八
「本討伐作戦は、ギルド組合と冒険者組織と合同で行われる」
討伐隊に参加する者が集まった会場で、軍部による説明会が開かれていた。
「本来なら国の組織である軍とギルド組合とで事に当たるのだが、地震の影響は西部でも酷く、軍はその対応と国境付近の守備で人手が足りていない。そこで民間の冒険者組織と、諸君ら討伐隊に依頼することとなった」
猿類型の討伐隊で指揮官だった軍人だ。彼もまた指揮官として派遣されるらしい。
「現地ではすでに作戦を開始しているギルド組合と冒険者組織によって警戒と討伐が行われているが、依然として魔物の目撃が続いている。さらに、昨日新たに入った情報によると、大型のヤマシシ種が一頭確認された」
会場がどよめいた。
「その大型のヤマシシ種は両組織で対応し、損害は出たものの一度撃退している。しかし、まだ討伐には至っておらず現在も捜索が続いている。さらに、他にも大型種がいる可能性もあり、諸君らも注意して捜索してもらいたい」
大型種は危険度の高い魔物が分類される。これまで国内で確認された例としては、最小で十尺(三メートル)程度、最大で数百尺のものもいたという。
大きさだけでなく凶暴さや強さも相当なもので、比較的目撃例の多いヤマシシ種やベア種でも、中型以上の討伐が専門の冒険者組織が数十人規模でかかって、損害を受けながらどうにか討伐できるくらいなのだ。
今回の遠征は相当危険なものになるだろう。腕自慢が集まっているようだが、不安の声もちらほらと上がっていた。
当然、俺は大型種に出会ったことはない。そもそも滅多に現れることのない魔物なのだ。普通に人里で暮らしていたら見かけることはまずない。だいたいが山の奥地や森林の奥など、人がほとんど立ち入らない大自然の中で生息していると言われているのだから。
その後も細かな説明が続き、日が暮れるころに三日後の出発を言い渡され解散した。
「今回もエイユが隊長か。安心できるねぇ」
愉快そうにフェンが肩に肘を置いてきた。
「あんまり隊長はやりたくないんだけどな」
人を動かすのは得意ではないし好きでもない。できればやりたくない仕事だ。
猿類型の討伐隊での功績によって軍部にも顔を覚えられていて、有無を言わさず一部隊の長を任されてしまった。向こうについてから各組織と合同で行う会議にも参加するよう要請されていた。
俺とフェンは、討伐に向けて、装備の準備に取り掛かっていた。ノーリにもらった剣では、大型と戦うには心もとない。槍と弓を用意しておいた。
現地では、大型に限らずどんな魔物が現れるか分からない。大山脈の魔物ともなると、平野部のものとは種類も大分違うだろう。剣一本では命取りになりかねない。槍はあまり慣れていないが、弓なら子どものころから狩りで使ってきてそれなりの自信はある。もしものために持っておきたかった。
「そんなに色々使いこなせるのか?」
フェンは投げ礫のみで行くらしい。慣れた武器だけのほうが、身軽に動くフェンには合っているのだろう。
それに、フェンの投げ礫は魔物ですら即死級の威力だ。下手な武器を使うより間違いない。
「得意な武器ってわけでもないけど、間合いに入り込めないような魔物が出てきた場合に、中距離と遠距離で戦える武器は持っておきたいんだ。飛行型が出てきたら、剣じゃ話にならないしな」
「ん~まあ確かに」
「邪魔になったら捨てれば良いし」
「いやそれはもったいないって!」
フェンはそう言うが、魔物との戦闘では一つの過ちが死につながる。武器が邪魔になれば捨てるし、必要なら死んでしまった者から借りたりもするだろう。
状況に応じて柔軟に対応できるようにしておきたかった。
準備を整え、出発の日を迎えた。
