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83話★苦しみとローブ

引き続きルカさんは怪我をしています。

ちょっと痛々しい表現があります。

ご注意ください……。

ウィル先生はローブの人の方へ、私はルカさんの方へと駆け寄る。それからそれぞれの方向へ、2人を引き離すように引っ張る。


意地でも離さないというようにルカさんにしがみついているローブの人は、ちょっとやそっとじゃ動いてくれなくて手こずる。


というより、私に力がないせいで身体ごと向こう側に引っ張られそうになっている、が正しいだろう。


早く引き離さなきゃいけないのに。

ルカさんは怪我をしているのに。


そう思っていると、ふわりと爽やかな香りがかすめる。栗色が見えたと思ったら、そのままの勢いで私に加勢してくれる。


「任せて?」


「アンディ様……」


その名前を呼ぶと、ニコッと優しい微笑みをこちらにくれると、てこでも動かないと思っていたローブの人が、ウィル先生との合わせ技で動き、ルカさんとローブの人は2人は引き離される。


私はそのままルカさんの手をすくい上げるようにして掴み、傷口を見る。どうやら周りに散乱している花瓶の破片でできた傷らしく、シュッと何本か線のように傷が伸びている。だが、そこまで深くはないようだ。


「ルカさん、大丈夫!?」


「大丈夫だ。ありがとう」


ルカさんはそう言ってくれたが、切れたところが悪かったのか浅いわりには、血が止まらない。私はハンカチを取り出すとひとまずルカさんの手に巻き付けた。


「何があったのかな?」


アンディ様が事実を確認するためにそう問いかける。ルカさんと先程ルカさんともみ合っていたローブの人を交互に見ているようだ。


それにつられるようにして私もローブの人の方向をみる。ウィル先生に羽交い締めにされていたその人は、引き離された時にローブのフードが脱がたのかその素顔が晒されていた。


長い漆黒の髪に白い肌の女性だった。肌の色は白いを通り越してどちらかと言えば病的なほど青白い。そして、その肌の白さのためか赤いつり目と真っ赤に塗られたルージュがいっそう目立つ。赤い瞳の下には隠しきれなほどの大きな隈。頬は少しコケたように窪んでいる。


その憂いを帯びたようなその女性は、きょとんとしたようなどこか不思議そうな顔をしていた。まるで引き離されたこの状況が理解できない、とでも言うように。


「私は彼を連れて帰るために来ただけだけど?」


彼女はそう言うとルカさんの方を舐め回すような、どこか狂気じみた瞳で見る。


「彼……ルカをですか?」


アンディ様が問いかけると、「何を当たり前のことを」と返す。それから、ルカさんの方を見やる。


「あなたは帰らなければいけないのよ、ルカ。私の元に。わかるでしょう?そして、あなたはあの忌々しい痴女が産んだ愚図を蹴落として、あなたが、あなたが!領主になるの」


ルカさんを見つめたまま、砂糖を煮詰めたようなひどく、そして変に甘ったるい声音で言う女性。ルカさんの瞳は、それに相対するように冷たくなっていく。


「ほら、あなたの土地に帰るわよ?ね、言うことを聞けるわよね?あなたは聡い子だもの」


ルカさんがギュッと自らの拳を握るのが見えた。それから、絞り出すような声が聞こえる。


「もう……もうッ、やめろよっ……」


それから目を伏せて一瞬黙り、それから彼女の方を見つめ、眉に力をいれて中央に寄せると、吐き捨てるように、


「……母上」


その声は地を這うような低い声。普段からそんなに高いわけではないが、更に低く何かを押し込めるような、少し掠れた声音は、聞いているこちらまで苦しくなってくるようなもの。でも、まだ冷静だ。


その苦しみと懇願と悲しみの綯い交ぜになったような言葉を向けられたローブの女は、そんなルカの様子をみて、楽しそうに笑った。


くすりと笑う笑顔はどこか無邪気にさえ見える。苦しそうなルカさんとはひどく対照的だ。


「何をやめるのかしら?あなたは私の息子なんだから私が迎えに来る、それの何がおかしいの?」


私は理解した。彼女が、彼が前に語ってくれた母親であると。これは、この今の状況は彼の過去の記憶を、蓋をしたい記憶を抉るようなことであると。


その途端身体が勝手に動いて、その強く強く握られた手を掴み開かせる。その手は、先程の怪我も相まって赤くなってしまっていた。手に巻かれたハンカチがもう最初の面影もないほどに赤く染っている。それはルカさんの苦しみを如実に表している。


私は思わずルカさんと彼女の前に、壁になるように立った。これ以上苦しい顔をしてほしくなかったから。


「あなた何よ?」


「この学校の校長を勤めております、レベッカと申しますわ。わたくしの学校の者に何かございましたでしょうか」


怪訝な顔をする彼女に、務めて模範的で美しいとされているカーテンシーをしてみせる。心は憤っても対応は冷静に、それは鉄則だ。


さあ、どんな暴言でも受け取ってやろう。ルカさんの心が壊れるのは見たくない。


私が挨拶をすると、その途端彼女の顔色がガラリと変わった。青白かった頬に赤みがさし、眉尻がつりあがる。こちらの方が健康的に見えるというのは皮肉だろうか。


「んまぁ、あなたが!あなたが、ルカに平民の学校の手伝いをさせているのね!!こんなみすぼらしくて薄汚いところで。それに何!?ルカはあなたのものじゃないわ!こんな慎みも清廉さもないあなたが作る学校だなんて、さぞかし粗野なものなのでしょうねぇ。うちのルカは関わらせたくないわ。さあ、ルカ、こんな所にいるより……」


そう目の前の彼女がまくし立てるように言った瞬間、ブチリという音が聞こえた気がした。もちろん気がしただけだが。


きっとそれは、ルカさんの我慢の糸が切れた音。


「人が大切にしているものをバカにするな!てめぇがどう思ってたってそれは自由だ。だが!だからって!てめぇに侮辱される筋合いはねぇ!俺はてめぇの分身でもおもちゃでもねぇんだ!俺には俺の意思があって、俺には俺の好きなことがある!俺の好きなように生きる権利があるんだ!」

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