表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/148

67話✲苦しい記憶と止まらぬ涙 (ルカ視点)

今回、少しシリアスめです……。

虐待等についての描写があります。

ご注意下さい。

「うん。聞くよ?どうしたの?」


 俺が話を聞いてくれというと、この女はニコッと優しい笑顔を浮かべる。悪意のない、純粋な笑顔。その綺麗な笑顔に少し胸がざわめき、スイッと慌てて視線を外した。


 ほんと、こいつは……!こういう顔を平気で見せる……。誰にでも見せるもんじゃねぇぞ、そういうのは。


「……っ!あのなぁ、そういうのやめた方がいいぞ」


「そういうの?」


 俺の言葉に不思議そうに首を傾げて尋ねる目の前の女は、本当に何も分かっていないようだ。


「あんた、バカなのか?」


「バカってなによ?!」


そういう無防備な顔だよ。「仲良くする気は無い」やら「話しかけるな」などと言っていた奴に見せる顔じゃねぇ。


 まあ、面白くないから理由は話してやんねぇけど。


 でもまあ、こういう奴だから、真っ直ぐ俺自身と向き合ってくれる奴だから、俺も話をしようって気になったのかもな。


「話ってのは……俺の過去の話だ」


「ルカさんの過去の話?」


「ああ」


 正直聞いててあんまりいい話でもない。それでも、真っ直ぐなこいつならちゃんと聞いてくれるのではないか、知っても態度を変えないんじゃないか、そう思う。


でも、その一方でまた、今までと同じように、今まで周りにいた女と同じように態度を変えられるんじゃないか、とも思う。


軽蔑されるかもしれないという恐怖心と知った上で仲良くしてくれるだろうという期待がせめぎ合う。


 こいつがどう反応するか分からないけれど、1度話す気になったのならば……。


こいつを信じてみてもいいのではないだろうか。


 俺は少し俯きながら、口火をきる。それから、俺は語った。自分の過去を。


 女は相槌を打ちながら聞いてくれた。


「……俺は、この国の者じゃねぇ。ジョーンズ王国の出身だ」


 ジョーンズ王国とは、この女の祖国であるスミス王国とは、このケーラー王国を挟んで反対側にある国だ。


俺はその王国の高貴な身分である、公爵の妾の子として生まれた。つまりは、正妻の子ではなく愛人の子であるということだ。


 母親はある没落貴族の娘で、公爵家でメイドとして働いていたが、自分の家が没落したことを認められず、常に貴族の娘といった振る舞いをしていたらしい。何も持っていないのに、過去にしがみつき、プライドだけは1人前に高い女だったそうだ。


 そんな女がなんの因果か、見初められた……のではなく、無理矢理公爵に迫った、の方が正しいのかもしれないが、正妻のあったその公爵との間に関係を持った。


 そして、その間に生まれたのが俺、ルカ・デイビスだ。


 公爵は俺の母親のことは愛さず、正妻を愛していた。俺としても公爵に父として接してもらった記憶は全くと言っていいほどないし、公爵の顔すらもう覚えていない。


一応公爵家の妻と息子であるということに変わりはないので屋敷に部屋は与えられていたが、別館の方であったからだ。時々公爵の息子として社交界に連れ出される様なことはあった。それもほんとうに数少ないだけなので、公爵とは本当に数回しか顔合わせていない。


