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時代遅れの異世界転移  作者: 卯沙戯 有栖
第一章
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新世界の神(自称)

「ふぅー……」

 放課後になっても帰らずに教室に居残り、読みかけのネット小説をやっと読破した私は、およそ百分ぶりにスマホから目を放した。

 明かりはまだ点いているが、もうここには私しかいない。

 窓の外を見れば、茜色の光が世界を覆いつくしている。帰りのSHR(ショートホームルーム)が終わったことはまだ明るかった青空も、あと少しもすれば今日の役目を終えるように暗い色に染まり始めるだろう。そろそろ帰らねば。


 そう思い、使い古された鞄を持って席を立……とうとした時に、教室の扉からこちらをじっと見ている女子生徒の存在に気づいた。

 気のせい、だと思いたかったが、相手も私と目が合って動揺している。

名前も顔も知らない。他のクラスの人か?

「あの……なにか?」

 私は、眉をしかめて声をかける。

 すると不審者は、はっとして誤魔化し笑いをしながら教室に入ってきた。

「いやー、何か夢中でスマホ見てたから、何か読んでるのかなぁって」

「はあ……」

 たかがその程度、そんなに気になるものだろうか。そう思っていると、女子は私の前の席に座った。

「で、何読んでたの?」

「……別に、ただのネット小説だよ」

 相手するのも面倒くさかったが、訊かれたので渋々答える。

「あ、やっぱり小説読んでたの!? ねえねえ、どんなの?」

 しまった。食いつかれてしまった。

「どんなのって……よくあるやつだよ。異世界転生もの」

 さらに言えば、悪役令嬢者だったりチート持ち異世界冒険者だったり。

「異世界! そっかあ……」

 なんかしみじみとこちらを見つめている。なぜその反応なのか。意味が分からない。

「で、それがいったい何なの」

 なので、私は訊き返してやった。

「あ、ごめんね。いきなり変なこと訊いて。いやー実はわたし、新世界の神になろうかなーって思ってて」

「はあ!?」

 なに、今は昔の某テロリストみたいな願望もってるんだ。冗談か。そういう受け狙いか。

「正確に言うと、小説書いてみよっかなーって思ってて……」

 こちらの反応も露知らずに、照れくさそうに笑う、自称神候補。

「え……小説書いて、新世界の神になろうって? ……その小説の内容って」

 まさか、こいつ、そのつもりなのか?

「うん! ちょっと異世界転移ものでも書こうかなーって」

「はあああああああーー!!??」

 いやいや、今さらかよ!


「あんた、今からそんなありきたりなの書く気? どうせだったらもっと別のジャンル書きなさいよ」

 なぜ、よりにもよってこの期に及んで異世界転生もの……。こいつ、あれなのか。ぼっちで根暗で友達もいなくて家族仲も悪くてもういっそトラックに引かれて死んでしまいたいとでも思ってる、可哀想な奴なのか? おまけに流行に乗り遅れた奴。

「だ……だって、今書きたいのって、それしかないんだもん」

 私に詰問されて、口を尖らせて返事してる。

「だからって……。その手のジャンル、一体いつからあると思ってんの? もう数年前から爆発的に流行ってから、既に何十万というタイトルがあるのに? もはやありきたり過ぎて。溢れ返っちゃってるわよ。しかも、それがみんなの目に触れるの、どれぐらい経つと思ってるの? 少なくても、運が良くて3年ぐらいはかかるのに! さすがに今からやってそんなに経っちゃったら、いい加減ブームもとっくに過ぎ去って、だれも見向きしないよ!」

 私は現実を知らない目の前の女子を相手に捲くし立てる。それぐらいの高い競争率、長すぎる期間があるのだ。今だって、まだ保てているのが不思議なくらいだ。

「そ、そんなこと言ったって……。だいたい、まだ連載中の作品もいっぱいあるじゃない!」

 生意気な反論が返ってくる。

「そりゃあ、有名どころや長期連載中の奴はまだまだ完結するには早いもの。でも、今時読まれているのってそれぐらいでしょう。無名の新人が入るには、遅過ぎよ。きっと誰も見向きもされない可能性が高いわ」

