56話★不意打ちの体温
声の方を振り返る。するとそこには、いつもにも増して冷たく氷を放つ眼差しがあった。ブリザードが吹いてきたように急激に辺りの温度が下がる。
目の前の信号令嬢達はその声にビクリと分かりやすく肩を跳ねさせ、それからゆっくりとそちらを向く。
赤色がパクパクと幾度か口を動かし、声にならない声を発した後、震える声で、
「せ、生徒会長!」
目の前で凍てつく世界を作っているのは、紛れもなくこの王立サンフラー学園生徒会長、アンドレア様であった。
「……この学園でそのようなことをする意味がわかっているのだな?」
アンドレア様が低い声で言う。決して大きな声ではないし、いつもと変わらぬ美しい声だが、怒りが見える。
ギンっと信号令嬢を睨む瞳。アンドレア様は見目が美しいから孤高の貴公子のような感じにうつるけれど。そして、いつもにも増して饒舌だな、アンドレア様。
信号令嬢たちがキュッと口を引き結ぶ。それから赤色はゆっくりと口を開いた。
「……それは……」
震える声でそれだけ言ったあと、直ぐに口ごもる。
「何を学園で学んでいる……?魔法はそのように使っていいと学んだのか?人を傷つけるために使えと……」
どうやら学園で悪意ある魔法を使うことは禁止されているらしい。らしいというのは、私はここの学園の者ではないので知らないため、推測でしかないからだ。
「で、ですが!こちらの方が無礼を働いたので!!」
赤色の隣でずっと俯いていた黄色の令嬢が意を決したように前を向き、そう言った。
無礼を働いたのはどっちよ、と突っ込まなかった私を誰か褒めて。こんな重々しい空気の中でそんなことをする勇気はないけれど。
「……どのような無礼を働いたら魔法で人を傷つけていいことになるのだ?」
「それは……」
「神々の御名に名を連ねる者として恥ずべき行動だとは思わないのか?」
静寂なる怒り。無言になる信号令嬢。その、静かになったところに、
クシュン…ッ
場違いなくしゃみの音が響いた。その主は私である。
失礼。せっかくアンドレア様がいっぱい話していたのに邪魔してしまった。でも、ドレス濡れたままだし、仕方ないよね?……はい、ごめんなさい。
その音にアンドレア様ははっとこちらを向き、駆け寄ってきた。駆け寄ってくるアンドレア様とは反対に、信号令嬢はササッとその場を去っていく。
「すまない、気が回っていなかった……」
「いえ、大丈夫ですわ」
ちょっとばっかり寒いけれどそれ以外は何ともない。ドレスからポタリポタリと水が落ちていく様をみて、少しはしたないがきゅっと先を申し訳程度に絞る。その様子を見て更に眉を顰めるアンドレア様。
「これくらいなんともないですわ。貴族社会ではよくあることですし。前はこのようなことされた事がなかったので、逆に新鮮でしたわ」
「でも、寒そうだ」
そうアンドレア様は言ってから、少し悩むような素振りを見せる。
「うぇ!?な、何ですか!?」
思わず変な声が漏れた。令嬢としてはゼロ点だ。でも、でも!そりゃこんな声も出るでしょう!アンドレア様が私の腕を付かんでクイッと自らの元に引き寄せたのだから!
いきなり引っ張られるとは微塵も思っていなかった私は、その引く力に従っていとも簡単にバランスを崩し、たたらを踏んでアンドレア様の元へ。
「これでいいか」
アンドレア様がボソリと呟く。
これでいいか、じゃありませんよ!
「な、な……な!どうして……?」
動揺しまくりの私と平然としたアンドレア様。アンドレア様は、私の問いに不思議そうな顔をした後、
「体温、温かいから……?」
私が寒そうだからただ温めるために抱きしめた、アンドレア様はそう言いたいのだろう。他意もなさそうで、至極真面目にそう言っているのが声音から分かる。
うん……
一言よろしいでしょうか?
この、天然が!!!
無自覚か!?!?
さすがアンディ様と兄弟だな!!
でも、アンディ様の方が幾分かマシだぞ!
表立って振りほどくことも出来ず、困っていると、アンドレア様が、少し悩むような素振りを見せてから、
「あ、魔法で乾かした方が効率がいいか……?」
そう言うが早いか私を離すと、スっと掌を上に向ける。するとすっと火と風のような物があらわれた、と思ったら一瞬ふわりと体の周りを風が撫でて水気が辺りに霧散した。
「……これでよし」
申し訳ないけれど、最初からそれでよかったと思うよ、私。そして、魔法すごい。
「ありがとうございます、アンドレア様」
「いや……」
★★
その後、慌ててやってきたのはリリ、アンディ様とウィル先生だった。リリは図書室には入らず、外の扉のところで待っていたのだ。
私が庭に出たのは司書室の近く、裏口からだったから、リリはこのことを知らず、アンディ様とウィル先生に連れられて来たらしい。
「お嬢様!大丈夫でございますか!?」
状況を知らないリリは眉を寄せ、心配そうな表情で私に駆け寄ってくる。
「ええ、大丈夫よ。少し水をかけられたけれど」
「み、水!?」
私の言葉にリリは目をむく。そんなリリを落ち着かせるようにドレスを見せ、
「大丈夫よ。アンドレア様が魔法で乾かしてくださったの」
そういうと、リリは再度違う意味で目を見開く。それからアンドレア様に向かってがばりと頭を下げた。
「そうだったんですか!……アンドレア様、ありがとうございました」
「いや……大丈夫だ」
それから、みんなに心配されつつも図書館の中を見学し、学園見学は幕を閉じたのだった。
読んでくださり、ありがとうございます!
アンドレア様の生徒会長らしさと天然さが露呈した回でございました。(天然さは前からですかね笑)
✤次回予告的な何か✤
次回はカーテンについてと、いよいよ開講!!です。
お楽しみに!!
次回の更新も……出来次第です。
毎度すみません…。
よろしくお願いします<(_ _)>




