33話★照れと不甲斐なさ
桜が気になって駆け出したら、急に地面がなくなって……転ぶ!?っと思った刹那……
ふわりと優しく誰かが支えてくれた。見えるのは、深い緑の服。アンディ様だ!と気づく。
「ア、アンディ様…!ごめんなさい!」
「ううん、大丈夫だよ。怪我はない?」
慌てて謝ると、やさしく穏やかな声が頭上から降ってくる。私がそっと顔を上げると、優しげに微笑んでくれているアンディ様の姿。
爽やかな香りがふわりと漂う。
艷めく栗色の髪が風に靡く。
柔らかな深い青色の瞳に吸い込まれそうになる。
心臓がドクンと跳ねた。身体を流れる血液が顔に集中してくるように感じる。
今、私、アンディ様に、抱きしめられてる……よね……?
そう思っていると、アンディ様も状況を理解したらしく、頬が赤く染まり、瞳が私から逸らされた。ゆっくりとバランスを崩さぬよう私を離してくれる。
「ご、ごめん……淑女を無闇に抱きしめるなんて……!」
「い、いえ!助けて頂きましたから!!」
どこか気まずい雰囲気……。
私は、それをどうにか断ち切るべく、言葉を探す。あ、この花!私、この花について知りたかったんだ!本来の目的を思い出す。目の前にあった薄桃色の花を指し、
「あ、えっと、アンディ様、あれ、桜ですか?」
「うん、サクラだよ」
アンディ様は、少し驚いたような顔をしてから、そう答えた。少し発音は違うような気がするが、名前は同じだった。
「へぇ……こっちにもあるのね……」
へぇ、この世界にもあるんだ……。やっぱり、この世界の季節観は日本がモデルかな……?
でも、寒かったり暑かったりせず、春だけのようだけれど……。寒かったり暑かったりするのは、嫌だという製作者の願望かしら……?
でもね、製作者のさん。春といえば花粉症よ?私も前世は凄かったんだから……!この季節はティッシュとハンカチがかかせなかったわ!ポケットティッシュは、毎回数十個携帯していたわよ。箱ティッシュにしようか迷ったけれど、かさ張るからやめたのよね……。
とそこまで考えて、そう言えば、こちらに来てからは花粉症、ないわね?と気づく。
……何でもありだな、製作者……。
まあ、でも、鼻水ズルズルの悪役令嬢は嫌よねぇ。くしゃみだらけの主人公も見たくないわ。「あなた、目障りなのよ!チーンッ!」とか迫力半減だし、「レ、レベッカ様……ふえっくしょん!」とか健気さ半減だ。そんな中で主人公に涙が出ていても、花粉症にしか見えない。完全に。うんうん。
「スミス王国にもあるの?」
不意に聞こえた声。
その声にビクッと肩が跳ねる。声の主は隣に立つアンディ様。
まさか、声に出ていた……?どこの部分が……!?もしかして、こっちにも花粉症はある??それは死活問題だよ!このご時世、今発症していなくても、いつ花粉症になるか分からないからね!
だが、アンディ様が見ていたのは、桜だった。あ、桜ね。どうやら、私が声に出したのは、「こっちにもあるのね」の部分らしい。
私は前世のことを言ったのだが、アンディ様はもちろんそんなことは知らない。だから、スミス王国だと思ったのだろう。でも、さすがに前世の話は出来ないから、
「え、あ、まあ、そんなところですわ」
と言った。上手に言えていたかは、知らん。前世で私は、「あんた、全部顔に出るよね」って言われていたけれど、今世では、令嬢らしくポーカーフェイスも身につけたから、きっと大丈夫。
アンディ様はそれ以上は聞いて来ず、
「レベッカはサクラが好きなの?」
と問いかけた。どうやら私のポーカーフェイスは前世より精度を増したらしい。やったね!
