ニートの弟を追い出す
2021.04.22 スマートフォンを忘れていたので、修正
「母さんも死んだし、お前には出て行って貰う」
俺は、長年引きこもっていた弟の部屋に入り、掛け布団をはぎ取ると、引っ張って立たせようとした。
「おい! ちゃんと立てよ!」
弟は立とうとせず、床に寝転んでいる。
「ったく、そんな事したって無駄だって分かんねーのか?」
立たないんなら仕方ない。
俺は、弟を引っ張って階下に降ろす。
階段を引きずり降ろされたのに尚立たないとは、悪い方にだけ根性がある奴だ。
母さんが甘やかすから、こうなるんだ。
玄関を出て地面を引き摺り、道路に出して手を離す。
「じゃあな。帰って来るなよ」
家に入る前に振り返ったが、弟はそのまま動こうとしていない。
そんな抗議で入れて貰えると思ったら、大間違いだ。
「貴方が、車道に男性を横たえて放置した件でお話が」
あの後誰が通報したのか、救急車と警察がやって来た。
「大袈裟にしなくて大丈夫ですよ。ニートの弟を追い出しただけですから」
「ニートですか? 本当に?」
「本当ですよ」
俺は、刑事達を弟の部屋に案内して中を見せる。
「就職して直ぐに辞めてから何年も引き籠ってて。日がな一日ゲームやネットで遊んでいたんですよ」
「で、ゲーム機とパソコンとスマートフォンは何処に?」
「は? 何処って……」
俺は、机を見て床を見てベッドを見た。
しかし、何処にも無い。
弟を引き摺りだしたあの時は在っただろうか?
いや。今無いのだから、あの時在ったらおかしいのだ。
この家には俺しかいないのだから、誰が処分したと言う事になる。
元から無かったなら、何年も何をして引き籠っていたんだ?
「これ、錠剤の包装シートですね。……精神科の薬か」
精神科? あいつが? そんな訳あるか。
「母は、心配性で大袈裟でしたからね。勝手に貰って来たんでしょう」
「お母さんは何方に?」
「母は、先日亡くなりました。葬式も済んでますよ」
そう答えると、刑事達は顔を見合わせて頷いた。
「つまり、遺産を渡したくなかったと。そう言う事ですね?」
「その為に追い出したって?! 冗談じゃない! ニートの面倒なんて見ていられないから! 迷惑料ですよ! 迷惑料!」
母の遺産を弟に分けるなんて発想が無かった俺は、疑いを晴らそうと必死に捲し立てた。
「面倒を見たくないから、脱水症状で倒れているのを良い事に、車に轢かせようと車道に?」
「だ、脱水症状?! そんなの、知らなかったですよ! それに、轢かせようだなんて……」
「詳しい話は、署の方でしましょうか?」
その後、俺は起訴されて、一審で執行猶予付きの有罪判決を言い渡された。
直ぐに控訴したが、今度は執行猶予の付かない有罪判決が下された。
弟が脱水症状で抵抗出来ないのに階段を引き摺り降ろした事を、一審よりも重く見られたのだ。
俺は、ニートの弟を追い出したかっただけなのに。
脱水症状で倒れていたなんて、判る訳無いだろう?
大体、ノドが渇いたなら、自分で水を飲めば良かっただけじゃないか。
何で、俺の所為になるんだ?
母さんがあいつを甘やかしたから、こんな事になったんだ。
「上告します。今度こそ無罪になりますよね?!」
「無罪は無理かと」
「何故です!?」
俺は、弁護士に食って掛かった。
「被害者を二階から道路まで引き摺って、怪我を負わせたからです」
「でも、それは、あいつが歩けるのに態と歩かないんだと思っていたからで、怪我しても自業自得じゃないですか」
「……取り敢えず、精神鑑定でもしますか? 心神喪失状態だったと判断されれば、無罪になる可能性がありますよ」
「ふざけるな! 俺がおかしいって言うのか!?」
結局、俺は無罪になれなかったし、執行猶予も付かなかった。
刑期が終わる頃にはあいつも治っているだろうし、今度は普通に追い出さないと。
その前に遺産を取り戻すのを、忘れないようにしよう。