六
討伐隊の規模は、五十人の兵士と指揮官一人だった。基本は全員でまとまるが、索敵時や戦闘時などは五人ずつで隊を組んで行動する取り決めだった。
指揮官は軍から派遣された軍人で、俺は一隊の長に任命された。人を動かしたことなど無いので断ったのだが、実力的には最適だと言われ、渋々だが受けることになった。
首都を出てから、すでに一週間が経っている。
被害にあった村を回って猿類型の魔物の情報を集め、巣を探っている段階だ。
俺が住んでいた村も訪れた。村人は討伐隊に参加している俺を見て驚いていたが、隊長を任されていると聞いて沸いていた。
群れを倒してくれ、と懇願もされた。
村はすでに三度襲われたらしい。あれからさらに被害が続いているということで、村全体が活気を失っていた。
彼らのためにも、早く群れを討伐してしまいたい。
「奴らは常に群れで行動する。夜間に人目につかないよう行動する知能もある。どこかに巣をつくって、そこで日中は休んでいるはずだ」
討伐隊は村で小休止を挟み、指揮官の周りに隊長格が集まって会議をしていた。
「これまで襲われた村の位置から考えて、群れの行動範囲はこの近辺に絞られる。必ずこの円の中に巣があるはずだ」
周辺地図を見ながら方針を話し合う。
襲われた村々は、地図に記された円の中に密集していた。そんなに広くはない範囲だ。
「これまで日中に群れが確認された情報がないということは、人があまり近寄らない場所なのでしょう」
隊長の一人が言った。
俺も意見する。
「怪しいのは、この北の森と、北東の山付近です」
「なぜそう思う?」
「猿類型とは戦ったことがあります。木々の生い茂る山の中で生息していました。それと、私はこの村が最初に襲われたときここに住んでいました。群れと戦ったとき、やつらは北東方向に逃げていきました。そのあたりで人があまり立ち寄らない場所は、この二か所です」
指揮官は考え込んでいる。
「……なるほど、その可能性はあるな。ほかに意見のある者は?」
誰も手をあげない。
「よし。では、そこを捜索しよう」
指揮官の決定で、討伐隊は移動を開始した。
まずは北の森からだ。村からだと半日程度の距離となる。
「やつら、いるかねぇ」
隊の一人が横に並んで話しかけてきた。フェンと言う亜人だ。
「可能性はあると思うけど、どうかな。結構な規模の群れが隠れられるだけの場所なら、森か山だと俺は思う」
「さっさと終わらせて、報酬がもらいたいね」
「油断すると死ぬぞ」
「わかってるって」
フェンとは道中に会話をするうちに気が合った。亜人だが、気さくな男だった。
この国は、比較的亜人の市民が多い。亜人には獣人・人魚・蛮猿族がいるが、この国の亜人はほとんどが獣人だ。フェンも獣人である。
獣に似た灰色の体毛と尻尾や耳を持ち、嗅覚や聴覚に優れ戦闘力も高い。東の獣人という部族らしい。彼も討伐隊の試験で上位の成績だったそうだ。
俺の隊は成績が優秀だった者がまとまっていた。中核をなす隊として機能させるらしい。
亜人の参加はフェン一人で、彼の索敵能力の高さもあって、隊は先頭を任されている。
他の三人も戦闘において申し分ない強さの戦士たちだった。
これだけの大所帯だと、俺が気配を発さなくても、平野で魔物は近寄ってこない。おかげで道中はそれほど警戒することもなかった。
陽が頂点を過ぎたころ、北の森に到着した。
「ここからは、各隊に分かれて捜索する。戦闘は極力避け、巣の捜索を優先せよ。巣が発見されたら、全員で向かう。決められた時刻までにここへ戻ってくるように」
指揮官の指示を受け、各隊に分かれて森へと入っていった。
俺たちも先へ進む。
「気づかれるから、物音は立てるな」
隊のみんなは、心得ていた。
