異世界
体にそよ風が当たるのを感じ、真っ暗に閉ざされた瞼を開けてみる。
そこには、上に果てなく世界を覆う青空と、辺りの地面に短く広がる雑草、私の立つ位置を中心に真っ直ぐ伸びた剥き出しの土からなる道、その先にある石造りの煉瓦で隔たれた壁に取り付けられた巨大な金網式の門が見えた。よく見ると、石壁の向こうには赤い屋根が並び、更に奥には一際高くそびえ立つ、同じ赤い屋根の塔が何本か見える。あれは、王城や教会だろうか。
にしても、なぜ、こんな辺鄙なところに私はいるのか。確かさっきまで、私の通う学校の、放課後で他に誰もいなくなった教室で静かに黄昏れていたはずである。
ああ。そういえば、そんなところに一人の女子がやって来たんだっけ。私のことが物珍しかったからか、私に話しかけてきて、適当に返事してたら、急に新世界の神になりたいなどと宣って、やれるもんならやってみろと言ったら、何やら暗示みたいなのを唱えられて……そこから先は、現在に至るまでどうなったかよく覚えてない。
ひょっとしたら、大事な記憶も抜け落ちているのではないか。私に関する重大なこととか。だとしたら、怖い。
ええと、私は浅利純花。16歳の女子高生。両親は健在で共働き。兄弟姉妹は無し。人付き合いは苦手な方。読書のほうが好き。うん、そのくらい覚えられていれば大丈夫だろう。
【もしもーし! 聴こえますかー?】
どこからともなく、聞いたの事のある女子の高い声が聞こえる。周りに人は居ないし、発信源は空からでも、地中からでも、地平線からでもない。まさか、こいつ直接脳内に……!
「聞こえてるよ。なに?」
とりあえず、冷静に返事をする。
【ああ、良かった。どうやらわたしの異世界転移は成功したみたいだね。ようこそ、わたしの創った世界へ。初めてだから色々至らないところもあるかもしれないけれど、楽しんでもらえたら嬉しいな!】
声の主はやっぱり、さっき私に新世界の神になりたいと言ってた奴だった。
「……で、あんたの世界に取り込まれた私は、これからどうなるわけ?」
まさか、もう帰れないなんてことは無いだろうな。
【えっと、基本的には、まずは目の前にある国に行って、誰かに会って、色々アドバイスを貰いながら生活していって、色んな人と交流を積み重ねて青春してってくれたらOKだよ。特に、その世界には魔法も魔物も有りから、その辺りを重点的にね。ちなみに、わたしからは今回のこと意外、ほとんど説明するつもり無いから】
なんというか、まあ良くある設定である。今時そんな、有り触れ過ぎた世界を作って大丈夫なんだろうか。
「魔法に魔物ね。で、私はどんな魔法が使えるの?」
炎水地風光闇。この世界の基準がどうだか知らないが、一応それぐらいは知っておきたい。自分に関連する事柄の一つなのだから。
【あーそれね。無いよ】
「え?」
え、今なんて? 無いって言った?
【あなたは、この地球から直接やってきた設定ってことにしたいから、あなただけは、魔法は一切使えないってことでよろしく】
「ええー!」
なんじゃそりゃ。普通ならそこは、チートの1つや2つ与えられてもいいところなのに。いや、もしかしたらそんなところで差別化を図ろうとしているのか逆に。
【まあ、大丈夫だよ。ここの近くにある国の人達は優しい人も多いし、なんとかなるって】
そんな無責任な。いや、この世界を管理してて私を招待したのだから、そうでもないのか?
【じゃ、とりあえず頑張ってね。あっ、そうそう。言い忘れてたことがあった! えっとね、わたしの声は、この世界にはあなた以外の人には聞こえてないから。別にわざわざ声にして言わなくても、思うだけでわたしに伝えることはできるよ。必要であれば、神の権限使って要望にもできる限り答えるから。でも、もちろん重要な要素とか答えるつもりはないよ! それともう1つ。あなたは死んだわけでも事故にあったわけでも無くって、いつでも現実の世界に帰って来ることはできるからね。その間、このわたしの世界の時間は、再び戻って来るまで止まってるっていう設定だから、よろしく! それじゃあね!】
それだけ言って、声は聞こえなくなった。
しばらく、私の置かれた今のこの状況を飲み込むべく、立ち尽くした後、
「ふぅー」
と、ひとまず溜め息を吐き、とりあえず自称神に言われた通り、近くの国へと歩み始めることにした。