79話◎不気味な円と赤色令嬢
今回はちょいと短めです。
「学校は成功……か」
暗い部屋で女は悩ましげにため息をつく。外は太陽の光が降り注ぎ、明るいというのに、黒いカーテンをきっちりと締切、その光は寸分も部屋の中には届かない。ただただ、暗黒という言葉が形容するのに相応しい部屋がそこにあった。
「噂くらいじゃだめね……」
ぽつりと落とした女の声に返事をするものはなく、また女はそれを気にする素振りもない。机に頬杖をつき、どこか焦点の定まらない瞳でただ暗黒を見つめている。
「仕方ないわ。でも、これは予想の範疇」
ぽつりぽつりと一人言葉を紡ぐその姿はどこか不気味だ。彼女はクッと喉に張り付くような笑い声を上げたかと思えば、続けて虚空を睨む。彼女の目は人を寄せつけないような、そこに命を奪う敵がいるような鋭いものだった。
「あいつのせい、あいつのせい。私が貴族として殺されたのはあいつのせい。だから許さない、許さない、許さない。あいつのせいで、私の周りから人が消えた。誰も話しかけてこなくなった。家は家業だって上手くいかなくなった。お父様とお母様もあんなに仲がよかったのに喧嘩ばかり。美しいドレスだって、お気に入りのティーカップだって取り上げられた。あいつのせい、あいつのせい」
ただ、あいつのせい、を繰り返す女は狂気じみていた。
「ただ、私は貴族としてのあり方をあいつに身をもって知らせてあげただけだったのに。ただ、少し魔法を使っただけじゃないの。それも、水をかけた程度」
彼女はそういうが、もちろん、レベッカに水をかけた程度で退学になるほど学園は厳しくはない。仮にも貴族の令嬢を預かる学園なのだから。そう、レベッカの1件は彼女の退学において、きっかけでしかなかった。
ほかの令嬢令息や教師へのいわれのないいじめや横暴な振る舞いなどの素行不良。攻撃魔法を放ったのだってこの1回限りではない。少ない魔力でありながらそれを駆使し、他の子に怪我をおわせたりするなど日常茶飯事。中には学校に通えなくなってしまった子だっていた。
だが、彼女の家は辺境伯家。家は国境の警備を任されていたため、学園も強くは出られなかったし、素行不良の対象も自らの身分より低い子ばかりを選んでいた。
そして、成績不振。魔力が少ないくらいでは学園は退学などとは言わないが、彼女は努力から逃げた。授業には出ない、教師の言うことは聞かない。
我慢ならなくなったアンドレア率いる生徒会はそれを学園並びに国王にも知らせ、然るべき手続きを踏んでからこの令嬢を退学にしたのである。
慌てたのは彼女の父親である辺境伯。国王に謝りたおし、なんとか身分剥奪だけは阻止し、その代わりに今まで以上に警備を強化することで許しを得たのである。
だが、彼女はそれを知る由もない。もちろん、学園側は全て説明していたが、彼女はレベッカを恨むことで忙しく、聞いていなかったのである。
ブツブツと静かな部屋に恨み言が落ちていく。
「貴族として殺された私が、あなたを許さないから」
女はおもむろに、座っていた椅子から立ち上がり、部屋の中心へと向かっていく。その床にはカーペットなどはなく、木の床だ。
そして、その床には、大きな円が描かれている。円の中にはまた小さな円と模様、そして文字のようなものがならんでいる。幾重にも模様が重ねられて出来たその円は部屋の半分以上にも及ぶほどだ。
特殊なもので描かれているのか、暗い部屋にあるはずなのにその円は不気味なほど光って見えた。
女はその模様の真ん中に、片膝をついて座り、祈りを捧げるように胸の前で手を組んだ。強く強く手をにぎりしめる。
そして、掠れたような声で呟く。
「我、ローズ・サンレッドは魂を捧げ、その力を得ることを望む」
その声は部屋に響く。
そして、その声に反応するが如く、円が1度赤黒く発光した。それと同時に風のようなものも巻き起こり、ブワッと音を立てるように彼女の着ているドレスははためき、彼女の幾分かピンクが混ざったような赤色の髪もはげしく揺れた。
「成功だわ」
彼女はクスッとそれはそれは面白そうに笑う。それは幼子のように無邪気な笑い声だった。だが、彼女のめは虚ろなまま。どこか感情の落ちたような表情はその笑い声と相対するようで不気味だ。
「ふふふ、これでいいの。これで、私は力を得ることができる。みんながみんな私に跪くのよ。そして、お父様もお母様もこれで救われるの」
不気味な笑い声が真っ暗な部屋に、赤黒い光とともにゆらゆらとのぼっていった。
彼女のこと覚えてますでしょうか……?
王立サンフラワー学園でレベッカに水をぶっかけた信号令嬢の赤色です。
そして、他の回でも出てきてます。58話も彼女です。
(58話では名前は出しませんでしたが、伝わってましたでしょうか?)
そして、今回、名前が初だしです!
◎ローズ・サンレッド
元王立サンフラワー学園の生徒。退学を言い渡された。レベッカを逆恨みしている。




