90話☆ヘタレとヘタレ (アンディ視点)
ルカの事件から数日、母親との話し合いを終えたルカは、レベッカと放課後、一緒に勉強会をしているらしい。いや、勉強会と言うよりは……
「ルカさん、ここ違うわ」
「は?どこだよ」
レベッカがルカのミニ黒板をさしながら言い、その指の先へとルカは視線を向ける。レベッカがトントンとミニ黒板を叩き、それから見本となるものを続けて指し示す。
「ここよ。この文字はここを少し丸くするの。ほら、よく見本を見て」
だが、ルカの方は見本と自分の字を見比べたあと、首を捻りながら、
「あ?一緒じゃねぇか!」
その声は存外苛立たしさが目立っている。そして、それにつられるようにレベッカも少し語気が荒くなる。
「全然違うわよ!ここ、ほら!」
「違うくねぇだろ!どこが違うんだよ!?」
勉強会と言うよりは喧嘩をしている、ように見えなくもない。
でも、2人でいる姿はどこか楽しそうで、なんだろう……モヤモヤするのだ。
きっと所謂嫉妬というものだ。僕はどれだけ器の小さい人間なんだと、自分で自分に苦笑する。昔はこんなこと無かったのになぁ。
そもそも僕は、何かに執着したり何かをとても好きになったりしたことがあまりない。良くいえば物分りがいい、悪くいえば何にも興味がないのだ。
僕は1歳まで王都にあるマーク家の屋敷で過ごしたらしい。そしてその後、このマーク領にやってきたのだ。1歳の頃の記憶はさすがにないが、今までの人生であれが欲しいこれが欲しいとねだったことはないように思う。
「ディちゃん!入んなくていいのー?」
2人を少し遠くから見ていると、ポンと肩を叩かれた。続けて聞こえてきたのは見知った声と誠に不本意な自らの愛称。
ちなみに僕の兄である”アンドレア”は”レアちゃん”と呼ばれている。ウィル先生の名付けセンスはどうかと思う。本人にもやめて欲しいと言っているがやめる気はないようなので、もういいかと諦めた。
「何がですか?」
「あれだよ、あーれ!見てたでしょう?」
ウィル先生がレベッカたちの方を見やってから言う。その表情はこちらをからかうようなもの。
「べ、別に見てませんよ」
僕がレベッカ達から視線を逸らしてそう言うと、ウィル先生はプククと笑う。その顔は見なくてもわかる。多分きっと、いや絶対むかつく顔をしている。そして、彼はそのまま思わぬ爆弾を落とす。
「あれぇ?ディちゃんっていつからツンデレになったの?」
「ツ!?ツンデレ……!?」
「あ、でも、ディちゃんはツンデレと言うよりヘタレだけどね」
更なる爆弾に、うっと言葉が詰まる。ヘタレ……。
でも、ウィル先生にだけは言われたくない。ウィル先生だって相当なヘタレじゃないか。うじうじしているじゃないか。僕、知ってるんだけど。
「そう言うウィル先生は、兄上のことよろしいんですか?僕、先生にだけはヘタレって言われたくありません」
むっと不機嫌な様子を隠さずにウィル先生に言ってみた。すると、ウィル先生は驚いたように目を見開いた。それに継いで彼の顔が赤くなっていく。
形容詞で表すなら「たじたじ」だと思う。絵に描いたような慌てっぷりだ。慌てるっていったら、こうだろうな、みたいな。
口を開こうとしてはつぐむを幾度か繰り返してから、僕の方に近づき、肩をガバッとつかむ。
「え、あ、え!?なんで……ディちゃんも知ってるの!?え、なんで!?」
”も”ということは他の誰かにも指摘されたのだろうか。まあ、ウィル先生の態度はとてもわかりやすいから誰でも気づくかもしれないけれど。
気づいていないのは思われている当の本人だけだ。兄上は鈍感の塊だから。剣術とか政務とかの才能は計り知れないほどあるのに。コミュニケーションとかの人間関係はてんでダメなのだ。
「見てればわかりますよ?」
「えー……」
「あ、でも、兄上は多分気づいていません」
「うー、それじゃ意味ないんだけれどね。いや、知られなくていいのかな?」
「難しい問題だ」と頭を抱えているウィル先生を他所に思う。
僕も……アピール、していかなければならないかなぁ。でも、アピールとかしたことがないし、どうしていいか分からない。
みんなはどうしているんだろう。
誰かに相談できないかなぁ。
アンディさんはきっとヘタレなのです。ヘタレ脱却をめざしているはずなのですが、やっぱりヘタレなままです笑……多分やるときゃやる男だよ?私はそう信じている←
……ディちゃん、頑張れ。さもないと、多分きっとルカさんにとられるぞ……笑




