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 久しぶりの首都だった。 

 農村に移るために実家を出て以来だから、三年と半年ぶりくらいだ。

 相変わらず賑わいが凄いし、人の数が半端ではない。通りは商店や露店に溢れ、活気に満ちている。

 市を抜け、住宅街にある実家の扉を開けた。


「ただいま」


 家の中には、母がいた。裁縫をしていたらしい。驚いてこちらを振り向き、その拍子に指を針で突いて悲鳴を上げた。


「エイユじゃないか! あんた、今まで何をしていたんだい!? 四か月も連絡一つよこさないで……いきなり帰ってきて!」


 ものすごい剣幕で詰め寄られた。


「ごめん。新しい仕事についてて、いろんな町を移動してて、忙しかったんだ」

「だからって……手紙の一つくらい寄こせたんじゃないのかい!?」

「ごめん」


 母は怒りながらも、うれしそうな表情をしていた。ぎゅっと俺を抱きしめた。

 久々に母に抱かれ、温かい気持ちがあふれた。


「無事でよかったよ。心配させないでおくれ。ずっと気がかりだったんだよ」

「気を付ける」


 俺から離れた母は、すぐに忙しく動き出した。


「せっかく帰ってきたんだ! お父さんにもすぐに教えなきゃね! 今日はごちそうにしよう! そうだ、あんた、お父さんを迎えに行っておくれ! あたしは買い物にいってくるからね。頼んだよ」


 矢継ぎ早にしゃべって、母は籠を持って家を出ていった。返事をする暇もない。

 仕方がないので、荷物を置いてから、家を出た。


 父はいつもの作業場にいるだろう。

 獣車の荷車を製造する仕事に、父はついている。首都では獣車の需要も高く、大勢の人が車製造の仕事についているのだ。


 ちょうど昼休憩だったらしく、父は同僚たちと食事をしながら休んでいた。


「おまっ……エイユ!」


 俺に気づいた父は、かっと目を見開いて立ち上がり、駆け寄ってきた。


「生きていたのか!」


 両肩をがっとつかんできて、俺の全身を見回す。


「久しぶりじゃないか。なんだか、最後に見たときよりがっしりした体つきになっているな……。見違えたぞ」


 驚きと嬉しさが混ざったような表情で俺を見つめてくる。


「うん、ただいま」


 父は親方に断って早退した。数年ぶりに息子が帰ってきたということで、親方も快く早退を許してくれたらしい。


「手紙の一つも寄こさないから、心配したぞ」


 並んで歩きながら、父は文句を言う。


「さっき母さんにも言われたよ。ごめん。忙しかったんだ」

「何をしていたんだ?」

「村を出たあとに行商人と知り合って、雇ってもらっていたんだ。一緒に町を移りながら旅をして、途中からは修行もつけてもらうため人里から離れたところでこもってた」


 父は不思議そうに首を傾げた。


「行商に修行なんかいるのか?」

「雇ってくれてた人は、旅の護衛人をつけずに一人で行商の旅をしていたんだよ。一人旅なら、自分の身は自分で守らなきゃいけない。俺もそういう仕事をするかもと思って、いろいろ教わってたんだ」

「そうか。それで体つきも良くなっていたのか」

「かな」


 そんな話をしながら、俺たちは帰宅した。

 母が帰ってきてからも、豪華な祝いの食事を楽しみながら、農村の頃の話や、猿類型の群れが荒らしに来た時の話、ノーリに出会った話、ノーリの話、修行の話など、たくさんのことを話した。


 両親は熱心に俺の話を聞いていた。久しぶりに息子と会話ができてうれしいという気持ちも大きかったのだろう。

 二人とも特に変わったことはなく、相変わらず平和な日々を過ごしていたらしい。少し母の髪に白髪が増えていたくらいだ。


「しかし、運がなかったな。猿類型の噂は、首都でも広まっているぞ。お前の移った村が荒らされたのが最初だったようだが、今では付近の村もかなり被害を受けている。いまだに討伐できていなくて、議会にも討伐の嘆願に来る人がひっきりなしのようだ」


