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11.高山家の鉄のおきて

水瀬先輩が屋上を去った後も、

俺はなんだかぼんやりとしてその場に立ちすくんでいた。


『本当に高山を愛しているなら、身を引け……か』


確かにそう思う。

冷静に考えてみれば、確かにあいつは大会社の社長で、俺は一介のサラリーマンでしかない。

しかも男同士でどうこうなんて、世間的にも許されるわけがない。


俺のせいで、あいつに迷惑がかかるのは絶対に嫌だった。

報われない。

 

胸にやる瀬なさが押し寄せて、俺はその場でしばらく咽び泣いた。


泣いて、泣いて、泣いて……。


そしたら頭の中が空っぽになった。


どうせ報われないなら、さっさとケリをつけよう。


決心して、俺はスマホを取り出し、高山に電話した。


「なんだ? 慎」


スマホ越しの高山の声色に、また泣きそうになっている自分がいた。


「高山、あのさ」

「どうした? 慎」

「話があるんだ。今夜時間を作れないか?」


そう問うと、


「すまないが慎、今夜はどうしても急を要する仕事が入ってしまった。またにしてくれないか?」


スマホ越しに高山の申し訳なさそうな声がした。


「頼む。お前に話があるんだ、何時でもいい。だけど、今日でなくちゃダメなんだ」


時間を置けば、決心が鈍るような気がしたから、俺も必死だった。


「わかった。なるべく今日中に帰るように努力するから、お前は部屋で待っていろ。

これから会議なんだ。悪いな、慎」


そう言って、通話は一方的に途切れた。


俺は通話の途切れたスマホをただぼんやりと眺めていた。


今日で終わる。

終らせなくちゃ。


そう俺は俺に言い聞かせていた。


◇◇◇


「話とはなんだ? 慎」


結局高山が帰宅したのは、深夜を過ぎてからだった。


「あのさ、高山。俺やっぱりここを出ていくことにした」


そう切り出すと、


「慎、なんで?」

高山は目を見開いた。


「俺、やっぱりお前とは無理だ。

 なんか一瞬気の迷いで、あんなこと言っちゃったけど、よくよく考えてみたら、俺男だし、

 お前のことを受け入れるなんて、絶対に無理だと思う」 


高山と視線が合わせられなくて、下を向いたままそういった。


「慎? お前一体どうしたんだ?」


高山に顎を掴まれ、上を向かされる。


「目が赤い。泣いたのか?」


顔を覗き込まれて、反射的に俺は高山から身を引いた。


「何があった? 慎」


高山の声色が、一オクターブ低くなった。


「なにもっ! ただ、俺はお前と惚れた腫れたのと、

 どうこういうつもりは、さらっさらないの! 

 だから、ここを出ていく。会社も辞め……」


刹那、高山に唇を奪われた。


「んっ……ン……はぁっ」


この間のような優しくて不器用なキスじゃなく、強引で無理やりのキスに、

俺はなんとか流されまいと必死で抵抗した。


「痛ぅ」


高山の唇を噛み切って、俺はなんとか高山から身体を離すことに成功した。


高山は唇に滴る鮮血をシャツで拭った。


「やめて……」


と俺が無力な子供のように小さい声で呟くと、

高山は、油の切れたロボットのようにぎこちなく動きを止めた。


「なんで……泣く? 慎」


まるで壊れ物を扱うかのように、そっと顔に触れてきた高山の手を払いのけた。


「俺さ、やっぱり水瀬先輩が好きなんだ」


そういって微笑むと、その場で動かなくなった高山を置いて、俺は部屋を出た。


◇◇◇


「辞表?」


翌朝一番で、俺は会社の総務課の前にいた。


「これで、満足でしょう?」


そういって俺は水瀬先輩に、書類を渡すと、水瀬先輩は首をすくめて見せた。


「社長は今朝からまたロスに出張よ。この書類は総務が預かります」


そういって水瀬先輩は書類を受け取った。

昨日よりは随分と落ち着いている様子で、ほっとした。


「あの、如月君。少し時間ある?」


そう問われて、俺は一瞬返答を躊躇った。


水瀬先輩と、にこやかに話せるだけの精神的なゆとりが、今はない。


でも、きっともう少し時間が経てば、水瀬先輩とも、高山とだって、

またいい友達に戻れるような気がした。


脳裏に一瞬、高山と水瀬先輩が一緒にいる光景が過り、胸に痛みが込み上げた。

刹那、廊下を総務課の若手が血相を変えて走ってきた。


「水瀬さん、大変です」

「どうしたの?」


ただならぬ様子に緊張が走る。


「社長が乗ったロス行きの飛行機が事故に遭い、生死が不明なんです」


水瀬先輩がなんだかヒステリーな声を上げていたが、

俺はそのときのことを、あまり覚えていない。


高山が……死んだ?