桜ねぇ……好きだわ。その透き通るようなふんわりとしたピンク色と、集まって咲く姿が相まってどこか幻想的で美しいから。桜に囲まれると、どこか別世界に行ったような気さえしてくる。そして、何よりその一生懸命咲いて、それからふわりふわりと風に乗りやさしくあたたかく散る姿は、儚い。花びらの落ちる姿さえ美しい花だ。
「ええ、好きですわ。儚い感じがするので」
「そうなんだ。僕もサクラ、好きだよ」
穏やかな表情で笑うアンディ様。そんな姿にふふふ、と思わず笑ってしまう。
「どうしたの?」
「アンディ様とこうやって二人でお話するのは久しぶりだなって思ったのですわ」
「そうだね」
「ジェニー、子どもたちのところへ行っちゃいましたし……」
「それは、僕とふたりじゃ嫌だってこと?」
少し拗ねたような口調。そんな姿に慌てて、
「そ、そんなことないですわっ!」
と言うと、アンディ様は、パッとその拗ねたような表情をやめ、ふふふっと笑う。
「ちょっとからかっただけ」
「アンディ様、ひどいですわ!」
「ごめん、ごめん」
「………うっ……アンディ様に謝られるとそれ以上何も言えなくなりますわね……」
それから、少しまた、裏庭を歩いて、私達はベンチを見つけた。二人で並んで腰掛ける。
また、穏やかな時間が流れる。
今日は教会に見学にこれでよかったなぁ。それに、こうやって、前世の夢を叶える為に動けていることに驚くとともに、それに関わってくれている、私の夢のために一緒に頑張ってくれている人達には感謝しかない。
そして、それもこれも、アンディ様が助けてくれたおかげだ。だって、アンディ様が、「何かしたいことはある?」って聞いてくれて、そして、私の夢を笑いもせずに応援してくれた。私のために手伝うって言ってくれた。私と周りの人を繋いでくれたのもアンディ様だ。
これを機に感謝を伝えておきたいな。思い立ったら即行動の私は、アンディ様に声をかける。
「アンディ様!」
呼びかけるが、お返事がなかった。少し不思議に思うと、アンディ様は、彼らしくなく、些かぼーっとしているように見える。少し心配になり、そんな彼を覗き込む。
「あの、アンディ様」
「わっ……!」
「ごめんなさい、驚かせましたか?」
「い、いや、大丈夫」
だが、アンディ様の顔が少し赤い。
大丈夫だろうか……?
「でも、お顔が少し赤くなっておられますわ」
「大丈夫だよ?」
「それならいいですけれど……」
少し不思議に思ったものの、アンディ様が、
「それで、なんの話だったかな?」
その言葉に、そうだった!と思い、居住まいを正し、すっと息を吐いて吸ってから、頭を下げる。
「アンディ様、本当にありがとうございます」
「……え?どうしたの急に」
不思議そうに首をかたむけるアンディ様。そんなアンディ様に、私は言葉を続ける。
「……私には、本当に何の力もありません。ただ、自分の夢を語って、好き勝手に行動して、周りを振り回しています」
自分そうだ、私にはなんの力もない。まとめる力も、人脈も、包容力も、優しさも……。まあ、財力はある程度あるけれど、これは私の力ではなく、お父様の力だ。それに、今の学校作りのお金は主にマーク公爵家が持ってくれている。これは私の力だとは言わない。
好き勝手に行動している。自分のやりたいことに付き合わせている。
「そんなこと……」
「いいえ、そんなことあります。そんな私を支えてくれているのは、アンディ様を始め、マーク公爵、ウィル先生、ジェニーやリリ、アンナ……私の周りにいる人達です。私は何も出来ていません………」
言っていて少し不甲斐なくなってくる。ぎゅと胸が苦しくなる。俯いた私に、頭上から自らを呼ぶ声がした。その声はとても優しくて。
「ねぇ、レベッカ」
「はい……?」
「感謝してくれているのは嬉しいけれど、何も出来ていません、は違うと思うな」
優しい声音のまま、そう、アンディ様は続けた。
「え……?」
「だってね、レベッカ。僕達がレベッカを手伝おうと思ったのは、君が一生懸命頑張ろうとしているからだよ?それは、レベッカの力だし、レベッカの人望だと僕は思うな」
それから、ふっと微笑みかけ、
「ね?だから、レベッカは、何も出来ていなくないでしょう?」
と言ってくれた。
本当に、この人は…….
「……アンディ様はお優しいですね……」
そう言うと、アンディ様は、少し驚いた顔をしてから、優しく微笑みかけてくれる。
「そんなことないよ?みんな思ってるって。だから、これからもレベッカの大いなる振り回しについていってあげるから、レベッカは大いに振り回せばいいよ」
最後の方は茶目っ気たっぷりに、言われた。そんな姿に思わず吹き出してしまう。
「ふふふ、ありがとうございます」
「いえいえ」
初々しい二人は書いていてたのしいです笑
✤次回予告的ななにか✤
次回ついに、国王への承認が始まる……。けれど、どこか波乱の予感……!?
お楽しみに…!
【次回の更新は、3月30日予定!】
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