82話★心がまとまる
後半に少しの流血表現があります。
ご注意ください。
それから私はウィル先生に今日あったことを話した。話し合いが上手くいかなかったことを。
「そっかー。それは大変だったね。とりあえず、お疲れ様」
ウィル先生は私の話を聞くと、少し眉を下げてそう言ってから、ポンポンと私の頭を撫でた。その手つきは優しくいたわるようなものだ。失敗成功に限らず労ってくれるウィル先生に少し気分が浮上する。
「ありがとうございます……」
そうお礼を言うと、ウィル先生は優しく目を細めて笑う。それから、その優しい瞳で私を見たまま、問いかける。その声音は視線同様優しい。
「成功しなかった理由は検討ついてる?」
「はい、一応は……。私の生徒理解が甘かったのかなと思っています」
「そっか、そっか。例えば……?」
「生徒たちの習熟度というか、熟達度の理解が不足していました。学ぶ段階を飛ばして、いきなり「できるよね?」って押し付けたみたいな……」
「うん、うん」
「一人一人違う生徒で、考えていることも思うことも違うからぶつかるのは当たり前で、もちろんぶつかることは大切だし、話し合いもそうやってみんなで意見を出し合って決めるものだけれど。でも、ルールも知らないのに参加させるのは違う……」
ウィル先生に言いながら、自分の意見がまとまっていくのを感じる。ウィル先生が頷きながら聞いてくれるから話しやすい。
話し合いには話し合いなりのルールがある。
相手の意見を批判するのはいい。否定もあるかもしれない。でも、相手の個人を傷つけるような言葉を言わないだとか。
言葉遣いに気をつけるだとか。
人が話している間はどんなにそれが自分の意見と反対であってもちゃんと最後まで聞くとか。
そんな段階をすっ飛ばしていきなり本番だなんて、子どもたちも混乱するのは当たり前だ。
この世界の子どもは前世の世界の子どもよりも多分そういった大人の世界には慣れているけれど、でもやっぱり子どもなんだ。ちゃんと、子どもなんだ。
「そこまでわかっているならきっと大丈夫だよ。それを踏まえてこれからどうするかを考えていこう」
「これからは話し合いの仕方から順に教えていこうと思います。そして、今回の係決めは普通に私も一緒に参加して決めます」
「そうだね。でもそれより先にしなきゃいけないことがあるんじゃないかな?」
ウィル先生が私の瞳をじっと見つめる。それは何かを確認しているような、何かを試すような視線。
先にしなきゃいけないこと……?とそこまで考えて思い当たる。今回のことは私の不足が招いたことだ。それのせいで生徒が嫌な思いをした。それならばやるべきことは1つ。
「……あ!……私、明日、生徒たちに謝ります!」
そう、ウィル先生の瞳をじっと見据えて言い切ると、ウィル先生は視線をゆるめる。
「そうだね、それがいい。先生の中には威厳が無くなるから生徒に謝っちゃいけないって人もいるけれど、僕は違うと思う。「悪いことをしたら謝れ」って生徒に言うくせに自分が謝らなかったら理論かたなしだよね」
「私もそう思います。しっかり謝れてこそ生徒の見本ですから。ウィル先生、相談に乗ってくださってありがとうございます!」
「こちらこそ、アドバイスと言えるほどのアドバイスが出来なくてごめんね」
「そんなことないです!聞いてもらえたおかげで気持ちがまとまりました。素敵な教師になれるべく頑張ります!!」
「ふふ、君はとても強い人間だね。君には君らしく思いっきり好きなことをして欲しい」
そういったウィル先生は悲しげな顔をしていた。まるで自分は好きなことが出来ないみたいな。以前にもこの顔はみたことがある……。
ウィル先生には相談に度々のってもらっているし、この学校設立の時もいっぱい力を貸していただいた。そんなウィル先生が落ち込んでいる。何かを憂いている。
何がこんなにもウィル先生に影を落としているんだろうか。
私に出来ることは無いだろうか……?すこしでも手助けになれないだろうか?
「あの、ウィル先生……」
そう思って声をかけた刹那。
ガタガタガシャン!
擬音語にするならそう形容するのが1番あっているであろう音が学校の出入口の方で聞こえた。何かがぶつかって倒れたような音。
ついで、パリンッ!と何かが割れた音が聞こえる。
その音にウィル先生と顔を見合わせる。その向かい合わせた顔はどちらも少し慌てたような表情だ。
午後の授業にはまだ早いが午後組の生徒が来たのであろうか。生徒になにかあったのだろうか!
そう思うが早いか、私とウィル先生は頷きあいってから音の方へと駆け出した。
★★
音の先は学校の庭に入ってすぐのところだった。
予想に反して生徒はいなかったが、そこには手から真っ赤な血を流す男性と、真っ黒なローブのようなものに身を包んだ影が揉み合うようにお互いの腕を掴んでいた。
「ルカさん!?」
そう、その一方の男性は、この学校の一員てあり、マーク家の従者でもあるルカさんだった。
ルカさんの手からポトリポトリと血がつたって地面に落ちる。
そのまわりには花瓶かなにかが割れたようなガラスの破片。破片の柄からいつも教室内にルカさんが飾ってくれているものだとわかる。そして無残に踏みつけられた小さな花。
「一体何が……」
思わずその光景に固まってしまっていると、ウィル先生が声をかける。
「ひとまず、あのローブとルカを引き離すよ!」
「は、はいっ……!」
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