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111話★適材適所

少ししてルカさんとワイアットが帰ってきた。大丈夫なのだろうか、と思って二人を見たが、ワイアットはすすっと席に戻っていったし、ルカさんは気にするなというように手を振るだけだった。


その後は普通に授業が進む。そして、何事もなく終わった。


みんなが帰ったあと、ルカさんに話しかけた。何かワイアットのことを知れたかもしれないと思ったから。


リアムを見送ったルカさんを呼び止め、生徒がいなくなった教室で向かい合う。


「ワイアットの事だけど、なんかあった?」


「あー、別に聞いてねぇ……」


私の言葉に、ルカさんは自らの頭をガシガシとしながら苦笑いをする。その言葉に驚く。


「聞いてないの!?」


じゃあ、何してたんだろう?私は驚いた声を上げたが、ルカさんは飄々とした様子で言葉を続ける。


「ああ。何も言わねぇーし。なんか、悲しそうに見えた気がしたからそばにいた」


あっけらかんとした物言いである。こちらは焦っているのに、ルカさんは落ち着いて見える。


「……え……!」


「そしたら落ち着いたから、教室に促した。それだけだ」


結局は何もわからずじまいということだ。そんな風でいいのだろうか?


「それだけか?なら、もういいか?」


私の焦りとは裏腹に、ルカさんはそう言うとヒラヒラと手を振って去っていった。スタスタと去っていくルカさんの背中を見つめながら困惑してしまった。



ワイアットが教室から抜け出すのはその日だけではなく、その後もワイアットは毎回のように教室から出ていってしまい、それをルカさんが追いかける、そして、少しすると戻ってくるというそんな毎日が続いた。


でも、ルカさんは特にワイアットから事情を聞いたりはしていないと言う。ただ落ち着くまで待って、それで戻ってくる。


どうしよう。

私からワイアットに話を聞いた方がいいのかな。


悩んでいたある日。


「やぁ、レベッカ嬢。久しぶりだね」


学校にウィル先生が来ていた。職員室に入ると、彼がブンブンと手を振る。


「ウィル先生!お久しぶりです」


ウィル先生に近づくと、ウィル先生はあごに手をあてて、じっとこちらを見る。それから「ふむふむ」と頷き、


「なーんか、浮かない顔をしているね?」


と言った。そう言われて、自分の顔をペタペタと触ってみる。そんなに悩んだ顔をしていただろうか。


生徒たちには伝わらなかっただろうか。こちらが不安そうにしていると、生徒にまでその不安は伝わってしまうものだ。できるだけ出さないようにしているつもりなのだけれど。


この際、ウィル先生に相談してみるのもいいかも。


「……ちょっと悩んでいることがあって……」


「僕でよければ相談にのるよ〜。先輩教員だしねっ!」


任せなさい!とばかりに胸をたたくウィル先生。ウィル先生に職員室の椅子に座ってもらって、私もその隣に座る。それから、ワイアットのことを話した。とにかく聞いて欲しくて、話す。


どうするべきか、私も話を聞いた方がいいのか?なども合わせて。


そうすると、ウィル先生は私の言葉を聞いているよ、というように一度頷いて見せから、私に、


「一度落ち着こうか」


と言った。


よっぽど落ち着きなく見えたらしい。そんなに慌てている気ではいなかったけれど。訝しげな顔をしているだろう私に、ウィル先生は優しく笑いかけて言葉を続ける。


「ほら、一度息を吐いてみて?それから、吸ってみて?」


いつものおどけた様子ではなく、優しいお兄さんのような声音だ。


その言葉に合わせて私は息を吸ったり吐いたりする。そうすると、気付かぬうちに上がっていたらしい息が緩やかになった。


なるほど、たしかに先程までは熱が入りすぎていたかもしれない。そんなつもりはなかったけれど、まくし立てるように話していたかも。


「落ち着いた?」


「はい、ありがとうございます……」


よかったと呟いてから、ウィル先生はポンポンと私の頭を優しく撫でてくれる。子どもになったみたいで、少し恥ずかしい。


「生徒に一生懸命なレベッカ先生はとても素敵だね」


先生、という言葉をつかったのはきっとわざと。ウィル先生はこういう時、言葉選びが上手だ。認められたみたいで、少しうれしくなる。


そのままウィル先生は言葉を続ける。


「でもね、今回僕はちょっとの間、そっとしておいていいと思うな」


「え?」


その言葉に純粋な心の声が口からこぼれ落ちる。殆ど素のような、子どもみたいな声音だった。ウィル先生は、私に視線を合わせる。


「今はルカが関わってくれているんでしょう?そういう時は、任せてしまった方がいいと思う。君はルカを信頼している?」


「はい、もちろん」


そりゃそうだ。もちろん。ルカさんはいつも私たちのために頑張ってくれる。学校のことだって本来の仕事じゃないのに手伝ってくれる。信頼しているに決まっている。


「じゃあ、安心して任せられるんじゃないかな?もちろん、君にはいい所がいっぱいあるし、生徒のことをいっぱい考えているんだなってことはとても伝わってくるよ。でも、今回はルカのターン。人に任せた方がいい時もある。ルカにも似たような境遇がある。適任じゃないかな?適材適所、だよ」


「でも……」


でも、本当に放っておいていいのだろうか。何もしなくていいのだろうか。


「もちろん、何もしなくていいわけじゃないよ。レベッカ先生はレベッカ先生の出来ることをして。ほら、ルカが話を聞いてきた後、対応できるように準備をしておこう」


そうか、私にしかできないこともきっとある。ワイアットは私の学校の生徒だし、とても大切だ。何とかしたいって思う。でも、直接話を聞くだけが助ける事じゃないし、先生の仕事じゃないんだ。


仲間の頑張りを支えるのも大切な仕事だ。


そう思えると何だかスッキリした。


「分かりました!」


私の言葉に、ウィル先生は何度か首を縦に振る。


「うんうん、いい顔になった。僕も手伝うから、一緒に頑張ろう!」


「はい!ありがとうございます!」

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