フェンを先頭に捜索していく。俺も気配を感じることはできるが、今は討伐隊の戦士たちが森に散っているため、気配が多すぎる。フェンの索敵能力が頼りだ。
フェンは、優れた聴覚や嗅覚だけでなく、追跡や捜索に長けた技術も持っているらしく、どんどん先へと進んでいく。
「うーん、こりゃ結構な数の魔物がいるみたいだな」
フェンが言う。
「猿類型か?」
「可能性は高い。奥のほうへ続いてる」
灌木についた毛束、踏み砕かれた小枝、高所の枝が傷ついていたり糞が付着している、といった森の些細な違和感を見て判断するらしい。
「森ってのは痕跡が残りやすいんだ」
そう言って笑う。
言われてみて観察すると、確かにちらほらとそういう証拠が見つかる。猿類型の糞は俺も村に来たやつらのを見た。よく似た糞が落ちていた。
いよいよ、ここに巣がある可能性が高い。
その時だった。フェンがさっと手を上げた。全員動きを止める。
「近い」
フェンの獣に似た尖った耳と鼻が動く。
「間違いない、この先だ」
全員うなずく。
「よし、戻ろう」
巣の位置は特定できた。合流して攻撃を仕掛ける。
俺たちはすぐに合流地点に戻った。定刻までに、各隊も欠けることなく戻ってきた。
各隊の報告によると、群れが寝床にしていたであろう痕跡は森のあちこちで見つかっていた。俺たちが見つけた場所が今の寝床なのだろう。
指揮官が全員を見回す。
「まだ日暮れまで時間がある。夜になってやつらの活動が活発になる前に叩き潰す。一匹も逃がすな。逃がせばやつらは学習する。こどもであっても見逃すな」
二手に分かれて移動が開始された。
討伐隊を二つに分けて一隊が回り込み、前後から挟撃して潰す作戦だ。
俺は回り込む部隊全体の指揮だった。
極力物音は立てないように注意して移動した。大人数の部隊だ。考えなしに動けば、魔物に存在を気づかれる。
「ところでさ、今回の標的の猿類型は、夜行性なんだな。俺のいた国に出てくる猿類型は、昼に動くやつらだった」
フェンがささやき声で話しかけくる。緊張感がないやつだ。
「……フェンの国はどのあたりなんだ?」
「もっとずっと東だよ。大陸の端のほう」
「かなり遠くないか?」
「まあな」
この国は中央大陸の真ん中あたりだ。かなり広い大陸なので、真ん中と端だと、気候も自然環境も何もかもが違うだろう。
「生態もかなり違うんだろうな」
猿類型は種類も多いと聞いたことがある。昼が好きな種もいれば、夜が好きな種もいるのだろう。
やがて巣が近くなった。
木々の間から向こうを見る。
「巣というか、ほんとに単に寝床と言った感じだな」
猿類型は、決まった巣を持たないのかもしれない。
樹の上にぶら下がっているもの、地面に葉っぱを敷き詰めて寝ているもの、子を抱いて乳を吸わせているもの。猿類型は思い思いに過ごしている。
こちらの存在には気づいていない。
全員武器を構え、徐々に接近していく。
今回は気づかれないように、音が鳴るような装備も外してきた。それだけに、こちらの防御力も薄い。混戦になると危険も高まる。不意打ちで一気に片付けたかった。
まっすぐ進んでいった指揮官が率いる部隊が攻撃を開始したら、こちらも動く。
しばらくして、喚声が上がって前方の部隊が飛び出した。
のんびりと過ごしていた猿類型の群れは、突然の大音量と迫りくる敵に驚き、半狂乱となった。
追い詰めるために、こちらも飛び出す。
討伐隊が次々と討っていく。不意打ちで逃げ惑う魔物を斬るのはたやすかった。
百頭近い群れで、倒しきる間に混乱から覚めた個体もいて、討伐隊の戦士たちに襲い掛かってきた。
猿類型を斬り捨てながら、フェンに向かって叫んだ。
「逃げるやつを頼む!」
「ほいよ!」