 そして、公爵子息ではあったが、メイドや執事なんかはいた事がない。俺と母親、2人でただ広いだけの別館に半ば幽閉に近い形で生活していた。


 だが、母親は俺を丁寧に飾り立て、毎日のように、「貴方はあの人の子どもなの。将来はこの家の主になるのですよ」と言い聞かせるように繰り返し言っていた。


というのも、その頃の正妻には、子がいなかったからである。つまり、俺が唯一の後継者だったのだ。だから、公爵もきっと俺たちをどうこうしなかったのだと思う。


 俺は傍目には母親に愛されているように見えたかもしれない。綺麗な洋服を着せられ、身体はいつも清潔であったし、食べ物もいいものを食べさせて貰っていた。


でも、母親の心はここにはない、公爵にあるのだ、と幼いながらに悟った。だって、視線が合わなかったから。俺を見ているようであいつは俺を見ていなかった。


 いいや、公爵すら見ていなかったのかもしれない。その先にある、次期公爵の母親の地位、名誉、財力、きっとそういったものが見えていたのだろう。


 また、母親いわく俺は公爵に似ているらしく、その面に関してもあいつは何度も褒めそやし、「公爵様」とどこか狂気的な視線を向けられていたのをよく覚えている。


 それくらいならばまだ、俺は絶望はしなかった。普通に生活していたし、母親のことも「ああ、こんなもんなんだ」と達観すれば大丈夫だった。身近に女性は彼女しかいなかったから、女性恐怖症にはなったが。


 だが、状況が一変した。悪い方に。


公爵の正妻に子が出来たのである。


 そう、紛うことなき、正当な次期後継者の誕生だ。妾の、しかも没落した家の血を引く息子ではなく、正当に良い家柄の正妻から生まれた子どもが、次の公爵後継者になるのは至極当然のことだ。


 俺の環境も変わった。母親が俺の面倒を見なくなったのだ。だって、正当な後継者が出来た後の俺は無価値だったから。価値のない、ただの何も出来ない幼子だったから。


 母親は、俺が着るものに困っていようとお腹を空かせていようと、まるでいない存在のように扱った。そして、俺を着飾らせる代わりに、自分が豪華なものを付け始めた。


 豪華なドレスを買い漁り、こぼれんばかりの宝石をジャラジャラと付け、気分が悪くなるようなきつい香水を身体に塗り込んで。きっと公爵から与えられていたであろう申し訳程度の俺あて養育費も全てあいつのドレスと宝石へと消えていたのだと思う。


 そうして、着飾った母親は、公爵様に再度迫ったのである。「自分の方がいい女だ」と。自分にしておけ、と。もちろん公爵は母親に見向きもしなかった。正妻とその子どもだけを愛していた。


世間一般に言われる絵に描いたような愛妻家であったのだと思う。多分世間の反応は「悪女とその息子から家族を守る父親の鑑」「一途に思い続けて素敵」「幸せな家族ね」であっただろうと思う。


 そういうものだ、世間というのは。悪女から生まれた美しい家族を邪魔する出来損ないの息子。公爵家の恥ずべき汚点。それが俺の評価だ。


 昔ほんの数回だけ行った社交界で公爵子息だからと擦り寄ってきていたほかの貴族たちも、正妻の子ができてからこちらに見向きもしなくなったし、さらに言うならば「卑しい生まれの子」と言っていたらしい。


 だが、正妻の子が生まれてから社交界に行くことはなくなったので、人からどう思われていようと聞こえていない俺には痛くも痒くもなかった。公爵に擦り寄る母親の姿は滑稽に見えたが、嫌悪するほどではなかった。


 俺の考え方が変わったのはそのあと少し経ってからだった。一向にこちらを向いてくれない公爵への八つ当たりを俺に向けてきたのだ。殴る蹴るの暴行、心から何かが溢れて壊れてしまいそうなほどの暴言。


 人を……特に女を信用しなくなったのはその時からだ。


 放置されるくらいならまだ、なんとかなった。だが、人はこんなにも変わるのか、と思った。今までの猫なで声と耳をつんざくようなキンキン声で罵る声。


何を信じていいか、わからなくなった。

 

