36話★王への談判
今日から4月ですねぇー
ギーッと目の前で扉がゆっくりと開く。開いた先には、先程の玄関ホールや廊下、そして扉と同じくやはり美しい部屋が広がっていた。
赤色の絨毯は先程と同じだが、こちらは全体という訳ではなく、国王の座る玉座と扉を結ぶように真っ直ぐ引かれており、その道以外は白と灰色の混ざったような大理石の床が見えている。煌めく大理石は磨き抜かれていて、顔をのぞかせると顔すら映って見えそうだ。……さすがに子どもっぽいから実際にはしないけれど。
そして天井は高く、頭上にはおそらくこの王宮で一番豪華であろうシャンデリアが吊るされていた。天井が高いためデザインまでは分からないが、光を反射させて綺麗に辺りを照らしているところを見ると繊細に作り込まれているんだろうと感じる。
そんな美しい部屋を玉座に向かって二人で歩き出す。リリはこれ以上は中に入れず、部屋の外で待機することになった。長めの赤い絨毯で出来た道を真っ直ぐに歩くと、玉座の前についたので、二人で跪き、最高の礼をする。
「面を上げよ」
深くしっかりした、それでいて若々しい声が聞こえた。ゆっくり顔を上げると、そこには火のように赤い瞳とその太陽を受ける静かな水面のように真っ直ぐな金色の髪をした男の人が座っていた。金色の髪は肩まで伸ばしており、一瞬女性かとみまごうほどの美しさ。そんな彼には、二人の子ども、王子がいるらしいが、そんな風には全然見えない。
そして、そんな彼の隣には彼の側近と思われる男性が立っていた。
「よく来たね、マーク公爵の代理だと聞いている」
「はい。マーク公爵の代理として参りました、アンディ・マークとレベッカ・アッカリーでございます。国王陛下におかれましては、ご機嫌麗しいこと、恐悦至極に存じます」
アンディ様が挨拶を述べると、国王陛下は、ゆっくりと頷いた。それから、私の方へと視線を向ける。光を灯したような瞳がこちらを見つめる。
「そなた、先程はすまなかった。私の部下が無礼を働いただろう」
きっと門でのことを言っているのだろうということは容易に想像できた。陛下が謝るなんて……!と思いながら、こちらは慌てて頭を下げる。ひたすらに恐縮である。本来王族というものは頭を下げたり謝ったりすることはない。
実際、スミス王国でも国王陛下が謝る姿など見たことがない。それなのに、この国王陛下は悪かったことをちゃんと悪かったと判断し、謝る。
「いえ……!」
「ならよかった」
そう言って笑う国王陛下。穏やかで朗らかな人柄なのだろうことが読み取れる。
「して、本日はどのような用件だ?」
国王陛下は、朗らかなままそう問いかけた。その姿勢は話を傾聴する姿勢で。相手がこんな子どもであってもしっかり話を聞いて下さるらしい。
でも、その穏やかな表情に反するようにこちらの緊張は最高潮である。公爵に伝えに行った時よりも更に緊張の糸が張り詰めている。吸う空気が冷たい。肺を氷が支配するかのようだ。それでも、しっかり伝えなければいけない。
「はい。実は……」
そこで言葉を切り、すっと息を吸った。反対されるのは目に見えているけれど。でも、夢を叶えるためにはいっぽ踏み出さなきゃいけない。
「私は、学校を作りたいと思っています」
そう、一思いに言い切った。それから、私は、自分の計画について話した。教える内容は、教会のような実生活に基づいたことだけでなく、学術的なことや文字、文学、そして政治についても教えること、などなど。
それを静かに聞いていた国王陛下だったが、私の話が終わると、静かに、
「反乱がおこるやもしれん」
そう、それを危惧されるだろうことはわかっていた。だから、態々国王に許可を貰いに来たのだ。勝手にしようものなら、国民を教育して国家に反乱を起こそうとしていると疑われる可能性がある。いままでにした事がないことをするのに慎重になるのは当然のことだ。下手をすれば、私だけでなくマーク公爵家自体が疑われて、罰せられることも考えられる。
