第3話 勇者の血
魔王討伐から2年後、ブライは師匠のオグリの下で魔法の鍛錬をしていた。
「平和な世になったというのに良くやるのうブライ」
背の小さなこの初老の男は大賢者と呼ばれるオグリ。先々代の勇者の仲間ではあったが、魔王の復活していない世の中で、他国との戦争の際や、悪党の退治に活躍し、先代勇者やブライに魔法を教示している。マヤノの祖父でもあり、マヤノの父である息子は先代勇者と共魔王討伐の際に倒れた。
「元の世界に帰る方法もまだ見つからないっていうし、暇なんだよね」
この世界はゲームの様にレベルのカンストはなく、鍛錬すれば強くなり続ける。老いでの体力低下はあるが、魔力は別、現に魔王を倒したブライといえど、純粋な魔法の手合わせではオグリの足元にも及ばない。
「ところでブライよ、ローレル姫が妊娠したらしいのう。お前はいつ跡継ぎができるんじゃ?このまま童貞だと、魔王を倒したのに勇者の血が途絶えてしまうぞ?」
オグリは嫌な笑みを浮かべブライに言い放った。
「おいジジイ、今何て言った?」
「童貞勇者ブライ(笑)」
「よーし、わかった。魔王の次は大賢者討伐だな。」
と、2人がコントを行っている中、上品な馬と共に王国兵がやってきた。
「探しましたぞブライ殿!これはこれは、オグリ様もご一緒でしたか。」
オグリは素っ気無く返事をした。
「今夜ローレル様の妊娠を祝して、王宮で祝宴を行います。マヤノ殿は来れないのですが、グルケト殿とライシャ殿もいらっしゃいますので、ブライ殿もぜひ出席していただきたいと、王が所望しております。」
マヤノはあの結婚式の後、世界各地を転々とし、魔法を教示しつつ魔法医療を行って回っているらしい。
「えー、急に言われてもなー」
断る理由も無かったが、暇人と思われたくもないので一度渋る。
「ま、久々にグルケト達の顔も見たいし、行くかな!」
「ありがとうございます。友好国の要人もいらっしゃいますので、くれぐれも武装せずに正装でお願いいたします。」
「はいよ~」
・・・
夜
「じいさんは行かないの?」
タキシードに着替えたブライは尋ねる。
「わしはに賑やかな場所は苦手でな。王宮に知り合いも少ないのでな」
「そうか、美味しいもの食べるチャンスなのにもったいない」
「嫁さんが見つかるとええのう」
オグリはブライの下心を見透かしていた。近隣国家からも人が来るとなればまだ会ったことない女性もいるはず。ブライはそこでの出会いに賭けていた。
「ぐっ・・・まあいいや。行ってくるよ」
「のうブライよ。」
「ん?」
「・・・いや、何でもない。気をつけてな。」
「おう!明日また来るわ!」
不安そうな、寂しそうな目でブライを見送るオグリ
-ラムタ宮殿-
「今宵はバルフェロとわが娘ローレルの懐妊祝いによくぞ集まってくれた。存分に楽しんでいってくれ」
王の挨拶もそこそこに宴は始まったが、王国兵が殆どで、他国からの客人は少ない。まして若い女は全くいない。
「くっそー、考えが甘かった・・・」
宴も終わりを迎え、ブライは帰ろうという時、男に声をかけられた。
「ブライ殿、王がお話があるそうなので、奥の間へ来ていただけますか?」
なんだろ?手土産くれるのかな?軽い気持ちで男に付いて奥の間へと案内された。
中には王だけではなく、グルケト、ライシャ、数人の兵士とバルフェロ、ローレル、他に王宮騎士団の団長のノーザン、王宮魔術師団長のサイレスがいた。この2人はグルケトやライシャ程ではないものの、相当な腕だと聞く。
「おお、来たかブライ、まずは今日の祝宴への参加、礼を言う」
「いえ、このようなめでたい席に参加させて頂きありがとうございます。」
柄にもなく丁寧に答える。
「知っての通りローレルはバルフェロとの子を授かった。わしとしてはブライを王家に迎え入れ、ローレルには勇者を産んでほしかったんだが、すまなかったのう。」
バルフェロのいる前で生々しい事をいう爺さんだなとブライは思ったが黙って聞いていた。
「転生召喚もそうだが、わが国が魔法研究国家なのは知っているな?勇者という存在は勇者の実子、もしくは異世界から召喚しなくてはならない。しかし召喚で勇者を呼べる確率は極めて低い。現にお主を召喚するのにも幾度となく失敗があった」
真剣な表情で王は続ける。
「勇者の子はあきらめようと思っていたのだが、書庫の伝記から判明した事実があってな。妊娠中の者が勇者の肉を喰らえば生まれてくる子は勇者の血を引き継ぐというな。」
ラムタ王は不気味な笑顔で言い放つ。
「ブライよ悪く思うな」
は?どういうこ事だ?勇者・・・俺を食べる?
