68話✲傷つけ傷つき (ルカ視点)
前回、次回予告を詐欺りました……。ごめんなさい。
「なんか、涙が止まらないいいいー」
「それもう、俺、関係なくねぇか!?」
「ううー。そうかもしれないけれどー」
「今はこうやって公爵に拾われて、充実した暮らしをしているんだから、大丈夫だって」
そう、そんな苦しみの中から救い出してくれたのはマーク公爵夫妻だ。
俺はあの生活をどうにか抜け出したくて脱獄を測った。
普通に抜け出せば連れ戻されるのがわかりきっていたから、夜、本当に黒の絵の具を原液で塗ったような真っ暗な中、別館にかかっていたほとんど破れ掛けの黒のカーテンを割れたガラスの破片で引き裂き、頭から被って外に出た。
屋敷に辛うじてあった少しの食料と共に。
闇に紛れるように、走って、走って、走った。
ただひたすらに前に進むことしか考えていなかった。ただ現状を少しでも良いものにしたくて。
街の門を衛兵の交代時間を狙ってすり抜け、そしてまた走った。
どこでもいいから遠くへ行きたかった。
でも、そんな気力もずっとは続かなかった。
体力と食料には限界があったからだ。
そもそも幼子の体力で街を出れたのは奇跡に近いことだったのかもしれない。
門から少し離れた所で俺は膝をついた。
もう限界だった。
身体のそこら中が痛かった。息が吸えないほどに苦しかった。命の火が消えかけているのを感じたのは後にも先にもこれっきりだったと思う。
ああ、もう自分は死ぬのだと思った。
その時だった、マーク夫妻に出会ったのは。
「あの、大丈夫?」
そう言ってこちらを覗き込んできたマーク夫妻の心配と優しさのこもった顔は昨日の事のように鮮明に思い出せる。
そして、彼らは警戒しっぱなしの俺を馬車に乗せてマーク家に連れて帰り、優しく看病してくれたのだ。
俺が言わないから、どこの誰とも聞かず。
どうしてあそこに倒れていたのかの理由も聞かず。
初めてだった。人に温かさを貰ったのは。胸が高鳴るような、ふんわりと包み込まれるような感覚。
でも、同時に怖くもあった。俺のことを知れば追い出したくなるに違いなかったから。また、痛いほどの苦しい視線に晒されるのが怖かったから。
……マーク夫妻は無理に聞こうとはしなかった。
だからこそ、無条件の優しさは、どこか苦しくて、辛かった。何も出来ないのにただ、与えられるだけの温かさは凶器に近いほど苦しかった。そして、いつバレるのか、いつ冷たい視線を浴びせられるのかと恐怖もあった。
俺は話した。恐怖を抱えて暮らすよりはもういっそ、話してしまった方が気が楽だと思ったからだ。
……マーク夫妻は俺の話を聞いても態度を変えることはなかった。さすがに泣かれはしなかったけれど、ここにいてくれてかまわない、と言ってくれた。
その時俺は、俺を助けてくれたマーク夫妻のために生きよう、と誓った。
その後、マーク夫妻にアンディ様が、生まれた。俺のイメージでは、いつの間にかいた、が正しいけれど。
俺はその頃このマーク領に居たが、マーク夫妻は丁度1年ほど王都の方で暮らしていたからだ。どうしても王都に行かなければならない理由があったらしく、俺とアンドレア様を執事やメイドに任せて、王都にある屋敷の方で生活をしていたのだ。
多分アンディ様はその時にできた子供だと思う。詳しいことは分からないけれど。
それから俺はアンディ様の従者になった。
だけれど、なった途端、また、悪意に晒された。なんでも俺がアンディ様の周りにいるのが許せない、という奴がいっぱいいたのだ。
特に女性は酷かった。俺は男だし、アンディ様に懸想するとかいう心配はないのに。それでも、俺が近くにいるのが嫌だったらしい。
失った、と感じた。温かい心も、溶けかけていた心も凍りついたのはその時だと思う。
また、人間不信になった。信じられなくなった。人を。優しくしてくれていたマーク夫妻にだって冷たく当たってしまった。
あの二人は優しい人だから俺を追い出したりはしなかったけれど、相当ショックだったと思う。俺を嫌いになったに違いないし、怒っているに違いない。
これ以上傷つけたくないから、距離を置いた。
人に関わらないって心に決めた。だって、俺は切れ味のいい真剣だったから。自分の心のために人を傷つける、最低な奴だったから。
これ以上、俺は人を傷つけたくなかったから。
それと同時に、マーク夫妻は命の恩人なのに信じきれなかったんだということが苦しかった。冷たく当ってしまったことが苦しかった。
