聞いてないよ。その4
ドアの先は、不良いや、野獣に襟首を掴まれてる親父。
そして、フワフワとした雰囲気を持つ女性が、困り顔で、二人の成り行きを見ているというなんとも言い難い光景だった。
「ったく、どうゆうつもりよ。学校に行ったら、ミズキの転校手続きが完了してるって!しかも先月に勝手に済ませたですってぇ? ふざけんじゃねぇわよ。このくそ親父!」
「あっ茜落ち着いて!桃ちゃん助けて〜」
「そう言われても、多分みっくんの自業自得だと思う」
一瞬ポカンとなっていたミズキと高橋くんだが、二人は、目配せをして、茜の確保に取り掛かった。
「姉さん、落ち着いて。ここは他所の家だから」
「先生、落ち着いてください」
二人の声に、茜は、父親から手を離した。
その隙をついて、父親は、先程「桃ちゃん」と呼んでいた女性の側に座わった。
「茜ちゃん。落ち着いた?」
「ええまあ。お騒がせしてすみません。桃子さん」
茜は、不承不承ながらも、ストンと座り、用意されていたお茶をグーッと一気飲みし、はあっと一息ついたが、怒りは収まってはない様子で、父親を睨んだままだ。
一方。茜が落ち着いた所を見計らい、ツインテールっ子は、桃子に事情説明を求めた。
「なあ、母さん一体どういう事なんだよ。家に帰ったらポツンとこの子立ってるし。何がなんだか」
「あー、真央ちゃんうん。ごめん。私も事情がよく分かってないんだ」
「あたしから説明します」
「そうして茜ちゃん」
茜は、ため息をつくと説明を始めた。
「まずは、あたし達の名前言わなきゃ。あたしは、佐藤茜で、この子が妹のミズキ。そこのバカなおっさんが、父の道春です。ちなみに、うちのくそ親父が、桃子さんといとこ同士なの」
「茜。くそ親父は、酷くない?」
「お黙り。くそ親父!あんたが、いらない事するから、ややこしい事になってるんでしょ!」
茜は、眉間に手を当てながら、説明を再開した。
「あのね、話すと長くなるけど、うちの父が来月から転勤で北海道へ行くのよ。
それだけなら別にいいんだけど。あたし婚約者の海外赴任が決まったのよ。急遽あたしも行く事になってさ。そしたら、この子一人になるからって言ってたら、桃子さんが、うちで預かってあげるって言ってくれたのね。来月初めから、こっちの中学通うようにって事で、ミズキと話してたのに。このくそ親父ときたら、来週から通うようにしてやがんのよ。信じられないわ」
―――むちゃくちゃだ!
佐藤姉妹の父親道春と茜を除く全員が、そう思った。
一方、茜は、ギロリと父親を睨んでいた。無言で、このむちゃくちゃな行為について、弁解を求めてるようだ。
一分位の沈黙の後、道春は、観念したらしく、口を開く。ただ、その顔は、子供のように、膨れっ面だ。
「だって、高橋くんのお父さんが離婚成立したのと、ご実家の稼業手伝う事になって、実家に引っ越すって話聞いてさ。ミズキと離れたら可哀想かなって思ったんだもん」
「だからって、一ヶ月我慢したら会えるんだから別に、そこまでしなくてもいいでしょ」
茜は、父の発言にツッコミを入れたが、肝心の道春は、全く聞いちゃいない。いや、聞く気ゼロで、両耳を塞いで、つーんとそっぽを向いてる。
茜は、道春の態度に舌打ちをしたが、
睨むだけで、何もいわない。
「まあ、もう転校手続き済んでるんだよね。だったら、いいよ。僕、今日からここで、お世話になるんでしょ」
ミズキは、特に怒った様子もなく淡々とそう言った。
茜は、何か言いたげにしてたが、それ以上何も言わない。
ーーー
「じゃあ、桃子さん真央ちゃん。ミズキの事よろしくお願いします」
夕方、ミズキの荷物を整理すると茜は、二人に挨拶して道春を引っ張り連れて帰った。
ツインテールっ子ーー長谷川真央は、ミズキに充てがわれた部屋のドアをノックする。
「どうぞ」
返事するミズキの声がどこかしょんぼりしていた。
「入るぞ」
真央は、ミズキの部屋に入ると話をはじめる。
「なあ、なんて呼んだらいいんだよ。お前の事」
「普通に呼びすてでいい」
「そっか。ミズキ大変だな。色々と。
ぶっ飛んだ親だと」
「まあ、確かに色々へんたじゃなくて、変人だからね」
「言っとくけど、うちの母さんも変人だからな気を付てな。」
「うん。なんだか分からないけど。これからよろしくね。真央と呼びすてにしても、平気?」
「ああ、大丈夫だせ。こっちこそ、よろしくな」
二人は、握手をかわした。
この時は、真央もミズキも仲良くなれそうだと呑気に考えていた。
だが、真央には、自身とある一匹の猫に重大な秘密があるという事を忘れていた。
またミズキも、人には言えない秘密を抱えていた事をすっかりと忘れていたのだった。