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109話★不可思議な行動と微笑ましい約束

私の静止を気にせずタッタッと走って行くワイアットは、そのまま職員室へと入って行った。入ったらダメと言った瞬間に、である。


「………」


ワイアットは職員室のカーテンの隙間からこちらを覗いている。その姿は少し幼くみえる。とても可愛くはあるが、職員室は入らないで欲しい。でも、ただ入らないでだけで理由も言わないのはダメね。


なんだかネコを相手しているみたいだ。


「ワイアット、こっちへ来て」


そう言うと、ワイアットは案外素直にこちらに来た。なんなのだろう、すごく違和感を感じる。どこか行動がちぐはぐで、要領をえない。


「あのね、ワイアット。あそこは職員室って言って先生たちがお仕事をする場所なの。危ないものとかもあるから入っちゃダメよ」


そう諭すと、ワイアットはまた少し目を見張ってから無表情に戻る。分かってくれたのかくれていないのか、それすら分からない。


その後も案内していくが、ワイアットの不可思議な行動は続いた。


急に走り出したり、教室にいけている花を出してみたり。それから、図書室の本を少し散らかしてみたり、机に座ってみたり。


そしてこちらを見やって、目を少しだけ見張ってから無表情に戻る、ということを繰り返す。


本当に、どうしたんだろう。

それとも、何かを訴えているのか?

君の心は一体……?


聞き分けがないわけじゃないし、イタズラ好きという感じでもない。ニコリともせず、ただ淡々と作業のようにイタズラのようなものをこなし、そしてこちらを見る。


何かの儀式??


さっき気まずい雰囲気だったのも忘れて、アンディ様と顔を見合わせる。また新しいタイプの子だ。いや、一人として同じ子はいないのだけれども。どう接するべきなのか、わからない。


困惑である。


だが、その行動にもきっと理由があるのだろう。どういう理由かわからないが。とりあえず一つ一つ丁寧に説明をした。


ワイアットは無反応だが、同じイタズラらしきものはしないので、分かってくれているのかもしれない。


困惑し通しで学校案内は終わった。ちょうど学校案内が終了した時、図ったかのようにマーク公爵とワイアットの両親があらわれた。


帰っていくワイアット達を見送りながら、アンディ様に話しかける。


「アンディ様、私、ワイアットについて詳しく知る必要がありますね」


「そうだね。これからあの子のことをもっと知っていこう。そうしたらきっとあの行動の理由もわかるかもしれない」


アンディ様も頷きながらそういった。


気持ちがあってこそ行動がある。だから、あの行動にもきっとワイアットの気持ちが隠されているはず。それが何なのか分かるようになるだろうか。



「アルビハジャン族について?」


時は変わって、次の日の午前クラス。授業前に本を読んでいたカイトに話しかけると、カイトは本から顔を上げて、パチパチパチと目を瞬かせながら私の言葉を繰り返した。


ワイアットについて知るならやはりアルビハジャン族について知るべきだろう。そう思った私は、世界のことに興味があり、よく調べているカイトに尋ねたのだ。ワイアットの民族であるアルビハジャン族についても知っているかもしれない。


「うん、そう。アルビハジャン族。何か知っていることはある?」


カイトはうーんと頭にある知識を引っ張り出すように悩んでから、


「名前くらいは聞いたことがあるぞ。たしかなにかの本で読んだな」


と言った。やっぱり知っているんだ。この手のことはやはりカイトに聞くのが1番らしい。


「でも、あまり多くの情報は知られていない民族なんだ。あまり交流をしないらしいからな。その上、どんどん姿を消してきて、今じゃ本当にいるかわからないってなっている」


「そうなの……」


文献もあまり残していないし残っていないので、民族としてはどんな風に生活していたのかの内情や言語がべつであるけれど、詳しくどんな言語なのかなど、詳細はあまり知られていないらしい。


遊牧民族で定住地をもたないが、スミス王国とケイラー王国の国境付近に住んでいることが多かったらしい。


ワイアットやその家族がそんな伝説みたいな民族の人達だなんて。とりあえず、実際にいるから、本当にいるかわからないという説は消えるわね。


それから、カイトは思い出したように、


「ああ。あとな、いくつか伝説があって、そのうちの一つが人の心が読めるらしいっていうのを聞いたことがあるぞ。本当かどうかはわからないけれどな」


と言った。


人の心が読める……!そんな不思議な力が!


まぁ、魔法がある時点で、現代日本出身の私としては、この世界の普通が十分不思議なのだけれど。でも魔法が使えるこの世界でも、人の心を読むなんていう魔法はないらしく、『不思議』の分類に入るらしい。


「でも、なんで急にアルビハジャン族?」


「あのね、この学校にアルビハジャン族の子が転入してくるの」


不思議そうに首を傾けるカイトにそう答えると、その途端カイトの瞳がキラリと輝いた。興味津々、と顔に書いてある。知りたい、話したいと目が言っている。


「ほんとか!アルビハジャン族の子に会えるのか!!ってことは、本当にいるんだな!!」


「うん。午後クラスだけどね」


「午後クラスなのかー!それは残念!でも、いつか会いたいなー。いや、会ってみせる!」


悔しい!といった顔をした後、それでも会うことを諦めないと宣言するカイト。本当に興味があるらしい。そして、興味があることに一直線だ。お姉ちゃんであるジェニーも意外と猛進タイプだけれど、カイトもそうらしい。


質問攻めになるかも。ワイアット、頑張れ。


無口でクールな彼を思い浮かべてそう思った。情熱的に話しかけるカイトに無反応のワイアット、そんな風景が浮かんだ気がした。


でも、意外と気が合うかも?


「ねぇ、カイトくんとレベッカ先生は、何を話しているの〜??」


レーベである。ほわほわとした表情のレーベが、ポテポテとこちらにやって来て、こてんと首を傾けて聞いている。くるくるとした金の目が不思議そうに大きく開かれている。


「新しくくる友達の話だよ!」


「新しくくるお友達がいるの?僕も仲良くする!!」


私の言葉に、レーベはぱぁっとその表情を明るくする。


「でも、午後クラスらしいんだ」


カイトが少し残念そうに付け足すと、レーベもシュンっと眉を下げた。表情がくるくると変わるレーベ。


「そっか〜。僕、その子に会いたかった!」


「いつか午後の予定が空いている時に、会いに行こうぜ!」


「うん!そうだね」


カイトの誘いに、レーベがこくんと頷いた。微笑ましい約束である。ワイアットと良い友達になってくれるといいなぁ。

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