それぞれの隊で顔合わせが行われる。俺の部隊は、フェンとゴートというかなり大柄の棒術使いと、軽装の槍使いのセト、フードを被った女の弓兵ユイの五人だ。
前衛が多めだが、基本は腕自慢が集まる即席部隊だから、こんなものだろう。実際の連携や位置取りは小型との戦闘で慣らしながら確かめていくことになるはずだ。
顔合わせが済み、軍部からの簡単な説明があった後、討伐隊は首都を出発した。
西の大山脈まで一週間の距離。
向こうについてからは忙しくなるだろう。
作戦は順調に行われた。討伐隊は被害の出ている一番遠くの村周辺で捜索を行うことになり、すでに五日ほど周辺で任務についていた。
棲み処を失い気が立っている大山脈の魔物は、人型をみかけるとすぐに襲い掛かってきた。
魔物同士でも争いが起きており、新たな縄張りを獲得するための熾烈な競争が、大山脈から降りてきた魔物の間で始まっているのだ。
平野は秩序が乱れ、混沌としていた。
在来の魔物と大山脈由来の魔物の見分けは簡単だった。
もとから平野に住んでいた在来種の情報はすでに共有され、むやみに討伐することはない。また彼らは大山脈由来の魔物との闘争に敗れて縄張りを奪われ、俺たち人型をみかけても怯えて逃げ出すのだ。
こちらに向かってくる魔物のほとんどが平野で見たことのないような種ばかりで、討伐するのはそれらの凶暴な魔物のみとなる。
むやみに魔物を討伐しすぎることは、自然界の均衡を崩すことになったり、資源の消失や不足につながる。国の法律でも、魔物の過剰な討伐は禁忌とされていた。
だからこそ国が組織し運営しているギルド組合が小型と中型の討伐や狩猟のほとんどを行い、その皮や肉やといった資源の収集と分配を担って調整を図っている。
並の戦力では太刀打ちできないような大型種や竜種といった危険な魔物は、ギルド組合ではなく民間で組織されている腕利きが集まった冒険者組織によって討伐される。
冒険者組織もそこに所属する冒険者も、国に認められた組織ではないが、国営機関では太刀打ちできない魔物を討伐できる貴重な存在として黙認されているのが現状だ。
今回のように非常事態で一刻も早く事態を鎮静化させる必要がある場合は、ギルド組合だけでは手が足りない場合もあり、軍が出動したり、冒険者組織に依頼したり、俺たちのような討伐隊を募集したりする。
やむを得ないことではあるが魔物を過剰に討伐することになってしまうため、できる限り在来の魔物に手を出さないようにという通達が回っていた。
「さすがに数が多いな」
牙を剥いて飛びかかってきた魔物を斬りすてる
今日までで、すでに百頭は遭遇した。
「いったん休憩しよう」
今は村から少し離れた丘で捜索をしていた。
弓兵のユイが見張りに立ち、ほかの四人は木陰で休む。
彼女は眼が良い。俺たちでははっきりと見えないようなものでも視認する驚異的な視力を持っている。見張りも交代で行ってはいるが、いつも進んで担ってくれるのだ。
平野を見下ろすと、点々と捜索をしている討伐隊の部隊が見える。どこも順調そうだ。
「討伐数によって報酬が変わるというだけあって、ほかの隊も張り切っておりますな」
棒使いのゴートだ。
「我々はのんびりいきましょう」
槍についた血などを丁寧にふき取りながらセトが言うと、フェンが同調した。
今回の報酬は基本報酬に、魔物の討伐数に応じた追加報酬が加算される。それで、各隊はもう五日目だというのに、疲れをものともせずに討伐に励んでいた。
俺の隊は、全員基本報酬で十分という者ばかりだったので、追加報酬ではなく安全を優先させていた。基本報酬だけでも結構な額だし、討伐に張り切って負傷していては意味がない。焦ると事故につながる。
