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時代遅れの異世界転移  作者: 卯沙戯 有栖
第一章
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ドリミングという国

 建物はどうやら、殆どは基礎的な形をしたものを1軒ずつ建てたもの、更にそこに、各々の持ち主が多種多様な装飾品を付け足されているのが半々ぐらいだ。

 像やライオンの頭とか(水が垂れ流してきそうな形してるけど出たりするのかな?)、星や宝石を無造作に散りばめたやつ、中には大砲や翼で妙なキマイラ型住宅を鎮座させているのもあった。どんな輩がそんな魔改造したのか、ちょっぴり家主の顔が見たくなる有り様がちらほら。

 そして、住人の方も。空を飛ぶのが好きな人は風に乗って宙を舞い、地を駆けるのが好きな人は、普通の2倍ぐらいの速さで手足を動かし、屋根の上を疾走している。横を見れば、重力を操作したのか、城壁の壁に足をついて、90度傾いた世界を楽しみながら歩いている者もいる。

 まず、魔法の無い世界ではあり得ないような光景に、目を奪われる。いや、魔法が有っても使い方が限られていては、同じようなことは起こり得ないけど。

 こんなのが、世界中で普通に起きてても不思議じゃないという事実に、早くもカルチャーショックを受ける。同時にいつかは慣れてしまうのだろうと思うと、それもまた奇妙に思えてくる。

 まさかこんな早々に、圧倒的に異様な光景を見せつけられるとは思わず、立ち尽くしてしまったが、とりあえず進まなくては何も始まらない。普通に、地面を人並みの速さで歩いている人もいるので、その人達の中に混じって、さらに街を散策することにする。


 私の視線は、建物の方に移っていた。

 人々の中には奇抜な髪色や格好をしている物もいたが、それらは普通にアニメや漫画で見れるものの範疇だったため、規格外の行動をしていること以外は、特に注目することは無かった。

 それよりも個性が目立ったのが、建物の方である。全部が全部ではなく、何の奇抜な飾り付けもないカジュアルでユージュアルな建物もそれなりにあった。が、それが却って、ジュエルをデコったりシュールなデザインで彩った物など、アートの道に踏み入れた建物の存在をより一層光らせていた。

 流石に、集合住宅の方はそこまで派手ではなかったが。と思ったら、城や砦みたいな形状の物もあった。しかしそれは、基礎部分のみで仕上がっており、やはり住人の手が加わったような違和感はない。これは、現代日本でも難なく建てられるだろう。費用はかかるし家賃も高いだろうが。


「わぁー……」

 と家々を眺めながらも、つい感嘆の声を上げてしまったのは、とある家の2階の窓から隣の窓へと橋が架かっている物件だった。

 きっと、お互いの部屋の住人は、仲が良いのだろう。幼馴染で、家族ぐるみの交流をしている。それも周知となって冷やかされたり恥じることなく……。などと妄想できてしまい、こっちが羞恥してくる。よし、気を取り直して、あっちの景色に集中だ!


「おおーぅ……」

 あっちには、お菓子の家があった。また、甘いもの関連で被ってしまった! 比喩の違いこそあるが。

 その出来栄えに、またしても心が奪われてしまう。なぜなら、普通は観賞用として、人形や妖精用サイズにコンパクトに組み立てられているそれが、人間用として辺りの家と変わらない大きさで鎮座していたからだ。

 扉は板チョコ。ドアノブや壁はクッキー。屋根は平たいタルトにフルーツの盛り合わせ。その上から生クリームが盛り付けられ、さらにグミやゼリーが 色とりどりに並べられている。窓は、水飴を固めたものだろうか。

 扉の上に、パイの看板にチョコレートソースで[魔女の家具屋]と書かれてるのを見るに、ここはどうやらお店のようだ。扉の傍には、四角いスティック菓子を支えに立てかけられたホワイトチョコに、キャラメルソースで注意書きが描けられてある。

[この店の商品は食べられないぞ! ヒッヒッヒッ]

 って、造り物かい! なるほどそれでこの店名か。


 中に入ると、カランカランと扉の上に取り付けられた金属製の小さな鐘が鳴った。その音を聴き、カウンターにいる店員の魔女が、

「いらっしゃいませー」

 と声を発する。

 魔女の正体は、白いスカラップの上に黒いワンピースを着た15歳ぐらいの少女だった。スカートはフリルを拵えふわりと広がり、ウェーブのかかった黒くて長い髪をおさげにした容姿は、この店の主のイメージとしては、若過ぎた。これで、この可愛い娘が人喰らいの化物だったら……いや、もしかしたらこっちがグレーデル側(利用される側)なのかも……いや、それにしては接客態度が普通過ぎる。

 などと思い巡らしたが、そもそも異世界の住人が、地球上で有名な童話のことを知っているはずが無い。すでにこの世界に転移または転生者がいて、吟遊詩人として語り継いでいる以外には。大体、この店内に、あからさまに怪しい大鍋の

姿は無い。従業員用の扉の向こうは知らないけど。

 店内に並べられているのは、多種多様なお菓子だった。正確には、お菓子の形をした家具である。

 ショートケーキの椅子。クッキーの机。そこに置かれたミルク色のティーセットは、生クリームを固めたものか本物か。触れてみるとその感じは、つるつるな陶磁器だった。

 ケーキの椅子の方は、土台は普通の黄色いスポンジだった。ただし、ふんだんに塗られた生クリームは、綿と言うより泡のようにふわふわだった。手についてもくっつくことなく、型崩れする事も無い。

