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106話★転入生の真実

それから、そのワイアットの話をマーク公爵から聞く。マーク公爵は紅茶を一口のみ、ひとつ息を落としてから話し始めた。


ワイアットの家族は元々遊牧民の一族だったらしい。その民族はアルビハジャン族という名前で、狩りなどをして各地を転々とする民族だそうだ。私は詳しく知らない。世界に詳しいカイトならば知っているだろうか。


だなんて、そんな軽い話ではなかった。マーク公爵は話を続ける。それは、私の母国であるスミス王国はアルビハジャン族の迫害を政策として行っていたということだった。


スミス王国はだいぶ前、それこそ私が生まれる前から財政は傾きかけていた。私のお父様がが大臣になってからははだいぶ頑張っていたみたいだが、あまり芳しくなかったらしい。


なので、国の偉い人たちはお金を何とか作り出すために、秘密裏に他民族から色々なものを奪っていたらしい。税金やら何やらと称してお金を巻き上げたり、酷い時には子どもや若者を捕まえて奴隷として売り飛ばしたりしていたらしい。


もちろん、一般国民も知らないことで、ごくごく一部の人達で行われていたらしい。その迫害というよりは、どちらかと言えば一方的な盗みであると感じられるその政策は今も秘密裏に続いてるらしい。


その「らしい」というのは、マーク公爵もまだまだ不確かで確たる証拠がある訳では無いとのことだ。


今ではアルビハジャン族を含む他民族は数を減らし、ひっそりと息を潜めている。それこそ民族の名前が出ないほどに。そして、ワイアット達も自分たちがアルビハジャン族だということを名乗らずに細々と暮らしていたらしい。ワイアットには弟がいたらしく、家族4人で。


だが、ある日そのワイアットの弟は忽然と姿を消したらしい。詳しくは分からないが、きっと奴隷として連れていかれたのでははいかと、少なくともマーク公爵とワイアットの家族は思っている。


その後もそのままスミス王国で暮らしていたらしいが、つい最近、今度はワイアットが攫われそうになったとのこと。それで、ワイアット達は引越しを決め、ケイラー王国にたどり着いたとのことだ。


マーク公爵はそう、一気に話をしてから、こちらを見ているのだろうというのがわかる。


私は視線をあげられなかった。机を見つめる。そうしないと、怒りなのか悲しみなのか不甲斐なさなのか、どう表していいかわからない感情が爆発しそうだったから。


膝の上にのせていた手がカタカタと小さく揺れる。震えにも似たそれは、自分の意思では止められない。


「……辛い気持ちになったかな、ごめんね」


マーク公爵がそんな私の様子をみて、そう言った。その声音は心配するようなやさしいものだった。でも、心配されるようなことでも謝られるようなことでもない。


「……いえ。マーク公爵が謝ることではありません。むしろ、私が……。なんて酷いことが行われていたのか。私はその国にいたのに、仮にも王子の婚約者だったのに、何も知らずのうのうと生きていたのか」


むしろ、私が謝らなければいけない。何も知らない。民族の名前すら知らないなんて。それなのに、王子の婚約者として国を守るんだとか立派な王妃になるのだとか豪語していた自分が恥ずかしい。


私はみんなを幸せにしたかったんじゃないのか?


「アルビハジャン族の子をスミス王国出身の君に預けるのは君には酷かもしれないし、君が嫌なら断ってくれても構わない」


マーク公爵はそう言ってくれるけれど。それは、違うのでは無いか。向こうが拒否したのならもちろんそれは受け入れる。私が逃げるのは違うと思う。


「向こうは私がいることを、スミス王国出身者が居ることを知っているのですか?」


「伝えている。だが、彼の両親は国と個人は関係ない、と言っていた。そして、君がケイラー王国にいる理由もある程度は知っている」


そう言ってから、マーク公爵は遠くに思いを馳せるような顔をする。それから、苦笑する。


「実はね、ワイアットの家族をこちらに寄越したのは君のお父様であるエドワードだよ。エドワードはもちろん迫害に加担していない」


「良かった……」


「まぁ、私の親友が不正をはたらくなんてありえないからね」


マーク公爵がカラカラと笑いながら言う。マーク公爵のお父様を信じているという意志が伝わってくる。お父様は不正を働く人ではない、そう言って貰えてとても安堵する。もちろん最初からそんな人だとは思っていないけれど。


「エドワードは、財政難をどうにかしようと色々調べているうちに、今までのその迫害とワイアットの弟の事件を知ったらしい。そして、今度はワイアットが攫われそうになったことを家族から聞いた」


「それでこちらに……」


「ああ、引っ越させたらしい。人遣いが荒い親友だよね」


「お父様ですからね」


マーク公爵が肩を竦めてそういうので、私もこくりと頷く。普段は厳しそうに見えるし、実際自分にも他人にもとても厳しい人だ。だが、人情溢れる人で心の底に情熱を飼っていることを知っている。あと、娘の私にとても甘いことも。


きっとお父様はこれから、徹底的にこの事件と迫害について調べるだろう。お父様はそういう人だから。スミス王国が崩壊する日が来るか、もしくはお父様が処刑されるかも。だが、それで恐れをなして投げ出す人ではないということもわかっている。


「どうするかな?」


改めて確認のようにそう聞かれて、アンディ様とお互い顔を見合わせ、軽く頷く。考えていることはきっと同じ。もちろん。


「……受け入れさせてください」


「ありがとう。それじゃあ、ワイアットくん達との顔合わせの場を設けるよ。また後日になるけれど、2人を呼ぶね」


「分かりました」


そう返事をすると、私たちはマーク公爵の部屋を後にした。そのまま今日は家に帰る予定だったので、アンディ様が玄関まで送ってくれる。


「お嬢様」


玄関まで行くと、リリが外で待っていた。


「リリ!」


リリに連れられ、馬車へと乗り込む。


「アンディ様、エスコートありがとうございました。では、また」


「うん、またね。日程が決まったら連絡するよ」

すみません、また新しい人が出てきました……!

登場人物に足しておきます。

転入生、ワイアットくんをよろしくお願いいたします。

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