115話★秘密の暗号と巡り合わせ
その後、ワイアットとルカさんから事情を聞いた。話していたのはほとんどルカさんで、ワイアットはそばに居るだけだったが。自分の口から話しづらいのかもしれない。
聞いた話を整理すると、きっと自分より小さい子がトラウマになってしまっているのだろうと思う。
こればっかりは自分の中で心を整理するしかないと思う。人に何かを言われたとしてもそう簡単に気持ちが晴れるわけではないだろう。できるだけ心を軽くしてあげたいとは思うけれど。
どうしてあげるのがいいんだろう?やはり慣れかな?あとは、本人が望むなら小さい子とも少しずつ関わること?
やっぱり本人に聞くのが1番いいわよね。関わるのも嫌ということなら別の対策を考えなければ。私はワイアットに視線を合わせて、できるだけ優しい声を出すことを心がける。
「ワイアットは、どうしたい?ここの生徒のみんなとお話したり遊んだりするのは嫌?」
「……」
ワイアットはルカさんの袖を掴んだまま、無言でこちらを見ると、軽く首を横に振った。どうやら関わりをたちたい訳では無いらしい。
それから彼はじっとルカさんの方を見上げた。ルカさんはガシガシと自らの頭をかいてから、「あー」と言葉を探すように声を出す。
「ワイアットと少し話したんだが、授業を抜ける時の合図を作っとくってのはどうだ?」
なるほど、それはいいかもしれない。どんな合図がいいだろうか。うーんと悩む。分かりやすいけれどあんまり目立たないものがいいかも。ワイアットも目立ちたくはないだろうし。
「………」
ワイアットはじっとこちらを見る。それから、フリフリとその手を軽く振って見せた。なるほど、可愛い。……ではなくて、きっとこれが合図でどうか?ということなのだろう。
「それにする?」
「………」
私が聞くと、ワイアットはこくんと頷いた。これで、ワイアットとの合図が決まった。秘密の暗号みたいでちょっとだけワクワクした。
その後、理由はあまり広めて欲しくないというワイアットの意向を汲んで、理由は言わず合図のことだけをアンディ様とジェニー、ウィル先生に共有しておいた。
合図の取り決めをし、少しずつではあるが学校に慣れてきたワイアット。教室を抜けていいという安堵感からかちょっと落ち着いているようにも見える。まだ1時間ずっと教室にいるのは難しいが、調子がいい時は結構長く教室にいられるようになっている。
トラウマに向き合うのは苦しくて辛い。感情が出せないのなら尚更。だから焦らなくていい。無理しなくていい。辛いと思うのは悪いことじゃないから。
そして、友達面でもワイアットは少しだけクラスのこと話しているところを見る。自分から話しかることはないが、話しかけられればそれなりに相槌をうったり、少しなら言葉を返したりしているようである。
そんなある日のことだ、カイトから「前に言っていたアルビハジャン族の子に会いたい。今度、俺もレーベもお昼、休めそうなんだ」と相談を受けたのは。
午前クラスの終わり。カイトが近づいてきて、その目をキラキラさせながら相談してきた。その隣には同じく目を輝かせたレーベがいる。
だが、あの時はワイアットの事情を知らなかったから良い友達になれたらいいな!くらいに思っていたが、クラスの子とちょっと話せるくらいのワイアットに他クラスの子と話せというのは酷なのではないかと今は思う。カイトもレーベも6歳だし。
どうしたものかと言い淀んでいると、レーベは眉を下げながら問いかける。
「レベッカせんせ、こまってる?」
そんなに顔に出ていただろうか。それなら仕方ない、正直に白状することにする。
「うん、ちょっと理由があってね。ワイアットに会ってもいい?って聞いてからでもいい?」
「もちろんだ!」
私の質問に、カイトは力強く頷いた。レーベもそれに合わせて、こくこくと頷く。よかった。ワイアットにもカイト達にも嫌な思いはして欲しくないからね。
★
その数日後。カイトとレーベは緊張した面持ちをしながら、校庭のベンチに並んで座っていた。私はそのベンチの隣に立っている。今日の私は立会人であり、二人はワイアットが教室から出てくるのを待っているのだ。
実はあのあとワイアットに「2人が会いたがっているのだが、どうか」と聞いたところ、許可が下りた。ただし、気持ちがつらくなったら退席するかもという条件付きで。
カイトは緊張はしているものの、その瞳はキラキラと輝いている。隠しきれない好奇心である。アルビハジャン族のことを知りたくてうずうずしているのだろう。
その隣のレーベも緊張しているらしく、両手を膝において、どこかピシリと背筋をのばしている。キリリとしたように見える表情が前世で言う就職面接にきた人みたいである。
二人の微笑ましい光景に、思わず笑みが零れた。
少し待つと、ワイアットが教室から出てくるのが見えた。いつも通り表情は変わらないがどこか緊張しているような気もする。
ワイアットはそのまま真っ直ぐベンチに近づいて来て……急に立ち止まった。何かに吸い込まれるようにじっとこちらを見ている。
「……色は?なんで色がないの?」




