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125話★意外な才能

今日も今日とて授業終わりは作品づくりである。


「……レーベ……くん……あの……」


アドニス様はこの何日間ですっかり生徒のみんなと打ち解けたらしく、今では自分から少しだけだが話しかけに行くことも増えた。やっぱり1番話しかけやすいのはレーベのようだ。


「なぁーに?アドニスくん!」


でも、1つ心配事がある。レーベがアドニス様をアドニスくんと呼んでいるが、あれは大丈夫なのだろうか……。まぁ、アドニス様が嫌がってなければいいのかもしれないけれど。


「ここの刺繍のところ……どうする……のか聞きたくて……その……ごめんなさい……」


「謝らなくていいよ〜?刺繍のところかぁ〜」


刺繍のところというのは神々の服にある模様のところである。特に植物の神は服の模様が複雑だ。ツタと花の模様がいりくんでおり、とてもじゃないが布を貼って表現できない。


レーベはううんと自らの顎の辺りに手を置いて悩む。それから、ニコッとアドニス様に笑いかけて見せる。


「僕だけじゃ分からないから、お兄ちゃんに聞いてみるね!」


「……ごめんなさい……」


ここ数日アドニス様を見ていて思ったのだが、どうやらアドニス様はごめんなさいが口癖のようである。ことある事にごめんなさいと言っている。


それが口癖になるくらい何か悲しくて辛いことがあるのだろうか……?


「うーん、そこはありがとうでいいんじゃないかなぁ!じゃ、いこっ!」


にぱっと笑ったレーベはアドニス様の手を引っ張り、ワイアットの元へと走っていった。そして、ワイアットの所に言って、話し始めたが話がまとまらなかったのか、今度は3人で私の元へとやってきた。


「せんせ、あのねー、植物の神様の刺繍、どうしたらいいかなぁー?」


そうだよねー、どうしよう?


刺繍の難易度は高いが、幸いにも範囲はそこまで広くない。刺繍の模様が袖や服の中心、足の裾のところなど所々に計10箇所程ある感じだ。


細かいデザインだから、布を貼ってもあまり綺麗にはならないかもしれない。それなら……本当に刺繍してしまうのはどうだろうか。


「少し大きめの端切れに直接刺繍しちゃうのはどうかな?それを糊で貼るのはどう?」


「たしかにそれなら綺麗にできる。刺繍ができる子を集めて聞く」


ワイアットが頷く。最初はルカさんだけだったけれど、今ではだいぶ私とも話してくれるようになった。その分、いたずらっ子なところが全面に出ることが増えたが。……ブラック・ワイアットである。



今日来ている子で刺繍ができる、服飾系の家業の子達が集まった。だが、ワイアットが説明をすると、みんな不安そうな顔をした。まだまだ修行中の身だから無理だと思う、とのことであった。まぁ、確かに服飾系はいるが、刺繍専門の家業の子はここにはいない。


どうしよう?と空気が重くなった時、後ろからコツコツと足音を立ててやってくる人物がいた。


「……アドニス……」


それは度々学校を訪れており、そして、この文化祭の準備が始まってから何故か来る頻度が上がっているフラーウム嬢である。


彼女はコツンとアドニス様の腕あたりをつつく。すると、アドニス様はビクッとからだを揺らす。


「お、お姉様……な、な、なに?」


「あなた、刺繍、上手ですわよね?」


それだけ言って、また後ろへと戻って行った。いきなり言われてオロオロするアドニス様。じっと彼に視線が集まる。


「え、アドニスくん、刺繍出来るの!」


声を上げたのはレーベだった。レーベはキラキラとした瞳でアドニス様の方を見る。その視線を向けられたアドニス様は目線をあちらこちらに動かして、落ち着かない様子である。


「……その……できるって程じゃ……ごめ……」


「やってみて!」


アドニス様がまた謝ろうとした時、被せるようにレーベが言った。そう言うと、レーベは少し大きめの布と用意してあった糸、針を持ってくる。流石に刺繍枠なんかはないが……。


道具をホイッと勢いよく渡されたアドニス様は、その勢いのまま受け取る。


「……へ、下手でも笑わないでくださいね……」


周りの子も期待の目でアドニス様を見ているので断れなくなったのだろう、アドニス様は意を決したように震える手で針と糸を持ち上げる。それから、ふぅっと1つ息を吐く。先程までの緊張が嘘みたいに、震えも止まっていた。


そして、慣れた手つきですっと糸を針に通すと、スイスイっと迷いなく針をいれていく。


「えっ、上手!」


横から見ていたエミリーがそう言う。エミリーの家も服飾系なのである。他の子も、そしてもちろん私もじっとアドニス様の姿に釘付けである。


鮮やかな手つきで刺繍をいれていく彼は普段の彼とは違って見える。ゆるぎなく、そして素早く刺繍をし、あっという間に、植物の神の刺繍が1つ出来上がってしまった。


下書きもないのに、どうやってこんなに綺麗に出来たのか不思議である。ジェニーやアンディ様だって上手だが、ここまででは無いと思う。


「……こんな感じです、どうでしょうか……」


じっと見られていたことに気づいたアドニス様は眉を下げて心配そうに周りを見やる。


「すごいよ!!アドニスくん!!」


レーベがパチパチと拍手をしながらそう言う。それに続くように周りの子も、私も拍手をする。だって、本当にすごい!!


こんな才能があったんだね!本当にすごい!!


「……え、あ……ごめんなさい……」


アドニス様は少し萎縮しているようにも見えるが、その頬は少し赤くて嬉しさもあるようだ。


刺繍部分はアドニス様を中心に、服飾系の子達の中から比較的刺繍の経験がある子たちと、今日は来ていないが、刺繍を家業としている家の子たちですることになった。



アドニス様の刺繍の話題で盛り上がっている時、それを後ろからすごい視線で見てくる人がいる。先程助言をしてくれたフラーウム嬢である。


どうしたんだろう?先程は助かったから、お礼を言ってもいいだろうか?


と思っていると、私と彼女の視線が合う。その瞬間、ギンっと睨まれた。


こ、怖い……!


そう思っていると、レーベがペタペタとフラーウム嬢の元へと歩いていく。レーベはあまり身分とかそういうのは気にしないタイプで、それより心の色で判断をするというのは、アドニスの一件でわかっていたが、フラーウム嬢にも向かっていくのか。


ということは、色は悪い色では無いのかも?


レーベはペタペタとそのままフラーウム嬢の前まで行くと、いつもの純粋無垢な瞳を大きく開けて、少しだけ首を横に傾ける。


「お姉さん、一緒にやりたいの〜?」


レーベがそう言うと、フラーウム嬢は絶句したように固まる。レーベ、流石にそれは違う気がする……。

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