108話★羞恥と案内
その後、リリに来てもらって話をした。どう切り出すか、どういう風に話すかさんざん迷って、結局ストレートに「お父様とアーノルドが死んでしまうかも」と言った。
でも、リリの反応はとてもあっさりしたものだった。
「お兄様は昔から無茶がお好きでいらっしゃるので、慣れました。いちいち心配していたら身が持ちません」
それは慣れていいか微妙なところだが、苦笑しながらいうリリがそこまで落ち込んでいなくて少し安心した。そして、私との反応の差に、私が少しだけ落ち込んだ。リリは大人なのかもしれない。ちょっと恥ずかしくなった。
「いえ、普通の反応はそれでいいと思います。私の家が淡白なだけですので、お気になさることはありませんよ」
お互い干渉はあまりせず、適度に関わる。それが家の方針らしい。なんだか、あっけらかんとしすぎて、苦笑してしまった。そして、私も心が落ち着いた。
それと同時に、アンディ様の前で大泣きしてしまって、気恥ずかしくなった。アンディ様が受け入れてくれるから、思わず……今から思い返すと少し恥ずかしい。
そ、それによく考えたら、私、アンディ様にこう……肩を……ギュッと……。肩に触れた手、ふわりと香った爽やかな香り……。
「………っ!」
帰りの馬車の中で、顔を覆いながら身悶えたのは私だけの秘密である。
★
それからマーク公爵から面談の日程について連絡があり、面談の日がやってきた。ワイアットとその家族と初めて会うのである。ワクワクしながらマーク公爵家へと向かったが、案内されたマーク公爵の書斎にはアンディ様が来ていた。
この前の恥ずかしさを思い出してしまう。アンディ様からすっと視線をそらす。自分の顔が熱い気がする。
「どうしたの?」
「いえ……なにも……」
アンディ様がこちらを心配そうに見てくるが、理由が理由なので言いづらい。ただ曖昧に流すことにより、流れる微妙な雰囲気。
ごめんなさい。アンディ様は何も悪くありません。でも、どうにもできません!
そんな微妙な空気を引き裂くように話し始めたのは、向かいの席に座るマーク公爵だった。マーク公爵はこほんっと一つ咳払いをしてから、マーク公爵の隣に立っていた男の子とその両親らしき男女を手のひらで指し示した。
「来てくれてありがとう。ワイアットとその両親を紹介するね。この真ん中の子が新しく君たちの生徒になるワイアットだよ」
紹介された男の子を見る。ワイアットはオレンジに近いような金髪に金のくりくりとした目を持つ子だった。ふわふわとした髪とその丸い目は誰かに雰囲気が似ている気がする。
ワイアットは少しだけちらりとこちらに視線をやると、ふいっと視線を逸らしながら自己紹介をする。
「…………ワイアット……」
少しだけ幼さの残る声。だが、態度からクールなイメージを受けた。ワイアットの両親は、「ちゃんと挨拶をなさい……!」と隣から言っている。だが、ワイアットはまたちらりとこちらを見ただけだった。
「すみません!うちのワイアットをよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。よろしくね、ワイアット」
ご両親が慌てたように言うので、私は気に病まないで欲しいと首を振ってから、返事をした。ワイアットは私の「よろしくね」に反応して、「……っす」と返事をしつつ、頭を軽く下げる。
反応を全くしないわけではない。
その後、面談は続いた。マーク公爵、アンディ様、それから私が主に質問をし、それに答えてもらう形式だ。
ワイアットはあまり返事をすることもなく、保護者が話をしてくれた。ワイアットはみんなより少し年上の10歳らしく、精神も多感な時期である。もしかしたら少し早めの思春期で、挨拶が気恥しいのかもしれない。
でも、今後話せる機会もあるだろうから、その時はワイアットの様子を見つつ話が出来たらいいなと思う。
その後の打ち合わせで、ワイアットが午後クラスに転入することと、文字はある程度読めるが、書くのはまだ苦手だと言うことがわかった。
アルビハジャン族には、ここケイラー王国や私の母国であるスミス王国で使われている文字とも、隣国であるジョーンズ王国で使われている文字とも違う、彼ら特有の言語と文字が存在するらしい。
ご両親としてはこちらの文字を学ばせたいのだとか。
「じゃあ、話はこのくらいにして。レベッカさん、アンディ、ワイアットに学校を案内したらどうだい?」
ワイアット達との打ち合わせも終盤を迎えた頃、マーク公爵がそう提案した。
ワイアットを連れて、私とアンディ様は学校へと向かう。少し距離があるから馬車で行くのだが、ワイアットは馬車に乗ったことがないとのことで、戦々恐々としていた。クールな表情がほんの少しだけど崩れていて、そこにワイアットの本心を感じた気がする。
「さて、ワイアット。ここがあなたが今日から勉強する場所よ。今日は午後クラスは休みにしているから、誰もいないけれど……」
今日は私とアンディ様が揃って打ち合わせのため、申し訳ないが午後クラスをおやすみにしたのである。実質授業をするのは私とアンディ様だから。
ワイアットは学校に着くと、また恐る恐る馬車から降りてから、学校を見回した。それから、ボソリと声をだす。
「……小さい……」
「ふふふ、そうでしょう?でも、みんな頑張って勉強しているわ」
そうここでは、みんな志大きく頑張って勉強している。私が得意気に言うと、ワイアットは少しだけ目を見張ってからまた無表情に戻った。
そんなワイアットを連れて、教室の中へと案内する。
「ここが教室、あっちが図書室、そしてこっちが職員室よ。職員室は基本的に生徒は入室出来ないことになっているの……って、ちょっと!」




