好きだ、高山」
そういって俺はチャペルへと続く光に満ちた回廊を歩き出した。
歓声があがる。
歓声の中を俺は高山と手をつないで祭壇の前へと進んだ。
パイプオルガンがバッハのG線上のアリアを奏でている。
ステンドグラスが眩く光るこの十字架を、俺は生涯忘れることはできないだろう。
その十字架に、俺は高山への生涯の愛を誓った。
式を終え、俺はチャペルの外に出た。
独身の女性たちが俺を取り囲んでいる。
白い薔薇のブーケが宙を舞った。
歓声があがり、一斉に女性たちが手を伸ばすが、勢い余って弾いてしまった。
そのブーケを少し離れたところで見ていた水瀬先輩が拾った。
目があった。
そして俺はようやく彼女に微笑むことができた。
彼女は笑いながら、少し泣いていた。
俺は、ただ心の中で彼女の幸せを願うばかりだった。
披露宴のとき、高山がそっと俺に耳打ちしたことがある。
「滝川理事は、水瀬にぞっこんらしい」
俺は思わず滝川理事を目で追った。
滝川理事は高山の母方の従兄で、顔立ちも高山と少し似ていた。
遠目に水瀬先輩と、なにか楽しそうに談笑している。
俺はそんな水瀬先輩の様子を嬉しく思い、また一抹の寂しさを覚えながら、
その光景を見ていたら、高山がまたも柳眉を顰めた。
「慎? お前……一体どこを見ている」
「別に、どこでもいいだろ?」
そういって口を尖らせると、両手を挟んで無理やり自分のほうに向かせた。
「いでででで、なに?」
「よそ見すんな」
そんな高山の子供っぽさに、俺はがっくりと肩を落とした。
「しねえよ。あいにく俺は手のかかる問題児のお前一人で手一杯だよ」
少々うんざりと答えた俺の手を、テーブルクロスの下で、
高山がしっかりと握っていたのだった。




