15話★休日、その後
クッキーを作り終えると、時刻は丁度14時頃になっていた。太陽がキラキラと辺りを照らし、柔らかな白い光が窓から差し込んでいる。もうすっかり昼だ。
クッキー作りを始めたのがお昼ご飯を食べて少しした後だったから、約1時間程度で作り終えた、という感じだ。
作り終えたクッキーを手に自らの部屋に戻りながら、
「今からジェニーやアンディ様に会いに行ったら、迷惑かしら……」
と隣にいたリリに問いかける。
ちなみに先程まで一緒にいたアンナは「夜ご飯を作りますね!」と厨房に残った。
お菓子作りしたあと、ぶっ続けでお料理作り……。
なんか申し訳ない気持ちになったが、本人が「なんか、創作意欲がわいてきましたぁーー!」と嬉しそうに叫んでいたから問題ないと思う、多分。
うん、元気よく拳振り上げてたし大丈夫でしょう……乙女としてその行動は宜しくないが……。
「迷惑ではないかと思いますが、驚かれるかもしれませんね…」
私の、迷惑かしら、という問いにリリはそう答える。
確かに何も知らせずに行くと驚くかしら。
「でも、クッキー、渡しに行きたいわ……」
なんて考えていると、私が自分の部屋にたどり着いたタイミングで、ドタバタと誰かがやってくる。
慌てて振り返ると、厨房にいたはずのアンナだった。
まあ、この屋敷には私とリリ、アンナしかいないから他の誰かだったら恐怖物だけれど。ホラーゲームに転生した覚えはないからね、大丈夫。
「アンナ、何ですか騒々しい」
とリリが眉をひそめて、すかさずお小言を漏らす。
「すみません……でも、それどころじゃないです!アンディ・マーク様がお屋敷にいらっしゃってます!」
アンナの言葉に今度はこちらが騒々しくなる番だ。
「え!?アンディ様はどちらに?」
「応接室に案内してございますっ!」
私とアンナの2人で慌て始めると、
「お嬢様、落ち着いて下さいませ。それに、アンナも」
とリリに窘められてしまった。
「ごめんなさい……ちょっと取り乱したわ……」
私が少し肩をすくめて言うと、リリはぺこりと頭を下げ、
「いいえ、わたしくしこそ、きつく言ってしまい、誠に申し訳ありません」
と謝る。その言葉に私は首を横に振る。リリのおかげで冷静になれたもの。
「大丈夫よ、おかげで冷静になれたわ!……じゃあ、私は、一度服を着替えてくるから、リリはアンディ様に紅茶をお出しして。お菓子は私が焼いたクッキーを食べて頂くから、着替えた後に持っていくわ」
「かしこまりました」
私がリリに向かってそう言うと、リリは心得たと小さく礼をして、紅茶の準備へと向かった。私は、つづいて、アンナの方へと向き直る。
「アンナ、知らせてくれてありがとう!夜ご飯の準備に戻って大丈夫よ」
「わかりました」
アンナもそう返事をすると、元来た道を引き返す。
それを見送ると、私は部屋へと入り、少し急ぎめに服を着替えて、それから、すぐ部屋を出る。
これから向かう先はもちろん応接間だ。クッキーを手に持ち、アンディ様のいる応接間への道を、淑女ができる最大限の速さ__早歩き程度であるが__で進んでいった。
★★
応接間へと入ると、申し訳なさそうな顔をしたアンディ様がソファに座っていた。
「アンディ様、ごきげんよう」
直前までの慌てた素振りなど一切見せぬ優雅な挨拶をアンディ様へと向ける。すると、アンディ様も席から立って、挨拶を返してくれる。
「こんにちは、レベッカ。急に来てしまってごめんね……。急いで知らせたいことがあって……」
と謝られてしまった。しゅんとした様子で眉を下げている。一言で言うと、子犬みたいだわ、である。幻か何だか分からないが、下がったしっぽが見える気がする。
そんなアンディ様に慌てて駆け寄り、
「だ、大丈夫ですわ!それより、知らせたいことがあるのでは?」
と話を変えた。実に強引な手段である。それから、アンディ様にソファを勧め、自らもその前へと座る。
アンディ様は「ありがとう」と笑顔を浮かべたあと、真剣な顔付きでこちらを見やった。
「…話なのだけれど、実は学校づくりのことなんだ」
「学校づくりの…ですか…」
アンディ様につられるように私の面持ちも神妙なものになる。渡した書類に何か不備でもあったのだろうか。
「父から学校づくりへの回答が返ってきたよ」
その言葉に私は驚愕する。その心情を的確に言葉で表すと、え、マーク公爵お仕事早くない!?もう処理できたの!?、である。
昨日マーク公爵の部屋を訪ねた時、机の上にはあんなに書類が山積していたし、私の書類なんかよりも大切なものが沢山あるだろうから絶対もっとかかると思ったのに。
「え、もう、ですか!?」
思わず声が漏れる。きっと私、今、めっちゃ目を見開いている気がする。
「父上は、その日の仕事は出来るだけその日のうちにっていう主義だからね…」
それから、続けて、「学校づくりのの書類は検討に時間がかかって、今日になっちゃったけど…」とアンディ様が苦笑して言った。
うん、それってさ、あの目が回るほど積み上げられた書類、全て昨日のうちに仕上げたってことじゃないのかな。
え、まじで!?