本当にダメだと思う。優しさを踏みにじったこと、恩を仇で返したこと……。
自己嫌悪の毎日だった。自分のことが何よりも汚いものに見えて、「ああ、周りの意見は正しかったんだな」って改めて実感した。
「でも、そんな時、あんたに出会った」
「……私?私、何もしていないけれど?」
「よく言うよ」
人が距離を置こうとしてるのにずかずかと入ってきて……。拒否しても冷たく当っても、当たり前のようにお礼を言って、笑って。
あんたと関わっているうちに、距離を置いている自分がアホらしくなったんだ。それでどうでも良くなったんだ。
「……はい?」
何言ってんの、この人という文言が顔に書いてある。心底わかっていなさそうなこいつは、コテンと首を傾けている。その目元は真っ赤だ。
「……ってか、いい加減泣きやめよ。いつもの凛とした公爵令嬢感はどうした?」
「え、あれは化けの皮だもの〜。王太子妃候補だったし、令嬢だから一応、ね?ちゃんともできるわよ?でも、そんな話を聞いたら泣いちゃうわよ」
「自分で言うか」
レベッカ様だってあいつと同じように二面性があるのに、どうして俺はこいつを信頼しているんだろうな。
理由はわかっている。多分、こいつが温かいからだ。それに、情に厚いからだ。
二面性って言っても人が変わっただけでこんなにも愛おしく感じるなんてな。
……ん?
は?
愛おしくってなんだ!?
そんなわけないだろ!俺!?
これはあれだ、言葉の綾だ!!
自分の思考に慌てていると、
「ねぇ、ルカさん」
レベッカ様がぽつりと俺を呼んだ。その目元はまだ赤かったけれど、もう涙はなかった。何かを決意したような顔。
「んだよ?」
少し訝しいと思いながらもそう尋ねて先を促すと、レベッカ様は一瞬黙り、それから小さく息を吸った後、とんでもないことを言った。
「マーク公爵夫妻だけどね、多分怒っても嫌ってもないよ」
「は?」
「これは私の推測でしかないけれど、お2人は関わるのが、自分たちが傷つくのが嫌だったんじゃなくて、これ以上関わってあなたが傷つくのを見ていられなかったんじゃないかなって思う。あなたがどうしようも無い怒りをぶつけてそれに自分で傷つくから……あなたがそんな優しい人だから。これ以上傷つけたくなかったんだと思う」
「……」
「マーク公爵夫妻は今でもあなたのことが好きだと思うわ」
思わず目を見開いた。レベッカ様はそれから少し俯いて、
「……私は理由を知らなかったからこんなにも無茶させて無理矢理ルカさんに関わらせちゃったけど……。ごめんね、辛かったよね。土足で心に入り込まれたと思ったよね」
いや、違う。お前のは、お前に当たったのは、単に女が信用出来なかったからだ。無茶して無理矢理入ってきたってとこは、否定しねぇが。
でも、マーク夫妻は傷つけたくなかったってのもあるが、お前宛のは完全な女への八つ当たりだ。だから!
「ちげぇ!お前は謝る必要なんてない!俺が女を嫌いで一方的に八つ当たりしていただけだ!!ただの俺の人間不信で、女嫌いなだけだ……!」
俺が悪い。これは完全に俺が悪い。俺が謝らなきゃならない事だ。
なのに、レベッカ様は、ふっと優しく笑う。
「そんなに辛いことがあったのなら人間不信になるのは当たり前よ。誰もルカさんを責められない」
「……レベッカ様……」
「仕方ない事だわ。それに、今、こうして理由まで話してくれてる。やっぱりルカさんは優しい人よね。ありがとう!」
そうやってまた、笑うから。
弾けるような笑顔を見せるから。
「一度マーク公爵夫妻ときちんとお話してみるといいと思うわよ。多分しっかり聞いてくれる。不安なら私も一緒に行くわ」
安心させてくれるような言葉を、欲しい言葉をくれるから。
「……ありがとな、レベッカ様」
予告したのと違うやん!ってなった方、すみません。詐欺りました笑
前話牡蠣終わったあと、よく考えたらルカさんの過去語りが途中で終わっていたので、なんとか続きをぶっ込みました。ごめんなさい。
「あれ?ルカさんの過去語り、長くね?」って思ったそこのあなた、多分正解です!←何の
泣き続けるレベッカと慌てまくるルカさんの図……誰得……?
……どっかの誰かの得だよ、きっと……知らんけど。
あと、ルカさんの言葉遣いとレベッカの呼び方がチグハグ感ありますよね笑
レベッカもルカさんも立場微妙だし、どうしたもんかなぁ……と考えております。




