17話★赤面と魔法瓶
お互い無言。
固まったままの沈黙。
しばしの沈黙の後、先に動いたのは、クッキーを差し出された方。
少し顔を赤らめながらもレベッカの差し出したクッキーの方へと顔を近づける。ふわっと香るのはその優しげな見た目に似合う爽やかな香り。
私の方が身長が低いので、それに合わせるように首を少し傾けたからか横の髪がはらりと落ちる。その邪魔になったであろう髪を耳にかけてから、遠慮がちにサクッとクッキーを食べた。
…………その姿が妙に色っぽく見えて、少しドキッとしてしまった。いつもは可愛らしい感じなのに、垣間見える色気。
「ありがと、レベッカ」
それから、顔が赤いまま、ふにゃっと優しく笑うアンディ様。また可愛らしい雰囲気に戻ったアンディ様に、どうも心が乱れる……ような気がする……。
「これで、アンディ様、自分の心に気づいていないだなんて……」
どこからか……正式にいえばレベッカの隣、アンディ様とは反対側の隣に座る人物の囁きがきこえたのだが、当人2人は上の空で聞いちゃいない。
また、「お嬢様って意外と大胆でいらっしゃったのね」という、レベッカの信頼出来るメイド、リリの言葉も聞いちゃいなかったのだった。
しかも、私に至っては、
そーいえば、『Sweet Memorial ~幸せのプリンセス~ 』にも攻略対象との親密度が一定に達したら主人公があーんするスチルがあった気がするわ…。
意外と素敵なスチルだったのよねぇ、あれ……。
なんて、思考を彼方に飛ばしていた。
……所謂、一種の現実逃避、である……かもしれない。
その後、現実逃避のようなものから復活したのは、リリが目の前にスっと出してくれた紅茶の匂いを感じたからだった。
いつもの甘い香りにはっと覚醒する。
「ありがとう」
反射的にリリから受け取り、そこではて?と頭にクエスチョンマークを浮かべる。
なんで、温かいの?
この世界に魔法瓶なんてなかったと思うけれど……?
この世界にはお茶を入れておける水筒のようなものはあるが、さすがに保温性、保冷性機能のある、所謂、魔法瓶はない。魔法瓶は、前世の現代技術だ。
「え、なんで温かいお茶が……?」
そう私が問うと、隣で私と同じくティーカップを手にしたアンディ様が、
「……僕が温めたんだ」
と少し照れたように言った。私より早く上の空から復活していたらしい。
でも、アンディ様が……?どうやって?
「マーク様が魔法で温めて下さったのです」
私の心の中の問いにはリリが答えてくれた。
……あ、そっか!この国では王の血筋を引く者は魔力も引くんだっけ……。
アンディ様のお母様は、現国王陛下の異母妹だから、王族の血を引いていて、そのご子息であるアンディ様ももちろん王族の血筋だ。つまりは、アンディ様も魔法を使えるってわけだ。
「凄いです!」
ファンタジーの世界みたいだ。凄いなぁ。……って、ここは、ファンタジーの世界だった!!
魔法でお茶を温める……本当の意味での魔法瓶だ……
と心の中でツッコんでしまったのは、きっと私だけじゃないよね?!
「たまには魔法も便利でしょう?僕は、王家の血筋といってもそんなに濃くはないから大きい魔法はつかえないし、地味なんだけどね」
少し自嘲気味に笑ったアンディ様に私は、首を振る。
そんなことないわ。お茶を温めるのよ?なんて実用性の高い魔法かしら!