こどもを抱えて逃げようとする個体の後頭部に、フェンの放った投げ礫が次々と直撃していく。
獣人の武器は、その肉体だ。とくに戦闘部族出身であるフェンは鋭い爪や牙、強靭な肉体から繰り出される拳や蹴りが強力な武器そのもので、接近戦ではそれらを用いる。
遠距離用には短剣や投げ礫を使う者が多いという。フェンは優秀な投げ礫の使い手だ。鍛え上げた技術で放たれる礫は、魔物の頭蓋すら簡単に砕いた。
指揮官の部隊の方でも、弓を使う者が逃げようとする個体を射抜いていく。
戦闘はそれほど長くはかからなかった。初手の不意打ちで半数以上を討てたおかげで、魔物の態勢が整わないこちらの優勢のうちに終わらせることができた。
討伐隊に死者はおらず、負傷者が数名いるだけだった。
討ち漏らしはない。
「こいつが親玉か」
指揮官が肩で息をしながら、地面に横たわるひときわ大きな雄の猿類型を見下ろしていた。
戦闘でも最後まで苦戦したのがこいつだった。十人近くで囲ったが、素早い上に体力もあり、負傷者も全員この親玉にやられた。
「強かったですね」
これだけ大規模な群れを率いるものにもなると、その強さも存在感も圧倒的だった。死者が出なかったのは幸運だ。
戦いでは、魔物討伐の基本通り、足を狙って動きを止めてから倒した。
この雄のように、動くだけで死傷者が出るような厄介な魔物は、まず足を落としてから倒すのが俺なりのやり方だった。前もって他の者にも伝えておいたおかげで、連携もうまくいった。
自由に動き回らせていたら、被害はもっと大きかっただろう。
「よし、証拠を集め、全員陽が暮れる前に森を出る! 負傷者で歩けない者は枝と布で担架を作り運べ」
的確な指揮官の指示で、討ち取ったすべての魔物から片方ずつ耳を切り取って、塩漬けにする作業が進められた。負傷者を運ぶ担架も用意され、作業が終わると速やかに撤収が行われた。
森を出たころには陽が落ちかけていた。間に合った。夜の森は危険だ。猿類型の縄張りだったとはいえ、ほかの魔物がいないとは限らない。
森から離れたところで野営を行い、その日は見張りを交代で行いながら休息することになった。
焚火にあたっていると、フェンや隊の三人が近づいてきて腰をおろした。
「あんな親玉がいると分かってたら、冒険者組織の管轄でしたよ」
隊の一人が言う。冒険者組織から参加した男だ。役所での俺の試験を見ていたらしく、俺の腕に感激したとかで、年上なのに敬語で話される。やめてくれと頼んだが、駄目だった。
「死人が出なかったのは、運がよかったな」
フェンが仰向けに寝転がりながら言った。
戦闘のときと打って変わってすっかりだらけている。
「エイユさんの功績ですよ! エイユさんが事前に提案された足を狙う作戦がなかったら、大勢死んでいたはずだ! あれは今後冒険者組織でも活用していきたいくらいの優れた作戦です!」
冒険者の男が興奮気味に言う。
聞こえていた周りの者も同調した。
そんなにもちあげられても困るのだが……。
フェンがからかうように小突いてきた。
「一回の討伐隊ですっかり有名人じゃないか?」
「はは……」
うれしくないわけではないが、ここまで褒められるというか、たたえられるのは初めてで、慣れなかった。
今までは、特別でも何でもない、ただの一般人だった。
「実際、君の活躍は素晴らしかった」
指揮官もそばに来ていた。
「軍にも、君ほど優秀な者はめったにいない。もし軍に入ったら、すぐにでも部隊長になれるだろう。指揮能力も問題なかった」
「そりゃすげぇな!!」
跳ね起きてフェンが顔を輝かせた。尻尾がぶんぶんと揺れている。
軍は一歩兵から始まって、徐々に昇進していくはずだ。部隊長ですら、誰にでもなれる役でもない。新人がいきなり部隊長となったら大抜擢だろう。