 これは魔法製だろうか。どんな素材でできているのか。机も、表面は焼き菓子のようにザラザラだし。

 他にも、ホットケーキ風の座布団。プリンの……これも椅子だろうか。器はさながら足掛けで。マドレーヌはクッション。ジェラートは、何か光り輝いていて松明代わりになりそう。スフレやティラミスの台座。タルト生地の箱。ミルフィーユのマットレス。手乗りサイズのクロワッサンやゼリー、カップケーキのこれは、置物かな? 文鎮みたいな。

 どれも、まるで本物のような柔らかさで、見た目も合わさってお腹が空きそうになる。だけど、少し引っ張っても叩いても裂けたり指についたりすることはなく、その事実から、これが作り物なのだとわかってしまう。

 正気を保っているうちは微笑ましく見れる可愛い物だが、飢えている時に丸かじりしそうになると危険である。大体は大きさが違いすぎるけれど、小物系はヤバい。


「何か、気に入ったものはありましたか?」

 初めて入った魔法の店のウィンドウショッピングを満喫していると、店員の少女がにこやかに話し掛けてきた。

「そうですね。どれもクオリティが高くて、見ているだけでも楽しいです。やっぱり、これらも魔法製なんですか?」

 私がそう訊くと、店員さんは自慢げな笑みを浮かべた。

「ええ、そうですよ。これらの品々は、ほとんどあたしが作りました。なるべく本物に近い素材を研究して、本物に近い形状に魔法で精製。合成物も結構ありますね。苦労はしましたが、どれも自慢の一品です!」

「へぇー、そうなんですか。私は最初、ここは喫茶店か何かだと思ったんですけど、これはこれで素晴らしいです。ちなみに、本物のお菓子は置いてないんですか?」

 店員さんは、頬をポリポリとかいた。

「あはは……実は、料理の方は苦手でして……。食べる専門だったんですけど、それではお腹が膨れてしまうから、せめて見た目だけでもと思い、作り始めまして。そんなわけで、ダイエットのお供としても効果的ですよ」

 いや、それはどうだろうか。と、ここでちょっと気になることが出てきた。

「えっでも、魔法で何でも作れるなら、食べ物だって作れるのでは?」

 言ってから気づいたが、魔法で食べ物を生み出すというのは、何か禁忌に触れたり、割に合わない代償がある可能性があるかもしれなかった。

 店員さんも、その疑問には驚かれた。

「えっ。だって、食べ物を原子レベルから再構築のってとても複雑で大変で難しいでしょう。あんな、栄養価が数種類、微妙に含まれているものを1つも欠けずに精製するなんて。1つの単物質ならともかく、亜鉛やらタンパク質やらビタミンやらを正確に調整して肉や野菜を再現するなんて面倒すぎますよ。しかも、それで作れても食べて安全かどうか、美味しくできたかどうかって問題が残りますからね。そんな事するくらいなら、買ってきた物から普通に料理したほうが圧倒的にマシです!」

「な、なるほど……」

 どうやらできない理由は、世界のルールによる理不尽なものでは無く、もっとちゃんとした訳だった。


 そういえば、初めてこの世界の人間、門番さんに水素を出してみるように言われた時も、H2と言っていた。この世界では、科学的知識の普及については少なくとも現代日本並みに進んでいるらしい。魔法による精製も、原子レベルから行われているそうだ。その元となる陽子と中性子と電子を操るのが、この世界の魔法ということか。

 ならば、食べ物を作ることも、できる人にはできるかもしれないが、素人には荷が重いのも納得できる。単純な物質ならば何とか、見本通りに原子を組み立てられればイケるだろうが。

 ひょっとしたら、それはこの世界の常識かもしれない。しかし、わざわざそれを突っ込む店員さんではなかった。

 代わりに、店員さんは別のことを訊いてきた。

「ところで、ご予算の方はおいくらでしょうか?」

 唐突に、そんなことを訊いてきた。

 普通はそういうのは、もっとオブラートに包んだ訊き方があるのかも知れないが、この少女はまだそこまで商売上手ではなかった。

 それよりも、その質問に私は困ってしまった。なにせ、この世界に来てからまだ一度も、通貨を見たことがない。幸いにも入国税も要求されなかったから、国の中にいることはできたが。

 だからといって、誤魔化す術も必要もない。まだ、何を買うとも言ってないのだから。なので、私は正直に申告した。

「あ……ごめんなさい。実は私、持ち合わせがなくて……」

 それを聞いた店員さんは、

「あらあら、そうでしたか。うーん……そうですねぇ。でしたら、今回は気に入った物を選んで頂いて、後日お金が貯まりましたら、またいらしてください。この通りの先にハンターギルドがありますから、そこでなら、お時間がありましたら10歳以上から簡単な依頼を受けられますので。頑張って稼いで、うちの商品を癒やしグッズの1つとしてぜひお買い求めください」

 と、最初は面食らって、顎に人差し指を当て考えていたが、仕事を勧めつつしっかりと接客対応していた。

「そうですね……うん、そうします」

 私はそう言って、一通り店内の商品を見渡したあと、その店を出た。

 何はともあれ、まずは金だ。

 観光に気を取られてしまい、重要なことを忘れていたが、今からでもその問題はどうにかするしかない。

 まだ、日は高い。

 私は、なるべくこれ以上手遅れにならないうちに足早にハンターギルドを探した。

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