お姉様はポンコツです
リリーシュア王国。その王家には代々絶大な癒しの力を持つ聖女が誕生する。
そんな国で、王家に前代未聞の双子が産まれた。
だが、一方は絶大な癒しの力を。もう一方は……
「はぁ……」
私にはあまりにも大きすぎる部屋でため息をつく。
リリーシュア王国第二王女。それが私という存在だ。第一王女は私のお姉様。
双子ではあるが、その風貌は全くもって異なっている。
才色兼備な第一王女。出来損ないの第二王女。それが世間の評価。
だが、それを不満に思ったことは無い。その通りだと自分も納得しているからだ。
だからこそ、私はこの部屋が嫌いだ。お姉様とは違い、出来損ないの私にはあまりにも不釣り合いだから。
「ま、それもそろそろ……」
と呟いたところで、扉の向こうから物音が聞こえた。
「…誰?」
少し警戒しながら声をかける。私は出来損ないと言われてはいるが、一応第二王女であり、その命を狙われる立場にあるからだ。過去何度か刺客が差し向けられたこともある。それ故の警戒。
………しかし、その後聞こえてきた声でその警戒を解いた。
「メルちゃ~ん。私よ~」
間延びした声。聞き慣れた、私のお姉様の声。
私はいつもの事かと思い、扉を開けた。
「……やっぱりですか」
「えへへー…メルちゃん」
ぐでぇっと私にもたれかかってくるお姉様。さらりと綺麗な金髪が私の肩にかかる。その吐息からはお酒の匂いが感じられた。見るとほのかに顔も赤い。
今日お姉様は式典に参加していた。そこでお酒を飲んだのだろう。
実を言うと、お姉様はそこまでお酒に強くはない。けれど国の顔である聖女。そこで弱いところを見せることは許されない。だから本来とは違う癒しの力の使い方で、力押しをしている。
………ただ、そのせいでお姉様はお酒に強いと勘違いされ、さらに飲まされるという悪循環に陥っていたりする。その結果が今のお姉様だ。
「はぁ……」
「どうしたのぉー?」
「………」
私は無言でお姉様を部屋へと引きずり込み、その身ぐるみをひっぺがした。
「やぁん。メルちゃんのエッチ」
「………」
身ぐるみをひっぺがし終わると、部屋に備え付けられた浴室へと放りこんだ。
「いたっ!?おぉう……」
「大人しくして下さい」
もうここまで酔ったお姉様は何も自分で出来やしない。だから、全て私がやる。
まず頭からお湯をぶっかけて髪を洗う。
「もうちょっと優しくしてぇ……」
「はぁ……」
図々しいというかなんというか……まぁいい。
「流しますよ。目つぶって下さい」
「えぇー。怖いー」
「………」
無言で大量のお湯を上からぶっ掛けた私は悪くない。
「く、首がぁぁ…」
「あ、すいません」
とりあえずお姉様の首に手を当てて、癒しの力を使う。出来損ないと言われているが、癒しの力を使えない訳では無い。
……まぁ、目の前のお姉様には到底及ばないが。
「ふぅ…メルちゃんの癒しは気持ちいいわぁ…」
「お姉様のほうが凄いじゃないですか」
「自分でやるとねぇ。なんか違うのよねぇ…」
その感覚は分からないでもない。私も自分で自分を癒すより、お姉様にやって貰った方が気持ちいいし、より効いている気がするから。
「はい。出来ましたよ。くれぐれも溺れないでくださいね」
「はーい」
フラフラとした足取りで浴槽へと向かうお姉様を見送る。ほんとに大丈夫なんだろうか……。
前に溺れかけたことがある為どうしても心配になり、大急ぎで自分の体を洗うことにした。
「ブクブクブク……」
「あっ?!」
やっぱり溺れた……急いで浴槽からお姉様をサルベージする。
「ふみゅう……」
「はぁ……」
のぼせているようなので、魔法で風を起こし、お姉様を体を一旦冷やす。
「はぁぁ…気持ちぃぃ…」
「………」
今度は溺れないよう私も一緒に入り、事なきを得た。
「はぁ…ねみゅい…」
お風呂から上がり、ネグリジェへと着替え(させ)たお姉様がベットへと寝転がる。よほど疲れているのだろう。
「寝てていいですよ。私がやりますから」