 まったく、無謀もいいところだ。

「うぅ……そんなこと言われても、書きたいものは、書きたいんだもん。書いて、皆の目に触れてもらって、生きている意味とか、必要とされている実感を味わいたいんだもん」

 等身大の自分に慣れなかった子供みたいなわがままに、溜息が漏れる。

「はぁー……。小説書きたいと言ってる割には、語彙力低いわね。そんなんで大丈夫なの?」

「だっ、大丈夫だよ。わたしコミュ力はゴミかもしれないけれど、話す時と書く時じゃ頭の回転が違うんだから」

「ふーん?」

 まあ、それはあるかもしれないけど。

「それに、いざとなったら類語辞典とかあるし!」

「…………」

 まあ、それもありかもしれないけど。


 必死の反論の勢いのままに、目の前の女子は言い出す。

「とにかく! たとえ時代遅れでも全然人気出そうになくても、わたしはやってみたいの!」

「はいはい。……まあ、ご自由に」

 思わず警告しちゃったけれど、それでもやるというのなら、私が止める義理はない。

「で、決めたんだ! あなたを、わたしの小説の主人公にしようって」

「……はあっ!?」

 待って。突然、何を言い出すんだ。

「ちょっと根暗っぽくてやれやれ系なのが難点だけど、この際それでも面白そうかなーって」

「いやいやいやいや」

 私かい! 私の方がっ……その、可哀想な奴に見られてたのかい!

 そりゃあ、私は他人の愚痴とか流行り物とかアニメやゲームの話題すら興味ないし。私も愚痴が無いわけじゃないが、わざわざ口にして同情されて共感することに意味を見いだせない。女子なのに。

 それよりかは、相手の価値観とか気にせずズバズバと切り捨てる覚悟で物言いたいタイプだし。でも無闇にそうして相手を傷つけたり、余計な所まで空気悪くする事はしたくないから、基本的に曖昧な返事をしている。

 だいたい、周りにいる人って、なんかそういうこと言うと「まあまあ。でも周りの人に話を合わせるために、テレビのこととか流行とか知っておいたほうがいいよ!」と言われそうだけど、知りたくもないことを無理に知ることは許容できない。

 そっちが合わせるように勧めるなら私の方にも譲歩してくれ。……と思ったことはあるが、よくよく考えてみたら、その行為は自分の不利益に繋がる可能性があった。

 なぜなら、人は基本的に、自分の流れたい所に流れるものだからだ。


 仮に譲歩してくれたとしても、おそらく私が思っていたほどにはやらない。ちょっと触ってみた程度がせいぜいだろう。そして、それは私も同様である。

 そこで、事の難しさに気づいて諦めるのならマシな方である。

 だが、大抵は、共感することが当たり前で至上だと思っている人達はには、私の事は難しくて理解できなかったけれど、自分達の方は簡単だろうと、それまでの自分に合った、馴染んだ経験から考える。

 それでも私が理解に渋っていると、なぜ分からないのかと訝しむ。分かる気がないだけじゃないのかと憤慨する。最悪の場合、伝家の宝刀「あなたのためを思って」を持ち出して脅迫してくる。

 どの道、そういう共感をしたがる人達が私にすることは、ただの侵略行為しかない。まともに関われば、私の趣向を無視してずるずると引き込まれる。

 そう思うから、私は望んでその辺の人と関わることはない。

 まあ、そう言う態度を貫いているせいか、今では誰も私に話しかける事も無くなり、一人気ままな時間を過ごすことが多くなったが。


 あれ? それってつまり、やっぱり私が、ありきたりでありふれてしまった捻くれ根暗系主人公になるってこと……?

 このままだと、この娘は私のせいで、夢を断つことに……?

 それは、ちょっと……。いや、かなり…………。





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