流石一王国の公爵、流れるような素早い仕事ぶりである。
そんなことを思っていると、アンディ様の空気が、ふっと変わった。真剣なものへと。
「それで、回答だけれどね」
アンディ様がこちらを射抜くように見つめる。
そんなアンディ様の言葉にはっとする。そうだ、公爵の仕事の速さに驚き、思考の海に溺れている場合じゃなかった。
アンディ様は公爵からの回答を預かって来た、と言った。つまりは、私は今から自分の望んだ未来へ進めるかが今決まるのだ。
長年の夢。
今世だけでなく、前世からの夢。
回答はどうだったのか。
私の夢はどうなるのか。
この回答を聞く時間が永遠にも感じされる。
答えて欲しくもあり、答えて欲しくない。そんな二律背反な感情が胸を支配する。
でも、逃げちゃダメだ、ちゃんと聞かなきゃ。
私は、ふうっとひとつ深く呼吸をして、パッと目を開く。目に力を込めて、どんな回答でも受け止める、とその感情を瞳に宿す。
よし、どんな回答でも大丈夫。
覚悟は決めた。
そんな私に、アンディ様は優しくふわりと笑った。
「このまま企画を進めようってさ」
コノママ キカクヲ ススメル……?
このまま きかくを すすめる……?
このまま 企画を 進める……?
その言葉を初めは理解出来ず、ただただオウム返しのように頭の中で反芻する。その回数約3回。
ようやく頭の中で整理が出来た。そう感じると、頬に何やら温かいものが伝った。
「え……?」
思わず声を上げてしまう。
何だろう、この温かいものは。
「レベッカ……」
その正体を突き止められないでいると、アンディ様から優しい声がかかる。
「よかったね。でも、まだまだ企画は始まったばかりだよ?」
アンディ様は優しくハンカチを取り出し、私に渡してくれた。それを見て、そうか、私は泣いていたのか、理解する。
そうだ、アンディ様の言う通りだ。企画はまだ始まったばかりだ。こんな所で泣いていられない。私は、アンディ様からハンカチを受け取ると、涙を拭く。
「そうですわね、学校ができ上がるその時まで涙は取っておきますわ」
「それがいいよ」
そう言って優しくアンディ様は笑う。その笑顔はどこか気品があって美しい。……そんな、アンディ様の笑顔に鼓動が乱れたのは何故だろうか。
「それから、ここからは真剣な話になるんだけれど、父上からの伝言で、企画自体はいいけれど、少し考え直さなければならない所も多くある。近々、君と話がしたい、って」
アンディ様の声に頷く。素人が作った企画書だもの、そりゃ実現不可能と思われることも沢山あるだろうと思ってはいたが、その予感は当たったらしい。
「わかりました」
頷いたあと、ふと思う。
「あ!そうだわ!ジェニーにも知らせに行かなきゃ!」
レベッカのことを心配し、結果はどうなったのだろうかとドキドキしながら待ってくれているであろう心優しい友のことが思い浮かぶ。
そう考えるといてもたってもいられなくなる。ジェニーに今すぐ伝えに行きたい!という私の提案に、アンディ様は頷いてくれ、直ぐに行くことになった。
ちなみに、私の作ったクッキーも持って行って、アンディ様とジェニーと話をしながらクッキーパーティをすることにもなった。前世で言う、ピクニックである。
それをリリに伝えると、「では、紅茶は私がお持ち致しますね」と返してくれたのだった。
【次回の更新は、2月29日予定!】
よろしくお願いします。




