100話★新たな取り組み
つっけんどんな物言いで、一見怒っているだとかリアムの言い方は、イライラしているだとかに感じられるかもしれない言い方だ。だが、そういう訳ではないのだと思う。
彼にとっては純粋な疑問を口にしているだけだろう。だから、こちらは彼の疑問に答える。
「エミリーと話をしていたよ。エミリーは、リアムとお話できてよかった!って言っていたよ」
「そうですか、それは良かったです」
納得したのか、頷きながらそういった。それから、残ってもらったことに少しだけソワソワしている様子の彼に言葉を続ける。
「残ってもらって、ごめんね。時間はある?」
「はい、あります。ですが、仕事の手伝いにも行かなければなりません」
神妙な顔でリアムがそう言う。そりゃそうだ。
「そうね、短く終わらせるね」
「はい」
それから、私は、リアムが困っていることはないかと聞いてみた。先程のリアムの悩みも含めて、対応出来ることは対応したい。もちろん、支援には限度があるけれど、できることはしてあげたい。
「やはり先程エミリーさんが仰っていたようなことは治していかなければならないのではないかと思っています。ですが、気になることは確認したいと思ってしまうのです」
やはりそうだよね。それに悩んでいるんだね。本人も悩んでいて、周りも悩んでいるのならどうにかならないかな。
「周りの子の迷惑になっていることもわかっています。嫌われてしまうかもしれません」
少し目を下げながらいうリアム。その姿が悲しそうで、もしかしたらこれまでそういった経験をしてきたのかもしれない。
どうしても学校外のことまではどうすることも出来ないが、少なくとも学校は心落ち着かせる、居心地のよい場所になれたらいい。
もちろん周りの理解もいるだろうし、それをわかってもらうのは並大抵のことじゃない。個性を個性と認めて貰えるようにするのは、とてもとても難しいのだ。
みんな普通であろうとして、普通でないものを排除しようとするから。普通でないものに嫌悪感を抱く人が多いから。
でも、そもそも普通の定義なんてあってないようなものだ。よくよく見れば個人によってちょっとずつ違う。全く同じものなんてこの世界にはない。だから、大半がそう考えるだろう、と思うことを普通と勝手に認定しているのだと思う。
私だって普通じゃないし、周りだってそう。でも、自分が普通だといいはるのだ。その方が都合がいいから。周りの誰かを標的にして”あいつ普通じゃない”って言って、自分を守っている。
それは、ちょっと悲しいなと思うし、この学校のみんなにはそういったことを思って欲しくない。誰かを標的にしなくても過ごしやすい場所にしていきたい。
みんなが過ごしやすい、それは本当にむずかしい。でも、今目の前で困っているリアムのためにできることはあるのではないだろうか。いや、あるはず。
「そうなんだね。言ってくれてありがとう。私たち学校もなにかできることがないか考えてみる」
「そうですか、ありがとうございます」
リアムはそれだけ言うと、一礼をしてそそくさと帰っていった。きっと、仕事があるのだろうと思う。勢いよく帰っていったリアムに少し申し訳なくなった。
★
図書室から出て職員室に向かう。職員室にはアンディ様とウィル先生がいた。アンディ様はあの後心配して待っていてくれたのだろうと思う。ウィル先生はいつの間に来たのだろうか。今日は仕事があって来られないと言っていたのだけれど。
「アンディ様に、ウィル先生!」
「待ってたよ」
アンディ様が爽やかな笑顔を浮かべて手を振ってくれた。素敵な笑顔で言われると、心がふわふわとあたたかくなる。そのあたたかい気持ちのままアンディ様を見ていると、アンディ様も優しい眼差しでこちらを見てくださる。
「ちょっとー!二人の世界に入らないでくれるかなー?!」
そんな私たちを見ていたウィル先生がそう言い、2人で我に返る。そうだ、そんなことをしている場合ではなかった。ウィル先生の方を2人で見ると、苦笑いをしていた。
「さて、リアムとエミリーの件だって?」
私とウィル先生、そしてアンディ様が席についたタイミングで、ウィル先生が切り出した。真剣な瞳でこちらを見てくれる。
「詳しく聞いてもいい?」
「はい。エミリーから相談があると言われました」
アンディ様とウィル先生に経緯を説明する。エミリーが相談をしてきたこと、話を聞いた事、リアムのことで悩んでいること、リアムとエミリーと話をしたこと、リアムの悩みなど。
先にリアムと話をした方がいいかなと思ったことなども感じたことを言う。
「そうなんだね。しっかり話を聞けたのはとても素晴らしいことだよ」
ウィル先生がいつもより真剣なトーンで褒めてくれる。いつもはどちらかと言うとおちゃらけ雰囲気のウィル先生にこういうトーンで褒められると嬉しい。
「ありがとうございます」
その後、ウィル先生は足を組みかえてから、ピンと人差し指を立てる。
「リアムのこと、何とかしたいのだよね。僕なりの意見を言うね」
「はい」
神妙な顔で頷く私に、ウィル先生は「もう、そんなに固くならないでいいんだよ〜」と笑う。いや、ウィル先生からのありがたきアドバイス、聞いておかなければ!ウィル先生の言葉に首を横に振る。
「僕が勝手に思っていることだから、一般的ではないかもしれないけれど、いいかな」
そう前置きをしてから、ウィル先生は自分の意見を語ってくれた。それは、現代教育でいう『入り込み』という考え方だった。困っている子の傍に先生を常駐させる考え方だ。困っている時すぐに助けられるようにするのだ。
現代では一般的な考え方だが、この貴族社会ではない考え方ではないだろうか。それを考えつくウィル先生はすごいと思う。
「なるほど、それなら、大きな声で聞かなくても助けてあげることが出来ますね」
アンディ様が関心した声で言う。私もその考え方には賛成だ。
「でも、ひとつ問題があるんだよね。誰がするか?だよ。ここで先生をしている人は、レベッカ嬢以外は基本的に毎日はここにいない。今、何とか回っている状況だから、1人に付きっきりとなるとかなり……」
ウィル先生が困り顔でそう言った。人材不足、人手不足だ。アンディ様やウィル先生は自分の勉強もあるし、ジェニーだって家での仕事がある。毎日来ているわけじゃない。だから、1人に付きっきりになってしまうとかなり厳しい。
「人手不足ってことですね」
どうしようか、人手を増やすのは難しい。3人で悩んでいると、声が聞こえてきた。
「それなら、俺がする」
普通の定義って難しいですよねぇ




