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114話✲罪悪感と悪戯基質(ルカ視点)

ワイアットの話を聞いての感想は、こいつもなかなか苦労してんなぁであった。背負わなくてもいい罪悪感まで背負っているような気がする。


「弟と同じくらいの子を見ると泣けないのに苦しくなって、どこかに消えてしまいたくなるんだ」


「………」


人攫いはこんなに小さな子をどれだけ傷つけたのだろう。遊びたい盛りの子だ。一度遊ぶのを止めろなんて無理な話だろう。それに、悪いのは攫った奴に決まっている。


苦しいなら泣き叫んでもいいのに、やっぱり涙なんてものは出ていなくて、顔も無表情のままである。


俺はアルビハジャン族じゃねぇから心なんて読めねぇし、色なんて見えねぇが、それでもわかる。きっと心は泣いている。きっと絵の具を原色で塗りたくったような青をしているだろう。


心は泣いているのに、涙を流したり表情に出したりできない。感情の放出ができないなんてどれほど苦しいだろうか。逃げ場がないんだから。


なんて言えばいいか分からなかった。だって、下手な慰めも、大丈夫だよも、あんたは悪くないも違う気がした。そんな陳腐な言葉じゃなくて、もっと力になれるような言葉を言えればいいのに、それを探せる程俺の語彙力は高くない。


「俺は人に会う時、自分の民族じゃなかったら、その人の気持ちを色で見るようなってしまった。人を信じるのが難しかったから」


こんな小さな子なのに、悲しいと思う。でも、これはワイアットなりの生きていく手段なのだ。


話し終えたワイアットの頭をクシャッと撫でる。ワイアットはされるがままになっていた。


「ルカ先生は優しいね」


「優しいか?」


「うん、だって、胸のあたりがオレンジ色。俺の話をちゃんと聞いてくれる」


「……心読むな……」


生きていく手段だから仕方ないとはいえ、心を当てられるのは少し気恥しい。


「見えるものはどうしようもないでしょ?だから、俺が話し始めた時、ルカ先生、本当はびっくりしてた。心が教えてくれた。きっと、俺がこんなに話すことに驚いたんだよね」


こんなに話すんだ、と驚いた時か。色で見えるから詳しい気持ちまでは分からないだろうが、大体のカテゴリーでわかるのだろう。そこからは推測って訳だ。


「ここの人達は不思議」


「不思議?なんでだ?」


「初めて会ったときからオレンジ色で、その後イタズラをしてもオレンジ色のままだった。ちょっと黄銅色はあったけれど、赤くならなかった」


オレンジは優しさや親愛。黄銅色は……?赤は怒りだと言っていた。


「黄銅色は?」


「困っているとき」


「なるほど」


「初めからオレンジ色なのが珍しい。それに、イタズラをするとみんな赤くなる。顔には出さなくても、胸の辺りは真っ赤になる。でも、レベッカ先生とアンディ先生、それからルカ先生も赤くならない」


「そりゃうちの学校の大事な生徒だからだろ」


うちの学校とか言っちまった。言ってかららしくねぇな、と思った。俺は先生じゃねぇのに。


「……」


「あいつは一度懐にいれたら甘いんだ。すぐ懐に入れるし」


あいつの中ではきっと、生徒はみんな大事。それは転入してきたとか、期間が短いとか全く関係なく。


「……ふーん?」


ワイアットは分かったような分かってないような返事をした後、黙ってしまった。そしてこちらを向きながら少し考えるような素振りを見せる。


「レベッカ先生か……」


「何が?」


「ルカ先生、レベッカ先生の事考える時、オレンジと淡いピンク」


淡いピンクはなんの色だ??気になって聞いたが、ワイアットはじっとこちらを見たまま、


「教えない」


と言った。無表情なのに笑っているように見えた。


「なぁ、あんた、そっちが素なのか?」


「……よく話す方ってこと?まぁ、そうかも……?昔はおしゃべりって言われた。でも、最近は喋ってなかったから、こんなに話すのは久しぶりかもしれない。ちょっと口が痛い」


口の端、それから頬を両手で抑えながら言うワイアット。口の端を揉むように動かしている。


それもあるが、もとからイタズラ基質なのか、という意味だったんだが。まぁ、いい。


それから、ワイアットは「心が表情に出ないから気持ちをわかって貰えないし、俺だけ楽しそうにするのも違うなって思ったから」と続ける。


きっと弟のことがあってから話さなくなったんだろう。弟の件が、こいつが7歳のときだと言っていたから、約3年。


長い間苦しんできたんだな。そして、これからもきっと苦しむ。学校にいる間だけでも支えられたらいいな。


「なぁ、ワイアット」


「なに?」


「理由は言いたくねぇなら言わなくてもいいんだけどさ、レベッカ先生に教室を抜け出すのには訳が有るって言ってもいいか?それと、どうしても教室にいられなくなった時の合図、決めとかないか?そしたら俺とかレベッカ先生も対応しやすいだろ。どうだ?」


「………」


ワイアットは少し迷うように黙る。それからこくんと頷いた。


「分かった。でも、レベッカ先生に理由を言ってもいいよ。オレンジの人だから」


あっけらかんとそう言うワイアット。1度話してしまったからだろうか、どうやら言ってもいいらしい。言わないと納得して貰えないと思っているのだろうか。でも、レベッカ様はきっと理由を言わなくても支えてくれそうだけどな。


「でも、俺も一緒に行く。あと、先生から言って欲しい」





「なぁ、ちょっといいか?」


授業終わり、片付けをしているレベッカ様に近づいて話しかける。ワイアットも一緒である。ワイアットは、俺に全部話したことに安心したのか分からないが、落ち着いたような顔をしている……気がする。


「あら、ルカさんにワイアット!いいわよ、どうしたの?」


レベッカ様がパチパチと目を何度か瞬かせながら言った。それに伴って長いまつ毛を揺れる。優しく微笑んだ表情。


「やっぱりルカ先生、淡いピンク……」


横でボソリとワイアットが言った。ああ、なるほど。淡いピンクは恋心か。捨てようと思っているのにそう簡単に捨てられないそれ。


って、よけーなこと言うなよ!バレちゃ色々まずいんだよ。


「余計なこと言うな……」


ワイアットにコソコソと耳打ちするようにそう言う。ワイアットは分かっているのか分かっていないのか、何も言わない。だが、どこかしてやったり顔をしているように見える。


やっぱりイタズラ気質である。

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