とはいて、隊を組んだフェン以外の三人も相当な戦士だ。一度中型のヤマシシ種と遭遇したが、ゴートが自慢の鉄棒で一撃で頭を打ち砕いて倒してしまった。彼の鉄棒はかなり重く、並の人間では持ち運べないような代物である。
それを軽快に振り回して魔物をなぎ倒していく。
セトは五日間の戦闘で、前衛にいて何頭も魔物を倒しながら、一度も自身は攻撃を受けていなかった。あえて重い鎧をまとわず軽装にしているのは、動きを軽くするためだそうだ。その自信の通り、魔物は彼に近づく前に槍に突き殺されていく。
俺も槍を持ってきていたので、休息の合間などにセトに軽い訓練をしてもらっていた。
ユイはあまりしゃべらないし無口だが、弓の腕がすさまじい。狙えば魔物の目や弱点の眉間などを正確に射抜く技術を持っている。どれだけ動いても疲れを見せないし、放っている気配もかなり濃かった。
後衛で彼女とフェンが控えてくれているという安心感のおかげで、俺たち前衛は存分に魔物との戦闘に集中できるのだ。
厄介な魔物と遭遇した時は、フェンも前衛に出てきて四人でかく乱する。魔物の隙を作ると、その隙を逃さずに確実にユイが魔物の目を射抜いていく。
視界を奪われた魔物を仕留めるのは容易だった。
なかなかバランスのいい編成だ。
連日の戦闘の間に、連携も十分とれるようになった。
「エイユ殿が隊長でよかったですな。部隊がうまくまとまれて、気持ちよく戦闘ができます」
がははとゴートが笑った。
もう何回もゴートにそれを言われている。同じ話が好きなやつだった。そして、必ずセトが同調する。
「まったくですね。楽で楽で、ありがたい」
「お前らおんなじ話ばっかだな」
フェンがあきれている。
「おやぁ、そうでしたかな。これは失敬」
もう慣れたので、適当に流していた。
余裕があるのは良いことだった。全員気楽にしているが、油断はしていない。良い感じに力を抜いて、戦闘と休息を分けている。
「みんな」
しばらくフェンたちが談笑しているのを聞きながら空を眺めていると、ユイが声をかけてきた。
「あそこ」
西の平野を指さす。
全員立ちあがって、ユイの指さした方向を見る。
ぽつりぽつりと魔物や討伐隊が見える。そのかなり先。森のほうから何かが出てきた。
遠目でもわかる。
かなり巨体の魔物だ。
「大型ですな」
あの図体なら間違いない。
四足歩行に巨大な反り返った二本の牙。特徴的な鼻。ヤマシシ種だ。
「傷を負ってる」
ユイは目が良い。細かなところまで見ていた。
「先日現れて撃退したっていう大型種か」
「可能性はありますね」
セトは言いながらすでに槍を構えている。
「やりますかな?」
ゴートも鉄棒をつかみ、こちらを見てくる。
「やろう。周辺の部隊に合図、頼めるか?」
振り返ってユイを見ると、すでに笛を用意していた。
近くにいる部隊間で素早く連絡を取り合うためにと、説明会のあとにあらかじめ提案して、指揮官に用意してもらっていた。
甲高く響いた音が平野に広がり、周辺に散らばっていた部隊が周囲を確認しはじめる。彼らも大型種の存在に気付いたようだ。
戦闘を切り上げた部隊から大型種のほうへ向かっていく。
「我々も行きましょう!」
ゴートが駆けだした。セトとフェンも走り出す。
「指揮官に伝令を頼めるか、ユイ?」
「わかった」
力強く、澄んだ良い声だ。
うなずいて彼女は、猛烈なスピードで丘を反対側に駆け下りていった。
驚くべきことに、彼女は亜人のフェンより足が速い。獣人より早い人など、聞いたことがなかった。
だが今はそれが頼もしい。すぐに指揮官に連絡が行き、部隊が集まるはずだ。
それまで、今いる部隊だけであの大型種を引き付ける。