七
首都はかつての華やかさを失い、瓦礫と市民の嘆きで満ちていた。
住宅の密集した街だったので地震の影響は酷く、建物の倒壊はいたるところで発生し、瓦礫に押し潰されて亡くなった市民は数千人を超えた。
火事も至るところで発生し、今日になってようやく全てが鎮火された。地震発生から一週間だ。
軍部が兵士を総動員して市民の救出や鎮火、瓦礫の撤去などに当たっていたが、依然行方不明者は大勢いるのだという。
道は瓦礫で塞がれて通れない場所も多く、街は混乱の極みだった。議会が食料の無償提供を取り決めたので、とりあえずは飢えに困ることはなかったし、街の至るところに建つ教会も家を失った人々に寝床として開放された。
まずは、この街に住むすべての者で協力して、いち早く都市機能を回復させることが優先された。
市民の間では、この混乱に乗じて北の国が国境を越えてくるのではないかと不安がささやかれているが、軍部の発表によると北の国でも地震の被害が酷く、国境付近での小競り合いも一時休戦になっているとのことだった。
首都に戻ってきた俺は、まだなんとなくフェンと行動を共にしていた。
両親は、瓦礫に押し潰されて亡くなっていた。家も失った。
呆然とする俺をたまたま見つけたフェンが、一緒にいてくれたのだ。
俺は家を失ったし、フェンも家は持っていない。毎日その辺で困っている人たちの手伝いをしながら、夜は教会で寝ることを繰り返して時間を潰していた。
何もしていないと、両親の死という現実がずっしりと重くのしかかってくる。今は動いていたかった。
「この国、これからどうなるのかねぇ。被害は国中らしいぜ。復興に一体どれだけの時間がかかるか、わかったもんじゃないね」
フェンと並んで歩いていた。
忙しく働く人もいるが、道端に座り込んで無気力になっている者もちらほらといる。多くの市民が家や財産を失い途方に暮れているのだ。
「数年はかかるだろうな」
「もつのかねぇ」
国が崩壊しないのか、ということだろう。
ただでさえ初めて経験する地震だ。しかも大規模なそれによって、国中が混乱状態となっているのは間違いない。
もしこの状況で他国が攻め込んできたら、この国はひとたまりもないだろう。
まともに抵抗することもできずに蹂躙されるかもしれない。
「どうだろうな……。北の国も同じような状況らしいし、しばらくは大丈夫だろうが」
この国の明らかな敵対国家は北の国だ。そこも同様の状態であるとされる以上、しばらく他国の侵略もないだろう。
そうなってくると問題は、この国と北の国のどちらが早く復興するかだ。向こうに先に態勢を整えられたら負ける。
この数年が、この国にとって正念場だろう。
「戦争になったら、エイユは参加するのか?」
「いや……俺は人を殺したことはないから役に立たないさ」
「なんだ、そうなのか? あんだけ強いから、てっきり」
「魔物だけだ」
ノーリも、人を殺さないで済むならその方が良いと言っていた。人を殺せば、その人間は何かが変わってしまう。人を殺したことのなかった時とは、世界が変わるのだという。
たとえ戦争でも、できれば経験したくない。だから、戦争は起きてほしくない。
「んじゃ、ますます国に早く復興してもらわないとな」
「ああ」
猿類型の討伐隊は解散された。
報酬はそれなりの額を受け取ったのでしばらく金には困らないが、次の仕事は見つけておきたかった。
しかし首都がこの様子では、しばらく良い仕事はみつからないかもしれない。
旅の護衛人をすることも考えたが、おそらく地震の影響で住む場所を失った者達が追いはぎや盗賊となって平野にあふれる。
旅団に入らずに個人で旅をする者も減るはずだ。今護衛人になっても、仕事は少ないだろう。
行商は、物の値も異常になっている今やっても仕方がない。
何か、復興に役立つ仕事でもあればやるのだが。
取り留めもなくそんなことを話していると、役所に人だかりができていた。何か、張り出しがあったのかもしれない。
ここ数日は毎日のように役所の前に議会で決められたことなどが張り出されていた。
平時なら無関心な市民が多く、あまり見向きもされないが、この状況だ。俺たちも含めて、市民は張り出しを見に行くのが日課になっていた。
「ちょっと通して」
フェンが人だかりをぐいぐいと押し退けて、前まで進むのについていった。
やはり、張り出しだった。
「また討伐隊だってよ」
張り出しを読み終えたフェンがこちらを振り向いた。
ここからではよく見えない。
「なんて書いてあった?」
「西の大山脈付近の村と町で魔物の被害が出てるらしい。地震の影響で山脈の一部がおかしくなって、そこに住めなくなった魔物が降りてきてるんだと」
大山脈は中央大陸全体を東と西に分ける境目となる場所で、人が住むには厳しい、魔物の生息地となっている。
広大な地域なので魔物の数も多い。一部とはいえそれが平野に降りてきたとするなら、急いで討伐しなくては周辺の被害が拡大するだろう。
「それの討伐隊を募集するらしい。今度はこないだのより厳しい試験で腕のある奴だけを集めるって書いてあった」
人だかりから抜け出す。
「討伐隊か」
地震直後のこの時期に魔物が人里に現れたとなれば、それに対応するための人手が必要になり、その分復興の手が止まる。国家として緊急の事態にそれはまずい。迅速に処理しなくてはならない案件だろう。
何か復興に役立つ仕事を、と考えていたところだ。これに参加すれば、復興の障害を取り除くという意味で役立つと言えなくもない。
「どうする?」
フェンがこちらを見ている。
「参加する」
「だと思った。じゃ俺も」
にっ、と笑いかけてくる。
「良いのか?」
「やることないし、お前といた方が面白いしな。それに、瓦礫の片付けとかよりも戦闘のほうが向いてるんでね」
見知った者と一緒に戦えるのは心強い。連携も取りやすい。
「じゃあ、やるか」
「ほいよ!」