「実用性があって素敵ですわ!それに、私の国には魔法がないので、目の前で魔法に触れて感じられるなんて」
魔法に触れたのは初めてだ、興奮しない理由がない。
「そんなに喜んで貰えたなら使って良かったよ」
そう言ってアンディ様はどこか照れくさそうに頬染めて笑ったのだった。
★★
そこからまた、学校づくりの話に戻る。
「企画は一応通ってはいるんだけれど、細かいところはマーク公爵と話し合いをして決めることになっているの」
私が言うと、ジェニーは「そうなんですね」と頷いた。
「そこで、なんだけれど……次の話し合いにジェニーも参加してくれないかしら」
私が続けて言う。これは馬車の中でアンディ様と一緒に話し合っていた。ジェニーも立派な同志の1人なのだから一緒に来てもいいのではないか、と思ったのだ。
「私も、ですか!?」
「ええ。ジェニーの意見は参考になるもの」
ジェニーは企画作成当時からたくさん意見を出してくれていた。そんな彼女には是非是非今後もたくさん色々なことを聞かせて欲しい。
私の言葉に続けるようにアンディ様が、
「公爵には話を通しておくから安心して?」
その畳み掛けにジェニーは少し驚いたような顔をしてから、いつもの様に花が咲くような笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます。私などで良ければ協力させていただきます!」
ああ、天使だ!
天使が降臨している!
私が男なら絶対ジェニーのことを好きになってると思う。きっとジェニーの魅力に落とされていると思う。
あんな笑顔は、ねえ?反則よね?
何でもあげたくなっちゃうよねぇ?
私のクッキー、もう1枚いる??今なら出血大サービスで、もうひと袋おまけで付けちゃうよ?
……おっと、取り乱しすぎた……。
表情には出てないから大丈夫だけど。令嬢はいかなる時も表情に感情を乗せてはいけないのだ。これぞ鍛え上げられし、令嬢力。
……なんて茶番は置いておいて…。
でも、ジェニーは私のことを人たらしって言うけれど、私なんかよりジェニーの方がずっと人たらしだよ!それも私みたいな悪役令嬢じゃなくて本物の!
なんてちらりとジェニーの笑顔を見つつ心の中で一人、言葉のキャッチボールをしていた。
「父上との日程調整が必要だけれど、きっと2週間以内には話し合いをすると思う」
アンディ様の言葉に私は思考の海から顔を出し、頷く。隣を見ると、ジェニーもで頷いていた。
「ちゃんとした日取りは追って連絡するね。少なくとも3日前くらいにはちゃんと連絡がいくようにするから」
その言葉にまた、頷く。
ということは、話し合いまでにもう少し具体案をまとめておかなければならないってことだね。
私がその旨のことを言うと、アンディ様は首を縦に振って同意する。
「具体的な案って例えばどんなものですか?」
ジェニーが聞き、
「使用する教材や備品はどうするか、とかかな」
とアンディ様が答える。
そうよねぇ、どうしようかな、教材。
前世日本では、教科書は文部科学大臣の検定を経たもの、つまりは文部科学大臣が認めたもの又は文部科学省が著作の名義を有するもの、みたいなのがあった気がするけれど。*1
決まった教科書、つまり検定教科書のような制度は多分この国にはない、と思うし。
それに、前世日本では義務教育の教科書は、国が負担するから無償*1だったけれど、ここではこんな風にはいかないし。私たちが負担するのか生徒に負担してもらうのか国に頼むのか……。
何しろ未知数過ぎてわからない。
そもそも、教科書を使うのかというのもまだ決まっていない。プリントのような形で私たちが教材作りをするのかというのもありかもしれない。
あと、学校に必要、と言えば黒板よねぇ。あとは、生徒のノートやペンとかはどうするか、というのも大切だ。
「なるほど、そうなんですね。ある程度決めておいてから公爵様に一緒に考えて貰うってことですか?」
「そうなるね」
「他に公爵様とは何を話し合うのですか?」
私はジェニーの問いにうーんと唸ってから、
「色々あるけれど、具体的な指導内容、所謂カリキュラムは必須だわ!大まかに簡単なことから難しいことへとは決まっているけれど、いつこれをするということは決まっていないもの」
こうやって考えてみると、本当にやることが大量だ。
「気合い入れて頑張らないとですね!」
「ええ!」
花川です、こんにちは!
いかがでしたか?
今後ともよろしくお願いします|・ω・`)チラッ
【次回の更新は3月14日予定!】
«参考文献»
*1 文部科学省ホームページ教科書の定義/教科書若しくは学校法34条より




