55話★藤の花と信号令嬢
司書室から出て、ふーっと大きなため息をつく。ようやく開放されたのだ。私は、少し疲れた体を休めるためにアンディ様達と会う前に1度図書館を出た。
図書館を出ると、うららかな春の気候と風にそよそよと優しく揺れる木々が目に入り落ち着く。どこからか鳥のピチュピチュという可愛らしい声も聞こえてくる。姿は見えないが、きっとスズメのような小さな鳥だろう。
ケイラー王国はスミス王国より自然の多い国だということを改めて実感する。
図書館から少しだけ離れたところには、木でできた枠のようなものがあり、その枠には花の蔦と小さな藤色の花が頭を垂れるようにして咲いていた。いわゆる藤棚というものである。
確か、藤の花の花言葉は「歓迎」。そのこうべを垂れるような姿が人を歓迎しているように見えるからだそうだ。
その藤棚の下には、薄い茶色の木でできたベンチが2つ置かれており、休憩所のようになっているらしい。
その藤棚に吸い寄せられるようにベンチに座った。ベンチに座ると辺り一面が藤色に覆われて、本当に歓迎されているようで嬉しい。
藤棚を眺めつつ、先程のアンジェリカ先生を思い出す。あの後の先生は本当に怒涛のようだった。語って語って語りまくっていた。
前世の私も趣味についてはいくらでも語れると思っていたからそんなに変わらないかもしれないけれど。
『本の部位についてはご存知でしょうか?上の部分が『天』、下の部分が『地』、そしてこの横の部分が『小口』でこの表紙の裏側と次のページが『見返し』ですの。そして、このしおりは『スピン』と………』
ワクワクキラキラといった様子で語っていたアンジェリカを思い出して苦笑する。本当に楽しそうだった。
でも、アンジェリカ先生のおかげで色々知れたしよかったとは思う。知識を学ぶのはいつの時代でもいつの世でも楽しいものだ。
それに、図書館システムについても聞き出せた。ここでは、BDSがあるくらいだから、ICカードのようなものが導入されているようだ。最新鋭だね。
パソコンなどの機械はないのにどうしてそのような機械はあるのだろうと思い、尋ねてみると、どうやら動力としては魔法を使っているらしい。魔法って便利だな。ご都合主義かよ。
……失礼、口が悪くなってしまった……。
でも、頑張ればその魔法でパソコンくらいは作れるんじゃないかなぁ。概念がないだけなのかな?
まあ、作っても上級貴族下級貴族で魔力の量に差があるから使えるのは本当に上級の人だけになってしまうだろうけれど。
そういった機械を使う図書館がこの学園内と王立図書館しかないのはそれが理由かな。
それはさておき、私たちの学校ではそんな最新鋭の機械は使えない。私には魔法を使う力はないし。図書カードみたいなものに本の名前と日付を書いてもらうという原始的な方法にするしかないかな。
そんなことを考えていたが、ザッと聞こえた足音に思考の世界から現実の世界へと引き戻される。はっと顔を上げると目の前にはカラフルな色__赤色と青色と黄色__が見えた。
……信号かな?と思ってしまったのは私だけだろうか。順番は青赤黄の順番だから信号とはちがうけれど。
「ちょっと、あなたっ!」
真ん中に立つ赤色から怒気を含んだ声がかけられる。どうやら、カラフルな物体は人であったらしい。私は座っているから、その人たちを見上げる形になる。見上げるとその声の通りに眉を釣り上げたご令嬢が3人いた。
いけない、すっかりポケっとしていたわ。とりあえずは……初対面だから挨拶かな?こちらに明らかに敵意があるように感じられるが、貴族として挨拶は必要だろう。
大方、相手は私とアンディ様たちとの関係を探りに来たのだろう。それと、私が何者かも。もしくは、真正面から文句を言いに来たか嫌がらせでもしに来たか。
私が1人でいる所を狙ってきたところをみると文句か嫌がらせの線が濃厚か。
そう考えながらも私はとりあえず立ち上がり、スっとカーテンシーをする。
「お初にお目にかかります。レベッカと申しますわ」
王妃教育直伝のカーテンシーに一瞬怯んだような顔を見せるが、直ぐにまた眉を釣り上げる3人組。
「あなた、ちょっとマーク様方とルキア様に失礼じゃないの!?」
挨拶を返す素振りも見せずまくし立てる真ん中の赤色。マーク様方というのはアンドレア様とアンディ様、ルキア様とはウィル先生の事だ。
「媚びるような視線まで向けてらっしゃったわね?あなたのようなどこの骨とも分からない人の分際で」
赤色が続ける。そして、黄色と青色が「そうよそうよ」とはやし立てるように繰り返す。
……典型的ないじめパターン?媚びるような視線なんてしていないけれど。
貴族社会ではこのようないじめ?的なものはよくあることだ。これまでは私がさせる立場になることはなかったけれど。公爵令嬢に難癖つけるような命知らずはいなかったからだ。
でも、ここでは私は名乗っていいか分からず__私は表向きは留学生だけれど、国外追放された身でもあるため、微妙な立場なのだ。なので、必要最低限しか名乗らないようにしている__名前を言うだけに留めたから相手にしてみればどこの骨とも分からない人、になるのかもしれない。
「マーク様方やルキア様は公爵の出なのよ?」
とりあえず、名乗ることもしない相手の話を聞くいわれはない。だって、身分がどうであれ、相手がどうあれ挨拶をされたら返す、それは最低限の礼儀だろう。貴族だから傲慢でいいというのは違う。
私が無言を貫き、いつお暇させていただこうかと思考を巡らせる。いつまでも無礼な人に付き合っている暇はないし、返す礼儀もない。
「ちょっと!聞いてらっしゃるのッ!?」
私が聞いていないことに気がついたのか、赤色は更に目を釣り上げ、私の方へと手を伸ばした。本当にこの方、淑女教育を受けてらっしゃるの……?と疑うような行動である。私はその手をサッと避ける。
「随分と穏やかな先生に礼儀を教えて頂いたのですね」
貴族らしく婉曲に言葉を紡ぐ。こちらとて言われてばかりではない。これくらいは言わせてくれ。
「なんですって!?」
「挨拶を返さなくてもいいなんてとても羨ましいですわ」
「……なん…ッ!……そっちがその気ならいいわ、こちらにも考えがある……」
そう言った瞬間、赤色はキッとこちらを睨み、そのままどこからか杖を取りだした。
「あなたの立場、思い知らせてあげる」
「……え……」
「神々の御名に連なる者として、海の神の御力を賜らん。我の願いを聞き届けよ」
バシャリ…!!
止めることも動くことも出来ず、赤色が詠唱を終えると同時に頭の上から水がぶっかけられる。量にしてバケツ1杯分くらい。
ポタリポタリとドレスから水が滴り落ちる。そして赤色、青色、黄色の笑い声が重なる。……ええっと、楽しそうでなによりですわ。
この後どうしようかしら……このまま図書室には入れないわね。アンジェリカ先生に怒られそうだわ。
そう些か冷めた考えをしていたその時、
「……お前ら、何をしているんだ」




