107話★さらけ出した心
「ねぇ、レベッカ。こんな帰り際にごめん、ちょっとだけ帰るの待ってくれない?」
「はい……?」
馬車に乗り込もうとした足を止め、アンディ様の方を振り返る。アンディ様は、申し訳なさそうな顔をしてこちらを見ていた。そんなアンディ様に頷いて見せると、
「分かりました」
と返事をする。それから、馬車を降りる。
アンディ様の近くに行くと、アンディ様は「こっちに来てもらってもいいかな?」とマーク公爵家の庭園の方を向きながら言う。
それに頷くと、アンディ様はそっと手を差し出してくれるから、それに手を合わせてた。エスコートである。リリには申し訳ないが、馬車の中で待っていて貰うことになった。
「ごめんね、帰ろうとしていたのに」
「いえいえ!」
アンディ様にエスコートされながら着いた先は、庭園のベンチだった。ベンチに2人並んで座る。何か話があるのだろうか。
そう思ってアンディ様の言葉を待っていると、アンディ様は、一呼吸置いてから、私の方に向き直る。その瞳は少しだけ揺れている。
どう話すべきか少し迷う素振りをみせてから、
「レベッカ、大丈夫?」
そう聞いた。驚いて目を見張る。そのアンディ様の心配そうな瞳とかち合う。
アンディ様の言葉で理解した。アンディ様はさっきのマーク公爵との話で、私のことを心配してくれているのだ。それで、呼び止めてくれたのだ。
「お父様が死んでしまうかもしれない……」
言葉が簡単に、ポロリと口からこぼれ落ちる。
心配なのはお父様のことだった。お父様は不正が嫌いな方だ。ワイアットくんのことを知ったお父様はきっと、徹底的に調べあげて証拠を固め、その不正を正そうとなさるだろう。
本来は外交相である父が出るところではないし、財政関係なら財務相が担当することだ。だが、父はきっと放っておけない。父は昔からそういう人だ。
でも、不正を不正だと言うのはとても危険な行為でもある。証拠が集めきらないうちに、告発する前にバレてしまえば不敬とみなされたり反逆だとされたりするかもしれない。もしかすると、証拠が揃っていたとしても隠蔽されてしまうかも。
反逆者だと見なされたその場合、待っているのは間違いなく死である。
お父様がそうなったらと思うと……苦しくて、どうしていいか分からなくて。私には何も出来なくて。
「うん」
アンディ様が相槌をうってくれる。優しい声音を聞いたら、もうダメだった。すました顔をしていたが、本当は全然平気じゃなかった。
かき混ぜられるようにぐちゃぐちゃになって、そのどこにどう出していいか分からない感情が、涙になって出てくる。
悲しいとも切ないとも違うその感情は、複雑だけれど、一言で言うなれば、恐怖に近いのかもしれない。足元から這い上がってくるゾッとするような、それでいても立ってもいられないようなグラグラした感情。
恐怖と焦りと不安がない交ぜになったものが、涙になってこぼれ落ちた。
ギュッとシワができるほどスカートを握りしめる。
一度涙がでてしまえば、止まらない。
アンディ様がすぐ近くに近づいきて、「失礼するね」と一言ことわってから、私の頭を自分の肩の方へとうずめさせる。それから、頭を優しく撫でてくれる。その優しい手に少しだけ安心する。
「誰も見ていないから、思いっきり泣いてもいい」
完璧令嬢であり続けることを望まれ、泣いた姿なんて誰にも見せたことがなかった。誰にも見せられない弱い部分をアンディ様は受け入れてくれる。
「ゆっくりでいいよ。レベッカが思っていること、感じていることを聞かせて」
アンディ様の言葉に、私は自分の気持ちを話した。苦しい、不安な、どうしていいか分からない気持ちを。何も出来ない自分が不甲斐なくて、情けない。
泣きながらだから、言葉もつっかえつっかえだっただろうし、聞き取りづらかったと思う。だが、アンディ様はゆっくり頷きながら聞いてくれた。
「レベッカはとても不安だったんだね。そりゃそうだよね、苦しいよね」
アンディ様は大丈夫だよとも安心してとも言わない。そんな言葉は気休めにもならないとわかってくれているのだろうと思う。ただ、優しくそしてゆっくりと私の言葉を待ってくれる。
こんなに取り乱して情けないし、申し訳ない。
「ごめんなさい、アンディ様……」
そう言いながらも、涙が止まらない。溢れてくる涙は留まることを知らず、次から次へとこぼれ落ちる。
「レベッカ、僕は大丈夫だよ。ゆっくりでいい。言いたいことも、吐き出したいことも、君の不安も焦りも怖いと思う気持ちも全部聞くよ。落ち着くまで待っているから」
「……ありがとう……ございます」
私が泣いている間、アンディ様は頭を撫でてくれる。ひとしきり泣いたら少しだけ落ち着いてきた。そんな私の様子をみて、アンディ様が声をかけた。
「ちょっとだけ落ち着いたかな?深呼吸、出来る?」
アンディ様はそう言いながら、一度私の顔を上げさせ、涙をハンカチで拭いてくれる。彼の言う通り、息をゆっくり吸ってゆっくり吐いて、深呼吸を繰り返す。
「ありがとうございます。落ち着きました。声をかけてくださってありがとうございました」
「よかった。君のことだから抱え込んでしまいそうだったから」
「ひとしきり泣いたら、もう前を向くしかないなって思いました。未来のことはどうなるかは分かりません。お父様のことも心配です。でも、嘆いていてもどうにもならないから、それなら私が出来ることをここでしようと思います」
いつまでも泣いていたって、現状は変わらない。それなら、私にできることをしなければ。お父様から、ワイアットくんを託されたのだから、その期待に応えなければいけない。
それに、お父様なら大丈夫だって信じる。どんな困難だってお父様なら体当たりでぶち壊しそうな気がするから。
「僕も一緒に頑張るからね」
「ありがとうございます。心強いです」
私の気持ちは落ち着いたが、一つ気になることが残っていた。それは、リリのことだ。
リリの兄であるアーノルドは、お父様の一番近くに仕えてくれている。きっと、お父様が死ぬことになれば、アーノルドだってタダでは済まないのではないか。
リリにもきちんと話をしておくべきかもしれない。
実は、話を聞く人、アンディとリリで迷いました。
両バージョン作ってみてから決めました。




