47話✲変化(ルカ視点)
女は綺麗な皮を被った化け物だ。
あの皮の下にはおぞましい悪魔が眠っているのだ。普段は皮の中飼っていて、時折顔を出すのだ。
そう、あいつのように。
あいつは、子どもを見捨てた。
散々構い立てて着飾らせて、
「貴方はあの人の子どもなの。将来はこの家の主になるのですよ」
そう言い聞かせるように何度も何度も繰り返したのに、その、あの人に新しい子どもが出来ると見向きもしなくなった。
俺が何をしてようと目に入らない。
それこそ、お腹が空いていようが、着るものがなくて困ってようが……。
あの人の気を引くために今度は自らが着飾り、においの強い香水をつけ、あの人に擦り寄った。
奥さんなんてやめて、自分にしろ、と。
まさに手のひら返しだ。価値のないものには、興味がないのだろう。
見ていて滑稽だと思った。
女はそういうものだ。
異国からやって来た俺を拾ってくれたマーク公爵夫人は別だが。表情が乏しくて誤解されることも多いが、彼女は優しい。マーク公爵家は、なんの才能もない俺をアンディ様の側仕えとして招き入れてくれた。
だが、それ以外に俺に関わる女は、
昔、異国にいた頃は擦り寄ってくる女。
自我を主張するようにきっついにおいの香水を体中に刷り込むようにふりかけ、ジャラジャラと宝石やらなんやらを山のようにつけて、俺に迫ってきた。
今、マーク公爵家にいる時は存在を無視をするか虫けらのように扱う女。
我が主のそばにいる俺を、いないものとして扱い、平然とアンディ様に近づき、その隣を奪おうとする。もしくは、俺を邪魔者のように扱う。アンディ様が俺を心配し、小屋の管理をさせてもらうことになったくらいには色々された。
今日、そんな俺が管理する小屋には、アンディ様とルキア家の長男、ウィリアム様、そして、悪魔が3人来ている。
1人は、初対面時に派手に持論をぶちまけた女だ。挑発をしてきたが、こちら側に乗ってやるいわれはない。
そう思いながら、5人が昼食を食べているのをチラリと見やる。
すると、パチリと交差する視線。交わった相手はあの、持論ぶちまけ悪魔。
ハッとしたようにこちらを見るから、俺はそいつから視線を逸らし、歩きだそうとする。絡まれたら面倒だからだ。
すると、ガタリという音が聞こえ、次いで小走りにこちらに駆けてくる音が続いた。
「ルカさん」
かけられた声に、振り向いてやる義理はないと、そのまま無視を決め込む。すると、さらに大きな声で呼びかけられる。
「あのっ!」
少し緊張したような高音。何の用だ。まさか、この前のことを謝りに来たのか。それなら、必要ない。これからも関わるつもりはないからな。
「……ッ……話しかけんな……」
相手の顔を見ずに、無愛想に言ってやった。普通なら相手はそれで怯んで去っていく。
なのに、この女はあろうことか、俺の手を握ったのだった。流石にそれには驚いて、ビクリと肩が震えてしまった。
しかし、手を掴まれれば振り払う訳にも行かない。仮にも俺はマーク公爵家に仕える従者で、この女は公爵令嬢なのだから。直接的な実力行使は訴えられてもおかしくないからだ。
仕方なしにそちらを振り返る。きっと俺の目は面倒だ、という色が浮かんでいるだろう。それくらいは許してもらいたい。
すると、女は、じーとこちらを見つめてくる。何も言わず、ただ純粋に、こちらを凝視してくるのである。
その視線に、居心地悪が悪くなり、少し視線を逸らし、それから、その女の顔を睨む。
なんで、俺がこんなやつと会話しなきゃなんねーんだ。
「んだよ?」
そう返すと、相手は無言。
困ったように少し口ごもる。
ほんとに何なんだよ。
自分で、自分の眉が更にひそめられているのがわかる。
「話がねぇんなら、声かけんなよ」
そう言って、去ろうとすると、目の前の女は、慌てたように口を開いた。
「いえ、話ならあるの!……えっと……小屋!!」
「小屋……?」
俺が聞き返すと、
「お掃除してくれてありがとう」
笑顔で言った。
そう、花のような笑顔を浮かべたのだ。
………………
……は?
一瞬空気が止まった気がした。
思わず目を見開きそうになる。
だって、そこには……
俺が長年見てきた、嫉妬も、擦り寄りや媚びも、そして、こちら側を蔑むような目もなかった。
純粋な好意、感謝の念。
それしか浮かんでいない。
女には、媚びをうるやつと蔑むやつしか居ないと思っていたのに。
その、どれでもない瞳。
それは、真っ直ぐにこちらを見ている。
だから、柄にもなく動揺してしまった。
何、動揺してんだよ、俺……。
「……………別に……仕事だし」
「うん。でも、とても綺麗だったから、お礼しなきゃと思ったの!それだけよ!引き止めてごめんなさい。では、また!!」
俺の言葉に、また、綺麗な笑顔を浮かべる。
それから、スっと美しい所作で軽くカーテンシーをしてから、小走りに4人の元へと帰って行った。
その後ろ姿を見る。
変な持論をぶちまけたり、かと思えば、純粋に感謝の言葉を述べたり。
一体なんなんだ。意味がわからない。
単なる気まぐれだろうが、あの純粋な感謝の浮かんだ瞳が頭に残る。
「……変な女だな」
そう小さく呟いてから、こちらも踵を返す。
走るように逃げ去ったレベッカはもちろん、そして、そう言った俺でさえも気づいていなかった。
嫌いなやつから変な女へと言葉が変わっていたことに。
それは、決して好意ではないし、いいものであるかはわからないが、
俺が初めて"嫌悪"以外の印象を女性に抱いたことに。
お読み下さり、ありがとうございます!
この、ルカさんのあいつ、という人の伏線?は、割と直ぐに回収されます、多分。(すぐとか言って何十話も書いてしまう人なので信用なりませんが←他人事)
【次回の更新は4月18日予定!】