でも、反乱が起こるのは、国王陛下への不満があった場合のみ。不正を働いたりせず真っ当な政治を行っていれば不満が起こることなどない。真っ当に国民と向き合っているならば、尊敬されこそ、恨まれることはない。
そして、私はこの国はそんな不正を働いているようには見えなかった。国王は、よく国民の話を聞き、政治に活かす、そういう人に見えた。
だから、
「お言葉ですが、陛下。陛下は不正をはたらいていらっしゃるということですか」
口が勝手に動いていた。そして、言葉を発してから思う、多分これは不敬だ。隣に立つアンディ様が驚いたような顔をしているのが視界の端に見える。
部屋の中に流れるのは、緊迫した空気。そこから少しの沈黙。足が震える。もう、生きて帰れないかもしれない。心臓がドキドキと嫌な音を立てる。その沈黙が、長い時間に感じられたのは、私の心臓が早く波打っているからかもしれなかった。
国王陛下の隣に立っていた側近の人が眉を吊り上げた。
「おまえ、何を」
怒鳴るようにそう言葉を述べ、それからこちらに掴みかかろうとしてくる。怖かったけれど、しっかりそちらを見やる。
そんな時、そっと私の前へと誰かが近づいてくるのが気配でわかった。私を庇うように立つ。栗色の髪が目に入る。
「アンディ様…?」
「大丈夫」
自らも怖いだろうにすっと私の前に立ち、守るように前を見ている。その姿をみて、自分の行動を後悔する。私は別にいいけれど、私が言葉を発することによってアンディ様にまで責任が及ぶのだ、ということが今更ながらに実感させられる。もう少し言葉に気をつけるべきだった。
そんな、誰もが唖然と、そして怒る状況の中、ただ一人、面白そうな表情をしている人がいた。目の前に座られている、国王陛下その人だ。
側近の人の肩を抑えて宥めるようにしてから、こちらを向き、
「よいよい。もちろん、真っ当な政治をしているさ」
と言葉を紡いだ。その表情に怒りや嫌悪感はなく、純粋にこちらに興味を持っているという顔をしていた。私は、すっとまた大きく息を吸った。
大丈夫。このお方なら、大丈夫。
「でしたら、堂々と国民にその姿をおみせになられればよろしいではありませんか。教育で国の事情を知って陛下が損することなどないではありませんか」
怖くてそちらを見れず、少し俯き加減になってしまう顔を必死に上げて言葉を続ける。
「国民を信頼なさってください。陛下の国民は、それほどまでに愚かではないはずです」
国王陛下は、ほうっと興味深そうに頷いた。
「そなたのメリットはなんだ?そこまでするには何か理由があるだろう」
不敬罪を問われるかもしれない危惧をおかしてまでこのように言う理由はなんだ、と問いかけられているのだ。
私へのメリット……?と考える。何だろう。いくら考えても出てこない。前世の夢を叶えられるというのがメリットだろうか?でも、それは話せる内容ではないから、話せる理由なんてない。でも、何か言わなきゃ……。
困惑していると、ふっと笑い声が聞こえた。その笑い声の主は、言わずもがな少し上に座られている国王陛下である。
「ふっ、そなたは面白いやつだな」
「え…?」
国王陛下の御前だというのに拍子抜けした声を漏らしてしまう。それを自覚して慌てて謝る。
「も、申し訳ありません」
そんなわたしに、
「いや、よい。先程の言葉に比べれば全然だ」
と茶目っ気たっぷりにウインクをして見せた。そして、
「それから、学校づくりのことだけれどね、許可しよう」
と言ってくれた。君の作る学校に興味が沸いた、とも言ってくれる。
「ありがとうございます!」
アンディ様とふたりで大きく頭を下げたのだった。
わー、書いていた私までドキドキしてしまった……レベッカ、考えてからしゃべって……
ドキドキの王への談判でした!いかがでしたか?
✤次回予告的な何か✤
国王陛下からなんとか承認を貰えたレベッカたち。そんな承認後の国王陛下は……
お楽しみに!
【次回の更新は、4月2日予定!】