だって、自分を産んだ母親ですら、「その公爵にそっくりな顔をみせるな」「親に捨てられた子」、「あんたが私の子である訳がない」などと暴言を吐くのだ。


 耐えられなくなって、一度別館を抜け出したことがある。誰も俺を知らないところに行きたかった。


でも、この顔は公爵にそっくりだから街を歩くとすぐばれた。正妻の子の方は母親に似ていたから、公爵に似ているのは俺だけなんだ、当然のことだ。


「卑しい生まれの穀潰し」

「親に捨てられた子」

「愛されない子」

「忌み子」


 悪意と冷たい視線に晒された。そして、公爵家の汚点である俺はその街を出ていくことすら出来ず、すぐに別館に連れ戻された。


どうしていいか、どう生きていいかわからなくなった。


そこで一度、昔話をやめ、


「あんたも親に捨てられた子って軽蔑するか?」


 そう言ってふっと笑いながら女の方を見る。話している間は怖くて見れなかったが、途中から相槌がなくなったので、反応を伺うためだ。


こいつもみんなと同じなのだろうか。俺を忌み嫌うのだろうか。軽蔑するのだろうか。


そんなあきらめにも似た感情ともに女の方を見る。


 ……女は、泣いていた。静かに、はらはらと涙を流していた。諦めるのも忘れて、驚き慌てながら声をかける。


「……っ……どうしたってんだよ?!」


「………ごめん……。私が泣いちゃダメなのに……ルカさんが泣きたいくらいだろうに……」


 そのあとも「ごめん」と続けるこいつに、どうしていいか分からなくなる。


 こんな反応、今までなかった!まあ、人に話したことがほとんどないから比較対象はいないが!


 それでも、俺のことを知っている奴に蔑むように見られることや見たくないものを見たような顔をされることはあっても泣かれたことはなかった!


「俺は、大丈夫だっ……!なんであんたが泣いてんだよ!」


え、え、どうすんだ!これ!ってか、なんで泣いてんだ!?!?


 とりあえずポケットに辛うじて入っていたハンカチをこいつに向けて差し出す。こいつは、ハンカチを受け取りつつ、


「その時のルカさんの気持ちを思うと……辛くて……苦しくて。なにかしてあげられなかった私が悔しくて……」


その時の気持ちに共感して、泣いてくれてるのか……?


なにかしてあげられなかったって……。そんとき、まだあんたと出会ってないだろ。


 ほんとこいつは……人とは違う。


 こいつが俺のことを考えて泣いてくれていることを嬉しく思っている。


「大丈夫だって!今はマーク公爵家に拾われてこうやって楽しく生活しているから!」


 というか、なんで俺が慰めているんだよ……!ほんと、何なんだよ、こいつは。


 俺の慰めのかいもなく、未だ俺の隣でわんわん涙を流している。泣いている奴をどうにかするすべなんて知らねぇ!!


「泣かせるつもりはなかったんだッ!ごめんっ!」


 どうしていいかわかやず、謝ると、目に涙を溜めながらぽかんとした顔をした。そんなに目を見開いたらその、目元に溜まっている涙が落ちるぞ。


「なんで謝るの?私が勝手に泣いただけなのに」


「でも俺が泣かせたから…」


「これは私の勝手な気持ちだもの。あなたが責任を持つ必要はないわ!」


「あんた、面倒くさいな……」


「うー……」


「……泣かれるなんて初めてだから、ほんと戸惑う……。まあ、こんな話、誰にもしたことなかったんだけどな。特に女なんかには近づきもしなかった」


「それって、私は女じゃないっていってる?」


 俺の言葉にピクリと反応して、少し怒ったような声音で言う。


 そこかよ?!


「泣くか怒るかどっちかにしろよ!……ちげーよ。お前はとくべつだって言ってんだ。レベッカ様」


そう言って、隣にあったレベッカ様の頭をポンポンと撫でる。


 すると、一瞬驚いた顔をしてそれから、更にダバーっと涙を流し始めた。


「え!?」


「名前で呼んでくれたぁぁ」


そ、そんなことかよ!?


 ……ほんと、良い奴だな。


 多分こいつは、地位と名誉を求めて蠢く陰謀と人を陥れてまでも上に上り詰めたいそんな息苦しい世界に咲いた一輪の純粋な優しい花だ。


 希望の花。


 人のために悲しめて人のために頑張れる、そんなやつだ。


  こういうやつだから……多分俺はこいつを信頼し始めている。


 でもな!



いい加減泣き止んでくれ!!

ルカさんの辛い過去でした……。

虐待、ダメ!絶対!!


次回は……!一方スミス王国では!


となります。


少し話が変わりますね。






※この物語はフィクションです。

※あ、あと!心理的虐待、身体的虐待、ネグレクトなどの児童虐待は、犯罪です。児童相談所への通告案件です。それらの相談は189(いちはやく)ですよ!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