頭がどこか麻痺していて、意味が理解できないのだけれど、

身体が震えてどうしようもなかった。


嘘……だよなあ。


停止した思考回路のまま、気が付いたら俺は、高山の部屋の前にいた。


そっとドアに触れてみる。


昨日、確かにあいつはここにいたんだ。

ここにいて、俺と話して、キスして……それから……。


俺は、水瀬先輩が好きだって嘘ついた。


「はっ? こんな……こんな最後ってないよな」


乾いた唇がそう呟いた途端に、堰を切ったようにまた涙が溢れだした。


この胸に抱いた想いを殺しても、それでも高山を守りたかった。


しばらくは、その痛みに耐えたとしても、それくらいどうってことはないと思っていた。


季節が巡って、高山が俺じゃない他の誰かと一緒でも、高山が幸せだったらそれで良かったんだ。

それくらい大切だった。


その存在が永遠に失われたのだという。


「嘘……だよな……高山……お前が死んだなんて……嘘だよな……高山! 出てこい高山!」


俺は衝動的にそう叫んで、その場にしゃがみこんで、泣き崩れた。


刹那、ドアが開いた。


「近所迷惑なんですけど?」


モロ寝起きな顔の高山が、ドアから顔を出した。


「うおおおおお!!!お化け!!!」


俺はその場で腰を抜かした。


◇◇◇


「あの……どういうこと?」


そう問うと、高山がぽつりぽつりと話はじめた。


「お前、俺が昨日のお前の一言で、どれだけ憂鬱な気分を味わったかわかるか?」


高山がものすごく不機嫌な顔で、俺にそういった。


「そんなこと言われても……」


その迫力に気圧されて、俺はなんとなく口ごもる。


「七年間想い続けた末に漸く両想いになれたと思った途端、あれは間違いだったと言われたんだぞ? 

 しかも総務のお局が好きだとほざきやがる。

 さすがに俺も今日は仕事をする気にはなれずに、会議ボイコットしてふて寝したつうわけだよ」

 

その言葉に俺は、しょんぼりと下を向いた。


「ごめん」


こんなことがあったからか、すごく愁傷な気持ちになって、一言詫びた。


生きていたから笑い話で済んだけれど、一歩間違えれば、もう二度とこいつと会えなかったわけで……。

そう思うと抑えようのない愛おしさが身体を巡った。


「別に、まあ、結果オーライなんじゃねえの?」


高山はテーブルに頬杖をついて俺を見た。


「お前、本当に水瀬が好きなのか?」


俺は答えられなかった。


「水瀬が好きなら、なんで泣く?」


頬を高山の掌で包み込まれた。


高山の瞳には、痛みがある。

そこに痛みを抱いた優しさが滲んで、俺を見つめている。


「お前が水瀬を好きでも、構わねえよ。どうせ、七年も待ったんだ。

この先お前が水瀬を忘れるまで、十年でも二十年でも気長に待つよ」


なんか、俺バカになってる。

心がうまくコントロールできない。


「高山……俺はっ、水瀬先輩のことが好きなんじゃない。俺は……お前が……」


涙が溢れてうまく言葉を紡げなかった。


「うん、知っているよ。慎」

嗚咽に消えた、その肝心な言葉は、どうやら言葉にしなくても高山には伝わっていたようで……。


「お前は、俺が好きなんだよな」


気が付くと抱きしめられていた。


「好きなら好きって、ただそういえばいいんだよ。誰に何を吹き込まれたかは知らないが、

お前はいろいろとごちゃごちゃ考え過ぎなんだよ」


キスが降りてくる。

額に。

瞼に。

鼻先に。

そして唇に触れようとしたとき、俺はそれをそっと押しとどめた。


「でも……もし、俺たちの関係が世間にバレたら……」


そう呟いた俺に、高山は盛大な溜息を吐いた。


「なに? お前そんなことで悩んでいたわけ? いいかよく聞け、

高山の一族はだなあ、長男以外は、執拗な権力争いを避けるために、男を娶る掟なんだ」


(なにそれ? それって一体どこの治外法権の話だよ)


俺はぽかんと口を開けた。


「ちなみに俺は次男だから、お前とそういう関係をもっても、なんらの問題は生じない。

むしろ一族総出で、この結婚を祝福してくれるだろう」


 自信満々な高山の様子に、俺は身体の力が抜けていくのを感じた。


「あの……でも世間では……」


なおも口ごもった俺に、高山の声のトーンが一オクターブ低くなった。


「お前、天下の高山財閥を舐めているのか? 

先祖代々の掟を守るために、もちろん鉄壁のシールドが張られているに決まっているだろう。

たとえ情報を握ったとしても、うちの組織を敵にまわす覚悟のある企業は、少いだろうしな」


ああ、さいですか……。


俺はなんとなく自分の血の気が引いていくのを感じた。


「後は? なんか不安があるのか?」


そう問いながら、高山の指が俺のシャツのボタンを起用にはずしていく。


(ちょっちょっちょっ……なにこれ、この状況ってなんなのさ)

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