「それだけの強さはある。幼いころから剣を使っていたのだろう?」
指揮官が俺の向かいに座った。
いつのまにか、俺たちの焚火の周りは人が集まっていた。
「いえ…本格的に覚えたのは数か月前です」
周囲がどよめいた。
フェンが口を大きく開けっぱなしで呆然とこちらも見てくる。
指揮官も信じられないといった表情で笑った。
「冗談だろう?数か月でそこまで強くなれるわけがない」
「師の教えが良かったんですかね」
「師? 師はなんという人かね」
「ええっと……ノーリという、行商人で、昔は旅の護衛人をしていたという人です」
指揮官の目が大きく見開かれた。
「彼に教わったのか。どおりで」
「えっ、ご存知なのですか?」
「ああ。私もお会いしたことがある」
あごをさすりながら、何かを思い出すようにぼんやりと焚火を見つめている。
「なるほど……彼に師事したのなら、その強さもうなずける」
ノーリは、そんなに有名な人だったのか。いや、すごい人だとはわかっていたが、軍の人にまで名前を知られているとは。
あらためて、ものすごい幸運だったのだなと思った。
ノーリに出会えたおかげで、今こうしていられる。
そのあとも、俺の話やノーリの話などで場は盛り上がっていた。
一週間続いた討伐隊の任務ご無事に終わった安心感もあって、討伐隊の面々は浮かれていた。
だが、その盛り上がりを打ち破るかのように、突然それは起きた。
突き上げるような震動。続いて、大地が激しく揺れた。
焚火が崩れ、立っていた者は倒れ、座っていた者もうまく姿勢を保てない。
まるで大地が命を得て生き物となったかのように、激しく震動した。
すべてのものが揺さぶられ、跳ねまわるかのように大地の上を転がされる。
「地震だ!!」
フェンが叫んだ。
屈強な戦士である男たちが、混乱し、恐怖し、揺れる大地に翻弄された。
一体どれくらい揺れていたのか。いつ終わるとも知れない長い震動で、声をだすこともままならず、ただひたすらに揺さぶられ続ける。
時間にしたら、そんなに長くなかったのだろう。だが、初めてこの異常事態を体験した俺にとっては、あまりにも長かった。
他の者も同じだったようだ。
大地の揺れが収まっても、まだ体が揺れているような感覚がある。まともに立っている者は一人もいない。吐き出す者もいた。
うめき声がそこかしこから漏れ出る。
「死ぬかと思った……こんなでけぇ地震……」
フェンが震えながら言った。
身体能力に優れた獣人であるフェンですらまともに体勢を保つことができず、揺さぶられていたようだ。いまだ揺れ続けているかのような感覚のせいで、立ち上がろうとしてフェンもふらついた。
「地震?」
どうにか声を出せた。絞り出すように尋ねる。
「獣人の国じゃ、頻繁にこの現象が起きてた。地震って呼ばれてたぜ……。ここまででかいのは、はじめての経験だけど」
地が震える。地震。なるほど、その通りだ。
こんな現象が頻繁に起きるなど、信じられない。
「負傷者はいないか?」
気を持ち直した指揮官が、安全や負傷者の確認をうながす。
火に触れて火傷したものがいたが、大きな怪我をしたものはいなかった。
「神の怒りか何かか…?」
指揮官も青ざめていた。
まだ、心も身体も落ち着かない。
フェンが立ち上がるのをあきらめて、ぐったりと倒れながらあえぐようにつぶやいた。
「町や村だと、相当な被害なんじゃ、ねえか」
どきっとした。冷や汗が流れる。
首都にいる両親のことが気になった。不安と焦りが顔を見せる。
何もない平野ですらこの恐ろしさだったのだ。町なら、建物の倒壊や火事が起きているかもしれない。
一刻も早く、首都へ戻りたかった。