「御冗談を・・・」
王から距離をとるが、後ろのノーザン、サイレスから殺気を感じる
「マジか・・・クッ、グルケト!ライシャ!気をつけろ!」
グルケト、ライシャが武器を取り出す。
ここで違和感に気づけなかった時点で俺の運命は詰んでいた。武装禁止の宴で武器を持っていたのはなぜだ?
ライシャの炎に包まれ、グルケトの斧をなんとかかわすも、バルフェロの槍で貫かれる。
「よっしゃあ!」
急所はずれたが、絶体絶命なことに変わりはない。魔王討伐メンバー2人、王宮最強の2人、兵士数十人に囲まれてこっちは丸腰
「なんでこんなことをするんだ!グルケト、ライシャまで!」
「悪いなブライ、俺たちは裕福でなくてな、協力すれば末代まで援助してくれるっていうからよ。すまんな。」
グルケトは悪びれる様子もなく謝罪の言葉を述べる
「アンタモテないじゃない?勇者の血がここで途絶えるのも勿体ないじゃない?だからあたしたちがそれを阻止するの。魔王討伐より大事な事じゃない?」
自分が正しいことをしているんだと言わんばかりのライシャ。
「ブライ様、あなたのは私の中でずっと生き続けますわ。せめて苦しまないよう、抵抗するのはおやめください。」
純粋に、聖母の様な表情でローレルも言う。
いつの間にか魔封じがかけられているのか、転移魔法で逃げることもできない。回復もできず、攻撃魔法で応戦することも不可能。
「万事休すか・・・」
目の前の強大な敵たち、仲間だった者、婚約者だった者、全てが魔物よりも醜いものに見えてきた。しかし、あらがう力はもう無い。
「元の世界・・・帰りたかったなぁ」
「とどめは私が・・・」
バルフェロは槍に力を込めた。
・・・魔王を倒した男がただの雑兵だった者に殺されるとはな。
ブライがは死を覚悟し、バルフェロが槍を突き立てた次の瞬間
「ぎゃああああああ!腕が!俺の腕がぁぁぁぁ!」
バルフェロの腕ごと槍は後ろに飛んでいき、ブライはそれを上から見下ろしていた。
「なんだ?俺は死んで魂になったのか?」
「たわけ」
声の主はオグリだった。ブライが殺されるその刹那、バルフェロの腕を吹き飛ばし、ブライを抱えて浮遊魔法で宙に浮いていたのだ。
「ラムタ王よ、こんな事はやっぱりやめんか?前王は己の欲で人を殺めるような者ではなかったぞ」
「誰かと思えば伝説の大賢者様ではないですか。私が王に就いて去っていった方が何の御用で?」
「老人のお節介じゃよ」
「なるほど。しかし大賢者といえど、この場を1人でどうにかできるとでも?」
王の言う通り、王宮にいる戦力は現状だと正直言って世界最強に等しい。オグリといえど手負いの勇者を守りながら戦局をひっくり返せる可能性は、無い。
「どうかのう?まぁ、やるだけやってみるわい」
そういうとオグリは魔力の爆発を起こした、部屋中に爆煙が広がる。
「へへ、俺たちを舐めてんのか?こんな魔法効かねーっての」
王や王女、兵士たちはサイレスの魔法障壁によって守られ、今の爆発はせいぜい目くらましになる程度であった。だがそれこそがオグリの狙いでもあった。
「愚か者!逃げられたぞ!追うのだ!」
王はいち早く異変に気付いた。オグリ達が浮いていたところに2人の姿はなく、窓が割れていた。
「ふう、うまくいったのう。」
「すげぇな・・・でも、これからどうするんだ?俺が回復しても2人で勝てる?」
ブライはオグリによって回復され、全快までいかずとも状態は良くなっていた。
「まず勝てんな。数が多すぎる、地の利は向こうが上、逃げるのも不可能じゃな」
オグリは笑顔で言う
「ええ・・・じゃあどうするの?」
そうこうしているうちに岸壁に着いた。後ろには2人を追う明かりが大量にこちらへ向かっている
「ブライよ、すまなかったな。今日こうなることは何となく予感していたが、わし一人ではどうにもならん。」
「なんだよ改まって」
少しの沈黙の後、オグリはブライに手をかざす。
「こうするしかあるまい」
「は?」
そういうとオグリはブライに石化魔法をかけた。持っている魔力全てを使って。
ブライは石と化し、オグリはそのままブライを谷底の川へ突き落した。
「苦労かけるのう。500年後に復活する魔王も、ブライ、お主が倒してくれ。」
そう言い残しオグリは王宮の方向へと戻って行った・・・