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131話★天才肌の言葉足らず

喧嘩から数日。


ユキとアドニス様は微妙な雰囲気が流れている。練習自体も一応しているが、全員合わせてのものは、みんなの時間が合わなくてできていない。


私とそれから、エミリーもどこかもどかしいような気持ちになっているが、こればっかりは私たちが何とかできるものではないだろう。


今日も授業が終わり、モザイクアート作品も完成間近のため、殆どの人が居残りをせずに帰っていく。


教室をみんなが出ていったあと、ユキが教室に残ったままじっと外を眺めていることに気づいた。


どうしたのかな?とユキのそばに寄ってみる。すると、ユキの視線の先には、アドニス様がいた。


……誰もいない校庭で一人舞の練習をしているアドニス様が。


そっか、アドニス様、練習しているんだ。それも一人で、みんなが帰ったあと、目立たないように。


何度か同じステップを踏んでは、考え込んで、もう一度同じステップを練習している姿が見える。そのステップはユキと一緒にするものだった。


何度も何度も。

間違えては考えて、それでまた練習して。

諦めない姿に凄いなぁと感心する。


その姿を見つめるユキは、何も言わないけれど、その拳はグッと強く握られていた。その拳は少し震えている。


食い入るようにアドニス様の姿を見ている。じっと視線を逸らさず見つめるユキの表情は、この前の後悔したような表情だった。


きっと、この前のことを後悔しているんだろう。ちゃんとアドニス様と話せていないことを気にしているのだろう。


これは背中を押してあげるべきなのではないか。


「話すなら、今なんじゃない?」


そんなユキの横に立ち、そっと声をかけた。


ユキは声をかけるまで私が立っていたことに気づいていなかったようで、私の声にハッとして、驚いたような顔でこちらを見る。


それから、そのユキの瞳は戸惑ったような躊躇うような色に変わる。どうしようか悩んでいるようだ。私の顔を見てから、アドニス様の方を見やる。


「……なんて話したらいいか分からない」


「この前、ユキがこうすればいいって言ってたアドバイスをしてあげたら、アドニス様はとても上手に踊れるようになると思うよ」


そう言うと、ユキは少し悩むように目をさ迷わせたあと、こくんとひとつ頷いて見せた。その瞳には覚悟の色が宿っている。


「わかった。話す。ユキ、ちゃんとゆっくり話す」


話す速度をゆっくりにする作戦を実行してみるらしい。


そういえば普段もユキは前に比べればゆっくり話すようになった。ユキは早口の部類だったのだけれど、今は普通より少しゆっくりめくらいのペースである。


「うん、頑張れ」


「ありがと」


ユキはもうひとつ頷いてから、アドニス様の元へと向かった。覚悟を決めたようなしっかりとした足取りだが、よく見ると右手と右足、左手と左足が同時に出ている。ちょっと心配。


流石について行くのは躊躇われたが、すこし心配なのでこのまま様子を見ることにする。


すると、


「あれ?レベッカ?どうしたの?」


後ろからアンディ様の声が聞こえた。声が聞こえた方を振り返るとアンディ様が不思議そうな顔をして立っていた。


ユキの方をそっと手で指し示す。


「今、ユキがアドニス様とお話をしに行きました」


「……なるほど。あれは緊張しているね……」


指し示した方を見たアンディ様が苦笑しながらそう言った。そのアンディ様の言葉に私は頷く。ここから見ても分かる。ユキは緊張している。


「大丈夫でしょうか」


「まぁ、でも信じるしかないね」


「そうですよね」


そう返事をしながらも、ユキたちの方をじっと見る。もちろん、喧嘩になれば突撃してなんとか止めるつもりだ。



そんな私の心配をよそに、ユキはアドニス様に近づいた。その額にはシワがよっている。怒っている訳ではない。緊張からである。


「…………体重のかけ方が違うと思う」


ユキがいきなりそう言う。なんの前振りもなく。


大丈夫か……?


そう思ったが、アドニス様は一旦練習を止めるとパチパチと目を瞬かせる。それから、ユキの方に向き直ると、首を小さく傾けて、


「……体重のかけ方……?」


と聞き返した。


どうやら一触即発みたいな雰囲気にはならなかったようである。怒っている様子も微塵も感じられない。


それに安心したのか、ユキの眉間からシワがなくなり、幾分か穏やかな表情になった。でも、ユキ、それじゃきっと言葉足らずだよ。あまり伝わっていないと思う。


「うん」


と思う私をよそにユキは、満足したかのようにアドニス様の言葉に頷いて見せた。晴れ晴れしたユキの表情とは裏腹にアドニス様の表情は曇っていく。


もっと詳しく、ここはこうでって伝えた方がいいと思う。ユキはきっと天才肌だからアドバイスも感覚なのかもしれないが。


アドニス様は困ったように眉を八の字に曲げたあと、少し考えてから尋ねる。


「それは……その、どういうことですか……?詳しく教えてくれませんか……?」


「えっ……」


まさか聞き返されると思っていなかったのか、ユキが固まる。そうだよね、きっと彼女にしてみれば感覚なんだよね。でも、こういうのがとても大切なことだと思う。相手がどう思うかを考えるきっかけになる。


「……えっと……軸が大切。体に1本の木が入っているみたいなイメージ。それをずらしてはダメ」


戸惑ったような声で、でも一生懸命ユキは説明をする。どう言葉にしようかと考えながら話しているからゆっくりである。


その言葉にアドニス様は真剣に耳を傾けていた。アドニス様はこういうところ、大人だと思う。分からなくてちゃんと聞けるし、今もユキの言葉を最後まで待っている。


「……そうなんですね……あ、あの……僕がダメなところ……教えてくれてありがとう。……その……自分じゃ気づけなかった……」


遠慮がちに頬を弛めて笑顔を見せるアドニス様。そんな彼に、ユキは「……あの……」と言ってから言葉を考えるように1拍置く。それから、意を決したように、アドニス様の方を向いた。そして、バッと勢いよく頭を下げる。


「それと……この前はごめんなさい」


「あ、い、いえ!こちらこそ……ごめんなさい……!」


アドニス様はあわあわとした表情をしてから、ぺこりと頭を下げる。お互い頭を下げている奇妙な状況がうまれた。


ユキはそのアドニス様の様子に驚いた顔をする。頭を上げたそのユキの目が大きく見開かれている。そして、慌てたようにふるふると首を振る。


「あなたは悪くない。謝らなくていい」


つられて頭を上げたアドニス様は、ゆっくりと首を2回ヨコに振った。それから自分に呆れたように苦笑してみせる。


「……でも……僕が上手く出来ないのは事実ですから……」


「謝られるの嫌!……あ、嫌って……あなたが悪いんじゃない!ユキの心がその……嫌っていうか……ぐるぐるするというか」


ユキが思わず嫌と言ってしまって、アドニス様はビクッと驚いたように身体を揺らした。ユキは強い言葉で嫌と言ったが、多分、モヤモヤするとか納得いかないだとかそういうことを言いたかったんだと思う。


ユキは思わず言ってしまったという顔をして、でも、そこからちゃんと自分の言葉を説明しようとしている。そこは少し成長きたのかも。今までならきっと逃げていた。


「……わかってます……あの、練習、一緒にしてくれますか……?」


アドニス様はまた少し微笑みながらそう言った。自分の気持ちが上手く言葉に出来ずに爆発寸前だったユキはその言葉にハッとする。


「え……ユキで良ければ!」


あの二人、何とかなりそうだ。私とアンディ様はそっと物陰で胸をなで下ろしたのだった。

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