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135話★怯えと雨の音

ルルーに誰かがいると言われて、恐る恐るその先へと進んでいく。壊れかけの門をくぐると、また道があった。少し雑草が生えているが、元々は道だったのだろう、とわかる。


「ヤッパリ ダレカ イル チイサイ コ」


ルルーが再度そう言った。小さい子って子どもということだろうか。ルルーが言うと違和感があるが……。まさかルルーより小さいってことはない……よね?


「それって人間?」


「レベッカ ルルー ウタガッテル!?」


ルルーが器用に右の羽を頭に当ててそういう。ショックを受けたように見えるその姿は、効果音をつけるならガーン!である。そのまま、プライドを傷つけられた!といわんばかりに、悲しそうな顔をする。


そんなルルーに私は慌てて首を振る。もちろん、ルルーを振り落とさない程度に。


「いえいえ!そんなつもりはないわ!ただ、ルルーが小さい子って言うから……」


「ナルホド ルルー ヨリハ オオキイヨ ニンゲン ノ コドモ」


ルルーは直ぐに悲しそうな顔を止め、納得したように頷いた。切り替えがはやい。


そのまま道を歩いていくと、今度は小さな神殿が見えた。普段見る神殿よりもひとまわりほど小さい。何年も手入れされていないのか、この神殿も蔦が絡まり、薄汚れて見える。暗くなってきたのも相まってどこか不気味にすら思える。


壁は元々白だったのだろうけれど、汚れで茶色くなってしまっている。柱も傾いたり、削れたりしている。そして、綺麗にあしらわれていただろう模様も泥やらススやらホコリやらなんやらで黒く汚れてしまっており、どんな模様かもう分からなくなってしまっている。


こんな所に神殿があったのね。もしかしたらアンディ様すらご存知ないかもしれないわ。


いつか綺麗にしに来ないといけないかもしれないわ。だって、神様もこんな風だったら辛いかもしれないし。


ここにアドニス様がいてもいなくても、どこかで時間を決めて掃除しに来ようそう決意していると、ルルーがツンツンとくちばしで私をやさしくつついた。それに合わせて思考の渦から脱出する。


「どうしたの」


「ソコノ カゲ ヒト イル」


ルルーはそう言うと、神殿の中の奥の柱の影を指さした。神殿の奥には神々の像があり、その横の柱のところに確かに小さな人影が見えた。


「ほんとうだわ」


その人影をみとめると、私は駆け寄る。そこにいたのは、やはりアドニス様だった。柱の影で小さくなって座っている。前世で言う体育座りである。


「アドニス様……」


「……っ!……レベッカ先生……」


アドニス様は声に驚いて、それからゆっくりと顔を上げた。そして、私の姿をみとめた彼はヒエっと小さく声を上げた。瞳は薄く水がはった水面のようにユラユラと揺れているように見えた。その目に寸分も休まらぬような恐怖がちらついているのだ。


小さく私を呼ぶ彼の声も力なく、体全身から怯えのようなものを感じる。


急に現れたことに驚いているのか、それとも別の何かに怯えているのか。わからないけれど、私が怖がらせているのは事実だ。


「ごめんなさい、怖がらせたかしら?」


視線を合わせるためにゆっくりとしゃがみ、できるだけ穏やかな声で、優しい笑顔で話しかける。すると、アドニス様は首をゆっくりと横に振った。どうやら、私自身が怖いわけではないらしい、多分。どこか顔色も穏やかに見える気もする。


「……大丈夫です……」


「そうですか!それなら良かったです。その……アドニス様はどうしてこんなところに?」


聞こうか迷ったけれど、聞かない訳にはいかないので聞いてみる。すると、少し安堵していたような顔がまた一瞬にして曇った。また目を伏せてしまった。


「………」


何も言いたくないのか無言で下を向いている。こんなところにわざわざ来たのはやはり理由があるのだろう。


その時、ザーッと外から音が聞こえた。雨音である。先程まで晴れていたのに、急に 降り始めた。神殿の中から窓の外を見ると、地面や草木に打ち付けられている雨が見えた。ポツポツと草木に落ちる雨が光を反射してキラキラと見えるような気がする。


今のところ隙間から雨水が落ちてくるようなことはないが、雨が酷くなる前に帰った方がいいのかもしれない。このままじゃ帰れなくなるかも。


「……帰……」


外を見て、アドニス様の方に向き直りながら言いかける。帰ろう、と。


「……っ!…」


アドニス様は途端にビクリと身体を揺らしてまた目に見えて怯えている。それでわかる。ああ、この子は帰りたくないのだ、と。


そんな彼の様子を見て、話の舵を別方向に切り直す。


「……るのはやめにして、少しここにいましょうか。ちょうど雨が降ってきました。私もここにいていいですか」


彼にできるだけ優しい声でそう言うと、彼はパッと顔を上げた。怯えがおさまり、少し顔が柔らかい。


「……はい、大丈夫です」


私の言葉にほっとしたようなアドニス様。やはり帰りたくなかったのか。


「ありがとうございます。横、座りますね」


アドニス様に断ってから横に座る。向かいに座ると威圧感があるかなと思って横に座ることにした。このまま雨宿りになりそうだ。もしアドニス様の気持ちが楽になるのなら話してくれれば嬉しいけれど、無理には聞きたくない。


とりあえず静かに見守ることにする。


「ルルー ホウコク イッテクル?」


アドニス様の横に座ると、今まで私の肩に止まって静かにいままでのやり取りを見ていたルルーがそう言う。その言葉に思わずルルーの方を見る。


ルルーは小さな首を横にかたむけてそう聞いている。確かにこの状況を伝えた方がいいとは思う。みんな心配しているし。そして、アドニス様も帰りたくないようだからまだここを動けない。


でも、この雨の中を?!ルルーが飛ぶの!?危なくないかな?


「え、ルルー、この雨の中行くの!?危ないわよ」


「ルルー アメ デモ トベル ダイジョウブ!」


私の言葉に、ルルーは胸を張ってそう答えた。確かに鳥は雨の中でも飛んでいるかもしれないが、本当に大丈夫なのだろうか。怪我しないかな。


「本当に……?」


「ルルー アメノヒ テガミ トドケル コトアル ダカラ ダイジョウブ!」


「では、見つかったけれどもう少しここにいると伝えて。心配だと思うけれど、まだ来ないでって言っておいて欲しいわ」


「ワカッタ イッテクル!」


私の言葉にルルーは頷き、雨の中神殿の外へと飛び出した。それを見送り、アドニス様の方を振り返る。


何も話したくないかもしれない。でも、何も話してくれなくても今日は彼に付き合おう。


そう決意した。

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