51話★見学
風がそよそよと吹き、髪を揺らす。馬車から降りると、広大な敷地をもつ建物が眼前に現れる。
建物は白色の壁にぐるりと囲まれており、私達が降り立った馬車の目の前には銀色の大きな門がある。銀色の門からは白色を基調とした、歴史を感じる校舎が見えた。
建物の様式には明るくないため何式かは分からないが、由緒ある建物なのだろうことはわかる。
王都の中心部からほど近い場所に位置するここは、王立サンフラワー学園。貴族の学園だ。
私は、ウィル先生、アンディ様、そしてリリとともにこの学園に見学に来ていた。ジェニーには遠慮された。そりゃ、貴族の学園なんてちょっと怖いよね。
案内役としては、休み時間の間だけだが、アンドレア様が一緒に回ってくれるらしい。なんでも、この学園の生徒会長なんだそうだ。学園の門の前で待ってくれていた。
長めの栗色の髪を風に靡かせ、凛とした様子で立っている。ただ立っているだけなのに、絵になるなぁ。それがアンドレア様を見た感想である。
「おはようございます、アンドレア様」
「おはよう、レアちゃん」
「おはようございます、兄上」
私達が挨拶をすると、アンドレア様はこちらを向き、小さな声で、
「………おはよう……」
と返した。ニコリとはせず、一見無表情ではあるが、少し、ほんの少しだけ唇の端が上がったような気がする。
そんなアンドレア様に連れられて学園内へと足を踏み入れる。向かう先は学園長室である。
学園の中も外見同様美しかった。廊下は白を基調としており、所々に意匠が凝らされたことが窺える美しい花の模様が壁の上の方にあしらわれている。明かりはどちらかと言えば白色系だ。
長い廊下を歩くと、目の前に少し大きめの扉が見えた。ここが学園長室だそうだ。
「………学園長、お客様です」
アンドレア様が珍しく少し大きな声でそう言うと、中から返事がある。
その声に、扉を開けると、中には中年くらいのおじさんがいた。きっと彼が学園長なんだと思う。学園長は、かっぷくのいい、どこか小物感の漂う人だった。
「お初にお目にかかります、アンディ・マークです」
「お初にお目にかかります、レベッカ・アッカリーです」
アンディ様が挨拶をしたのに続いて、その学園長に向かってすっとカーテンシーをして挨拶をする。
「あー、このサンフラワー学園の学園長、ジョーダンだ。……君を歓迎しよう」
言葉は歓迎している、と言っているものの、見学はあまりよしとはしていないような態度で形だけ挨拶をされた。
上にはへりくだり、下の人には威張り散らしそうな人、というのが印象だった。きっと、マーク公爵の使いだから何も言わないだけなのだろう。
「ありがとうございます」
歓迎されないのはわかっていた事なので__何しろ私は隣国からやってきた変な女だ__とりあえず私は、顔には微塵もそんな素振りを出さず、ニコリと笑顔を返しておいた。
学園の見学許可が出ただけで私は満足なので、歓迎されなくても別に構わない。
★★
それから、学園長室を出た後、無言で進むアンドレア様とそれについて行く私達。
アンドレア様はスタスタと学園内を歩き、ひとつの部屋の前で止まった。着いた先は、授業はしていないようで、電気は消え、静かだった。窓から中を覗く限り音楽室のようだ。
アンドレア様は、すっと鍵のようなものを取り出すと、扉の鍵穴へ差し込み、回した。カチャリと音を立てて鍵があく。そのまま流れるような動作で扉を開けると、無言のまま手を中へ向けた。
……入れってことなのかな……?そう思い、ひとまず音楽室へとはいる。中は、ごく一般的な音楽室だった。前世の学校と比べてもあまり変わらない。強いて言うなら、こちらの方が教室が大きいことくらいだろうか。
私に続いて、アンディ様とウィル先生、リリ、そしてアンドレア様が入ってくる。
そのまま、無言。アンドレア様は口を開かず、ただたっている。
え、これは、勝手に見学しろってことなのかな?
少しの間困っていると、
アンドレア様に待ったを掛けたのはウィル先生だった。ウィル先生は、苦笑しつつ、
「レアちゃん、ちゃんと紹介しなきゃダメだよ?」
すると、アンドレア様は、はっと気がついたように少しだけ……ほんの少しだけ、ほんとうに少しだけ目を見開いた。それから、少し考えるように首を傾け、それから、こちらを見た。
「……音楽室だ」
「それは見たらわかりますよ、兄上」
アンディ様が耐えきれなくなったようにくすっと笑う。優しげな眼差しで自分の兄を見ている。そんな弟の姿に、アンドレア様は不思議そうな顔__と言っても、少し瞼をパチパチと瞬かせたくらいだけれども__をして、
「………そうか」
と至極真面目そうな顔で言った。そして、少し困ったような顔をする。
アンドレア様は天然なのかもしれない。取っ付き難いミステリアス系だと思っていたけれど、意外とそういう所もあるのね。
「授業では、どんな感じのことをしてらっしゃるのですか?」
私が聞くと、
「………主に楽器を演奏しているな……貴族として楽器ひとつくらいは弾けなければ……やっていけないからな……」
と説明してくれた。自主的に説明はしてくれないが、どうやら説明したくない訳ではないらしい。
「アンドレア様は何を弾かれるんですか?」
「……私は、バイオリンだな」
バイオリン……。
うん、めっちゃ似合う。
「兄上のバイオリンはとても素敵ですからね」
「確か、学内のコンクールで優勝したんだよねぇ。当時担任だった僕も鼻が高かったよん」
「……あれは……まぐれだろ……」
「いやいやいや!違うから!そんなまぐれあってたまるかっ!だから!!」
アンドレア様の言葉にブンブンと首を横に振るウィル先生。そんなに上手なのか……。
1度聞いてみたいなぁ……。
私が期待の目を向けていると、
「……いつかな……」
と言ってくれた。
うん、楽しみが増えた。
「レベッカ嬢の学校には音楽も取り入れるの?」
ウィル先生が尋ねる。
そうだよね、今日の見学は、私の学校づくりに活かすために来たんだもの。ぽけっとしている場合じゃなかったわ。
音楽……。音楽かぁ……。どうだろう?
まず、する時間あるかなー?
「音楽……。する時間はあるでしょうか?」
他にも色々教えなければいけないし……。
それに、するならば楽器も用意しなきゃいけないし、準備とお金が大変だ。
「時間はないかもしれないね。まずは文字や読み書き優先だからひとまずは音楽はしない方向の方がいいんじゃないかな?」
アンディ様もそう言う。私と同じことを考えていたようだ。
「そっかー、ちょっと残念。合唱団とかみたいで素敵かなーって思ったんだけど」
合唱!?
それならできるかも!!楽器いらないし!!
「合唱は素敵かもしれません!!」
ちょっと音楽関係もかんがえてみようかしら。
その後も校内の色々な部屋を回った。美術室や被服室などだ。魔法訓練場なんてのもあった。この世界ならではの施設だわ。
そして、次はいよいよ教室だ。さすがに授業に入るわけにはいかないから、外から覗く程度だけれど。
読んでくださってありがとうございます<(_ _)>
【次回の更新は、4月22日予定!】