私はベットに横たわるお姉様を後目に机へと向かい、書類を片付け始める。これは主にお姉様の仕事ではあるのだが……何分、お姉様はポンコツなのだ。
「お姉様。1+1は?」
「んー……さんっ!」
……これである。なので主に私が処理していた。お姉様にやらせたら怖い。怖すぎる。
「ふぅ……」
ペンを置いて目頭をもむ。今回は少し数が多い。
「…ごめんね」
突然後ろからそんな声が聞こえた。振り向くと、お姉様と目が合った。
「何がです?」
「…私が、お姉ちゃんがこんなんで、ごめんね」
「あぁ…もう慣れましたよ」
「…私、聞いちゃったんだよ」
お姉様が体を起こして私と向き合う。なので私は机から離れて、同じベットの上へと登った。
「それで、何をです?」
「…メルが、出来損ないって」
……正直これは想定外だ。お姉様にはそのことを聞かれないように、力を尽くしていたのだから。
お姉様の周りには、私が用意した従者のみ。そこからそのことを聞くとは考えにくい。
「…誰からです?」
「……」
お姉様が顔を俯かせる。あぁ……
「お父様?」
ビクッとお姉様の体が震えた。やはりか……
「気にすることないですよ」
「でもっ!あなたは、私が出来ないことを、全部やってくれるっ!それなのにどうして出来損ないと言われなければならないのっ!?」
お姉様が声を荒らげる。ここまで感情を露わにすることは珍しい。
「私はお姉様がそう思ってくださるだけで十分ですよ」
「っ!……私なんかより、メルのほうがよっぽど聖……」
私はそこでお姉様の口を塞いだ。ここは防音がしっかりとした部屋ではあるが、どこから聞かれているか分からないからだ。
「お姉様。そういうことをあまり口にしないでください。……聖女は貴方です。貴方以外、有り得ない」
「でもっ!」
「でもじゃないです。私には到底務まらない」
お姉様の人を惹きつけるカリスマ性。それは天賦の才。私が持たない力。聖女には、必要な力。
「………」
「…私は、お姉様がお姉様で良かったと思っています」
「…え?」
「お姉様は私に、多くのことを教えてくれた」
「そんなこと…私なんて」
「私なんて、とは、言わないでください。それは貴方を慕う人たちを裏切る言葉です」
「………」
「お姉様」
私はお姉様の瞳を真っ直ぐ見つめる。どこまでも引き込まれそうな、群青の瞳を。
「今までありがとうございました」
「………え?」
「仕事に関してはもう引き継ぎは完了していますから心配は…」
「ちょ、ちょっと待って?!な、なにを言っているの…?」
お姉様が私の顔を見つめる。それはどこか縋るようで……でも、ごめんなさい。私は、その期待には答えられない。
「……ねぇ、何か言ってよっ!」
「……大丈夫ですよ」
「なに、が?」
「また、いつか、会えますから」
そう言った瞬間、お姉様の体が傾く。
「あ、ぇ?」
「おやすみなさい、お姉様」
お姉様が何かを言おうとするが、口をパクパクするだけで声にならない。そのままお姉様は眠ってしまった。
「ふぅ。なかなか効かなくて焦ったよ…」
お風呂上がりに飲ませた水。それに強力な睡眠薬を混ぜていたのだ。しかし、ここまで効くのに時間がかかるとは思わなかった。さすが歴代最強の聖女様だ……。
「後は、頼んだわ」
そう言った瞬間、部屋の中に1人の女性が現れた。
「はっ。おまかせを」
彼女は私が雇い、お姉様の従者とした人物。隠密に長けているため、これからもお姉様の役に立つだろう。
「…しかし、よろしいので?」
「なにが?」
「その、ここを去るのは…」
そう。私はここを去る。しかも……
────生きてではない。
「いいのよ。もうね」
「……そうですか」
「…預かっているのでしょう?」
「………はい。これを」
彼女が私に1本の小瓶を差し出した。
「ありがとう」
「…感謝されることでは」
「…お姉様のことを、頼んだわよ」
「はっ!」
お姉様を抱き抱え、彼女が現れた時と同じように消え去る。それを見送り、私は手の中の小瓶を飲み干した。