シグムント
扉を出て、数十歩行った頃だった。
「待っ、待ってくれ! 待って……ください!」
必死そうなシグムントの声がしたので振り返ると、そこには息を切らせてガシャガシャと音を立てて走ってこちらを追いかけるシグムントの姿があった。
私は呆れつつも、とりあえず待ってみる。
「まだ、私に何か用ですか?」
そう訊くと、私のもとに追いついたシグムントは、息を切らせてながら言った。
「はあっ、はぁ。……どっ、どうかっ、もう一度、お願いさせて下さい……!」
シグムントはそう言って、頭を下げた。
その様子に、私は息を吐いた。もちろん、溜め息だ。
「はぁ。だから、先程も言ったでしょう。私は誰よりも魔法の使い方を知らない。役立たずだと」
改めて、私は告げる。しかし、今更それで退くシグムントではあるまい。であれば、わざわざ追いかけたりしないだろう。本当に、この碁に及んで一体何があると言うのか。
「わ、分かってます……。確かに、君は魔法は使えないかもしれない。だけど、それでも……」
“かもしれない”じゃないんだけど。というどうでもいい揚げ足取りはさておき。
シグムントは息を整え、はっきりと私の目を見据えた。
「僕は、君と一緒に仕事をしてみたいんだ!」
碧い目が、私を見つめる。
ここまでされると、私も訊いてみたくなってしまう。
「どうして、そこまで思うのよ」
私が問うと、シグムントは答えた。真剣な顔を崩して、照れ臭そうに。
「いや、実は……一度でいいから、いや、一度くらいは、誰か異性の人と仕事がしたいって思ってたんだ! 軽い気持ちでやるものじゃないって分かってはいるけれど、それで自分の心が全て納得するかっていったら、違うだろ? 誰だって一度は熱い冒険がしたい少なくとも、僕はそうだ! だから、やるなら、今がチャンスの一つと考えたのさ。それに……」
シグムントはそこで。一度深呼吸をした。
「それに、君は魔法が使えないかもしれないけれど、僕は魔法が使える! けれど、僕には手が二本しかないし、それも剣と盾を持ちながらやり繰りするしかない。だけど、君と一緒なら、手はもう二本増える! 護衛対象も増えちゃうけれど、君一人くらいなら守ってみせる! 僕も命は惜しいから、そこまで強いモンスターには挑まない! あとは、アイデア次第だ。“アイデアと行動力次第で、人は何でもできる!”有名な言葉さ。そうすれば、案外やれるかも知れないだろう?」
「そっ……それは。そうかも知れないけれど……」
熱く語り始めた男の子に、私は圧倒されてしまう。
「それに君、言ったよね?」
え? 何を? 私、おかしな事言ったっけ?
頑張って過去の記憶を思い巡らす私に、シグムントは悪戯っ子の笑みを浮かべる。
「“この国の、いや、この世界の人には珍しい事なのかもしれませんが”って。つかぬことを訊くけど、君はどこから、どうやって此処に来たんだい?」
「えっ……そ、それは……南の方から、歩きで……」
「その前は? 君はどこの国の出身?」
「ええっとぉ……」
参った。この世界の国の名前は、ドリミング(という名前どうにかならなかったのか国)しか知らない。
よくもその話をしたな! 門番にも聞かれなかったのに!
「…………。日本?」
黙っていても流れそうに無かったので、つい答えてしまった。
「日本? やっぱり、聞いたことの無い国だ! そして、そこから君がやって来たってことは、何か僕達の知らない発想があるのかもしれない! それがあれば、ピンチを打開できたりもっと便利なことができるかもしれない! 是非、その話を聴きたいな」
「え……いや、待って待って! それって、日本の技術をこっちに流用するってこと? 私を利用するってこと? なら尚更、私を戦場に連れていくのはちょっと、遠慮したいな……」
あ……。とシグムントが呟いた。熱くなって自分のターンを回しているあまり、冷静さを欠いてしまったようだ。
「ああっ確かに、それじゃその辺で話をするだけでも十分か。……でも、それよりも、一緒について来た方が、ただ話をしたお礼よりもずっと多くの報酬が手に入れられるよ? あと、利用するっていうのは、それはお互い様だよね? 君は狩りができないから、代わりに僕を利用する。僕は荷物を多く持てないから、代わりに君を利用する。ほら、何も問題ないじゃないか」
「うぐぐ……」
さっき、ギルドに居た時は、あっさりと引き下がったのに、今度は突破口を見つけてしつこく食い下がってくる。あれは負けイベントで、今度は攻略方法を得たボス戦かい!
「それにもし君が、より多くの荷物を運ぶ方法を知っていれば、それを使って僕も君もさらに儲けを増やせる。どうかな」
どうかな……どうだろう……どうなんだろう……。
「か、考えさせてくださいっ!」
とりあえず、今はできるなら、一度現実世界に帰って、ゆっくりと冷静に検討するべきだ!
(戻ります! 新世界の神様! 現実世界に戻らせてください!)
ここに来て間もない頃、思っただけで自称神は応えてくれた。ならば今も、それを望めば、叶えてくれるはずだ!
そう私が考えた時、急に視界が真っ暗になった。