 食後の荒茶を飲みながら、三人でくつろいでいた。


「そうそう。なんでも、偉い人たちもようやく討伐隊を募集しはじめたそうだよ。今、護衛人やギルド組合とか冒険者組織から有志を募ってるって話だわ」

「軍が出動するんじゃないの?」


 首都には軍がいる。軍が動けば早い気がするのに、わざわざ討伐隊を送るのか。

 父が難しい顔をしながら首を振った。


「近頃、国境付近で北の国と小競り合いが続いているらしい。軍はその対応で忙しくて、どこに巣があるとも分からない魔物の討伐に人手は割けないらしい」


 父の作業場は軍の獣車も製造している。それで関係者から聞いたそうだ。


「やだねぇ。戦争なんてもうしばらくなかったのに…また起きるのかね…」


 母は不安そうな表情で頬に手を当てて、小さくため息をついた。


「ふーん……討伐隊」


 半年は経つのに、まだあの群れは暴れているのか。

 あの猿類型は知能が高い。田舎の村に住む専属の護衛人たちも村を離れることはできないし、後手後手の対応しかできないのだろう。

 小型の魔物では中型以上の討伐が専門の冒険者組織も動いてはくれないし、あの付近にギルド組合はない。そういうのも原因だろう。


 村のみんなは俺に良くしてくれた。何らかの形で恩は返したいし、討伐隊に参加するのもありかもしれない。

 ノーリとの修行で山にこもったとき、村に現れた猿類型と同じ種類とも戦った。

 修行のおかげで、あの猿類型なら問題なく倒せた。山と平野という違いはあるが、俺も少しは戦力になるだろう。


「俺も参加しようかな」


 その一言で、目を白黒させながら両親は茶を噴き出してむせた。

 茶が鼻に入ったのか、母は必至で鼻をかんでいる。


「ばっばかなことを言うな!」

「そうだよ! あんたなんか参加したら死んじゃうよ!!」


 案の定、そろって反対される。


「いや、俺修行のときに猿類型とも戦ったよ」

「はぁ?! お前、凶暴な魔物を倒せるのか?」


 父は半信半疑だ。母はどたばたと机に噴きこぼした茶を拭いている。


「うん。そういう修行を受けた。それに、村のみんなには恩があるから、返したい。討伐隊なら俺一人じゃないから群れとも戦えると思う」

「ううむ…」

「あたしはやだよ」


 父も母も渋っている。

 結局その晩は、遅くまで討伐隊に参加するか否かで両親と話し合ったが、実際に見てもらうのが早いだろうということで、翌日、俺は両親を連れて討伐隊の募集をしている役所に出向いた。

 

 討伐隊の参加資格は、適正試験として試験官の軍人と模擬試合をして合格した者のみだそうだ。

 両親も、軍人に勝てるくらいなら、と渋々だが了承してくれた。二十四にもなって親連れというのは少々恥ずかしいが、農家になるとき両親には大きな心配をかけた。今度はそれ以上の心配をかけることになる。実際に腕を見せて、少しでも安心させてあげたかった。


 試験会場はそこそこ人がいた。見るからにギルド組合員や冒険者だろうという屈強そうな戦士や、旅の護衛人らしい身なりの者が多い。


「エイユ。無理はするなよ。試験といえども怪我をせんとも限らん」

「そうだよ。今からでもやめてほしいくらいだよ…」

「心配しないで、まぁ見てて」


 おろおろする両親をなだめてから、俺は試験を待つ列に並んだ。


 二人とも反対気味ではあるが、村に恩を返したいという俺の気持ちを理解してもくれていた。

 きちんと納得してもらうためにも、試験は楽に通っておきたい。


 太陽が頂点に達するころまで待たされて、ようやく俺の番だった。


「では、試験を開始する。両者木剣にて試合をし、受験者は試験官に参ったといわせること」


 監督役の合図で、試合が始まった。木剣を構える。


 試験官の軍人は新人というほどでもないが、まだ経験年数の浅そうな、俺よりいくらか年上くらいの若い男だった。訓練を兼ねた、妥当な人選なのだろう。


 試験官は、掛け声とともに木剣を振り上げながら間合いを詰めてきた。間合いに入ると同時に、素早く木剣を振り下ろしてくる。

 その一太刀を見切り、横に身体をずらして避ける。流れる動作で木剣を横に薙いで、試験官の胸辺りを強烈に打ち付けた。

 向かってくる勢いとたたきつけられた木剣の威力とで、試験官はかっと息を吐き出し、地面に膝を落とした。

 息をつかせないうちに、さらに試験官の右手を打って木剣を落とさせ、剣先を首に突き付ける。


「ま、参った…」


 会場がどよめいた。


 試験の開始から三十秒と経っていなかった。

 監督役は、唖然としていた。どよめきがいつまでも収まらない。


 騒ぎがひと段落して、俺は合格を言い渡された。

 両親も駆けつけてきて、驚いたやら嬉しいやら、何とも言えない顔をしながら俺にあれこれと話しかけてきた。


 自分でも意外だった。

 ノーリとの修行では、結局ノーリにかすり傷一つつけることができなかったので、本当に強くなったかどうかの実感がなかったのだ。


 ノーリの家から実家に戻ってくるまでにいくらか魔物は相手にしたが、対人の戦闘は、ノーリ以外では初めてだった。

 あの軍人は弱いというわけではないが、強くもなかったように感じた。隙だらけだったのだ。ノーリには、隙など全く無かった。

 木剣だったのも良かった。真剣での対人戦は、まだ自信がない。


 両親は、俺が討伐隊に参加することを許してくれた。

 俺の成績は討伐隊の参加希望者の中で一番だったそうで、息子の思わぬ成長を喜んでもくれていた。


 それから一週間ほどして、討伐隊が編成され出発することになった。

 父と母は出発の時になっても心配はしていたが、黙って俺を送り出してくれた。

 両親を悲しませないためにも、油断せずに討伐に当たらなくては。

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