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 ノーリとの修行が終わり、俺は、生き延びた。

 山の魔物はノーリの言った通り、俺を狙ってきた。寝る暇もなかった。火を恐れる弱い魔物は襲ってこなかったが、火をものともしない魔物もいて、ほとんど一週間眠れなかった。


 家に戻ってからノーリに手鏡を見せられて、自分の顔が恐ろしい形相になっていたことに気づいた。死すれすれの状況を何度も超えてきたが、最後の一週間が一番強烈だったと思う。

 もはや怖いという感覚が麻痺していた。

 生きる。生き延びる。それだけが山で俺の心を支配していた。


 ノーリに迎えられて下山してから、丸一日眠り込んだ。集中し続けていた精神の糸が切れたらしい。


「よくやった。私の修行についてこれたのは、エイユが二人目だ」


 一人目は弟子だろう。

 確かにこの修行についてこれる者がそういるとは思えない。自分のことながら、よく耐えられたと思う。


「もう十分に旅の護衛人としてやっていけるだろう。行商も私とひと月巡ったことで、様々覚えたはずだよ。行商としてやっていくとしても、自分なりの形をつくっていけるだろう」

「はい」

「どうだ、今なら私の気配を感じられるか?」


 わかる。ノーリの濃い気配がしっかりと感じられる。

 山で出会ったどんな魔物よりも濃密で、圧倒するような気配だ。


「はい。付近の生き物たちの気配も感じます」

「それが重要だ。これを察知できる感覚が身についたなら、いずれ自分の気配も操れるようになるだろう。常に意識をしなさい」

「わかりました」


 ノーリは微笑んでいた。


「これからどのような生き方をするかはエイユの自由だ。後悔のない生き方をしなさい」

「ノーリ、ありがとうございました。あなたのおかげで、私は変われた気がします。今までの自分とは少し違う感覚です。自分は自分だけど、澄んだような気持ちだ」


 ノーリはうなずいて俺の肩を軽くたたいた。


「はじめはただ職を探していたエイユを行商の手伝いとして雇ったつもりだったが、立派な戦士の技術を身に着けたことをうれしく思う。今のお前なら、どこでも生きられるだろう。自分で道を開きなさい」

「ノーリは、これからどうされるのですか?」

「私はこれまでと変わらないよ。行商を続ける。また人を雇うだろう」


 俺を雇ったことで運ぶ商品の量も増えた。人手は必要だろう。

 なら、それを手伝いたい。俺はもう少し彼のもとで学びたかった。


「……私がそれについていっては駄目ですか?もうすこし、あなたの教えを受けたい。あなたはもう私にとって師です。もっと学びたい」


 ノーリは私に背を向け、窓に近づいて外を眺めた。しばらく無言が続いた。


「エイユ。お前は私の弟子と言っても良い。二人目の弟子を持つことになるとは思わなかったよ」


 その言葉が嬉しくて、心が躍った。


「確かに私もお前をさらに鍛えたい気持ちはある。だが、今のお前は、次の段階へ進まねばならない。自身の足で、目で、耳で、世の中を見て、自分なりの生き方、自分なりの価値観を身に着けなさい。それがあって初めて、師の教えも活きてくる。ただひたすら師についているだけでは、師の模倣にしかならん。模倣ではなく、師を超えるためには、自分自身で生きる時間も必要だ」

 

 弟子との間に、何かあったのだろうか。


「もしエイユがこの先多くを経験し、自分の生き方を定めたのなら、また会いに来なさい。その時、また話そう。さらに先へ進んだ姿を見られることを願っているよ」

「……わかりました」


 目が熱くなった。


 出会ってからわずか四か月程度のことだったが、ノーリと過ごした時間はかけがえのないものだった。修行は厳しかったが、ノーリは優しさも持っていた。突き放すのでも甘えさせるのでもなく、俺を一人の人間として鍛えてくれた。

 おかげで、今の俺は、どこでも生き抜ける気がする。


「ノーリ。あなたと出会えたことをうれしく思います。いつかまた、あなたと会える日を楽しみにしています。あなたの教えは……決して忘れません」


 ノーリは俺に背を向けたまま、うなずいた。


「行きなさい。剣も持っていくといい」


 俺は深く、長い礼をした。

 自分の持ってきた荷物を背負い、剣を腰に差してノーリの家を出た。

 振り返らない。

 自分が成長したと思えたら、またノーリに会いに来よう。

 修行が終わって、あっさりと彼のそばを離れることになったが、名残惜しさはなかった。濃すぎるほどの三か月だった。それで、良かった。


 歩きながら考えた。

 まずは首都へ行こう。一度、実家に顔を出しておいたほうが良い。村を出たときに手紙を出して以来だから、両親が心配しているかもしれない。


 足を首都の方角へ向ける。

 ノーリの家は、もう見えなくなくなっていた。

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