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 ノーリに雇われて行商の手伝いをするようになってひと月が経った。

 彼の商才はかなりのものだ。ただの行商なのに、ものが売れない日がなかった。しかも各地にお得意の客がいて、彼らの住む町へ行くと必ず購入してくれた。


 ノーリいわく、


「商売というのはいかに常連の客をつけ大切にするかだ」


 だそうだ。

 新規の客を釣ることに必死になるよりも、すでに客となってくれている人を大切にするような商売をすると、顧客開拓をしなくても商売が成り立つらしい。

 無論、そのために常連客をつくるための努力は必要だが、とのことだ。


「商品の質も重要だ。安く仕入れて安く販売するというやり方では、そこらの行商とやっていることが変わらん。価格の競争に巻き込まれる。自分の商品の価値をきちんと客に伝えれば、値が張っても客は買ってくれるよ」


 たったひと月で、面白いほど商売というものへの興味がわいた。


「商売は大きくなるほど良いことだと言われているが、私はそうは思わん。大きくなろうとすれば必ずごまかしが必要になってくる。それは経営面でも商品の質の面でも。小さく小さく、コツコツと進んでいくことが商売を成功させるコツだ」


 ノーリの話はすべてが新鮮だ。首都の商人や村にいたころに来ていた行商とも全く違う、独特な価値観で商売をしている。

 生き方のようなもの、と言っても良いかもしれない。

 俺は、たったひと月だがすっかりノーリのことが気に入っていた。彼から聞く話も得る体験も、すべてが興味深かった。


 東の町から次の町へ移ることになったときは、獣車を使わないで徒歩での移動だった。


「行商は徒歩が基本だ。獣車を雇ったり持ってしまうと、餌や停める場所などにかかる金額もさらに稼がなくてはならない。商売は波がある。常に安定した利益が出るような商売でないのなら、できるだけ経費はかけないことが大切だ。それに、獣車に頼った移動は身体が鈍る」


 そう言っていた。もう六十を超えているというのに、ノーリの足腰は強靭だった。一日の移動距離が長い。


「獣車は獣を休ませなくてはならない。だが、徒歩なら長く歩くコツさえ身に着けていれば、平地なら獣車に負けぬ距離を進むことができる」


 俺は農業で体を動かしていたとはいえ、ついていくので精一杯だった。


 今は、首都へ向かうために徒歩で移動していた。次は首都の祭りに出店するらしい。

 街道から外れた村からの移動だったので、裸の道を進む。


「今日はここで野営しよう」


 日暮れ前。平野は落ちかかる陽によって赤く染まっていた。

 道の脇にそびえる大木のそばに荷をおろして、ノーリは手早く落ち葉や小枝を拾い集めた。

 俺も行商道具をおろし、焚火のための簡易かまどを、落ちている石で準備する。


 街道沿いならそれほど魔物に遭遇する危険はないが、裸道だと平野で生きる魔物が寄ってくることもある。野営する場合、焚火は必須だ。日が落ちる前に手早く焚火を準備できるかどうかも、旅人の生死の境目と言っても良いくらいで、旅をするなら必須の技術となる。


 野営の地点も重要で、こうした木のそばなら枝などの燃えるものも集めやすい。さらに進んで移動距離を稼ぐか、安全をとって早めに野営にとりかかるか、といった選択も重要になってくる。


 ノーリに雇われてから、すっかり野営の技術が上がった。といっても、ノーリと旅をしている間、凶暴な魔物と遭遇したことはない。ひと月のうち半分以上は旅だったのに、運が良い。一匹くらいは遭遇しそうなものだが。

 そんなことを考えながら手早く野営の準備を済ませ、食事の準備に取り掛かった。


 焚き木が爆ぜる。火にかけていた野兎型の肉から汁が滴って良い匂いが立ち上った。


「エイユは農家だと言っていたのに、狩りが上手いな」


 ノーリは横になりながらぼんやりと焚火を眺めていた。


「こどもの頃、父親の仕事が長期休暇になると、田舎に移り、狩りをしながらのんびり暮らしていたからですね。父親に教わりました」

「良いことだ」

「旅で困ったことはないですね」

「もし旅の護衛人になろうとするなら、狩りは必須だ。護衛対象の食料が不足したときなどに狩りができれば、食料を確保できるからね」

「ただ戦えれば良いわけではないんですね」


 肉の火にあたる面を変える。


「もちろん。旅の護衛人は、野営の技術と狩りの技術、戦闘の技術は必須だ。それ以外にも魔物の気配を察知したり、魔物ごとの性質を覚えておいて的確に対処できるようにしたり、時には護衛対象の仕事の手伝いもすることもある。豊富な経験と知識が必要な仕事だ」

「誰にでもなれる仕事じゃないですね」


 ノーリは大きくうなずいた。


「本来旅の護衛人というのは大きな責任が伴う仕事だ。中途半端な旅の護衛人では、護衛対象を守り切ることはできない。近頃では質の悪い旅の護衛人も増えてきた。ギルド組合や冒険者組織からはじかれたような流れ者が、資格のいらない旅の護衛人に転職することがよくあるのだ。彼らは質が悪い」

「私じゃ才能が無いのでなれそうにないですね」


 野営や狩りならできるが、戦闘の技術がない。魔物の知識も俺はほとんど持っていない。首都で生まれ育ったし、移住した農村も専属の護衛人が常に駐留していた。魔物と戦う機会はほとんどなかったのだ。


「そんなことを言うのは愚か者だと言っているようなものだな」

「えっ?」


 ノーリが体を起こし、じろりとにらみつけてきた。


「私はこれまで一人で行商をしてきた。旅の護衛人をつけずにな。では、魔物に会ったらどうする?」


 たまにノーリは俺の失言にたいして真剣なまなざしで説教をしてくる。

 それがどれも正論なので、今回も思わず背筋が伸びた。先生と生徒のようだ。


「さっきも言ったように、まともな旅の護衛人を雇うのは金がかかる。安い者はあてにならん。旅団に入る手もあるが、旅団では移動の時期は旅団次第。それでは商機を逃すことが多い。一人で行商のような経費をかけず、小さな良い商売をしようと思ったら、みずからが戦闘の技術も魔物の知識も、それこそ旅の護衛人に劣らないくらいのものを身に着けていなくてはならんのだ。もし行商になるのなら、できないなどと言っていられん。そこらの行商と同じことをしていては、商売もやっていけない」


 こういうときのノーリは口調まできついものになる。


「おっしゃる通りです」

「エイユもいずれ旅をする仕事につくのであれば、自分の身を守るために必須となる。覚えておきなさい」

「はい。でも…俺を雇ってよかったんですか?経費をかけないのが行商のコツなら、俺を雇ったら賃金がかかるのに」


 申し訳なさそうに俺が言うと、ノーリは軽く笑った。


「もともと人を雇おうと思っていた時だった。エイユと出会ったのも縁だ。仕事を探している若者がいるのなら、手を差し伸べる。それは損得だけの問題ではないよ」

「…ありがとうございます」


 まだ出会ってひと月だが、ノーリは、ほかの人とは違う。もっと、この人からいろいろ学びたいと最近は思うようになっていた。


「……俺は、あなたのような人になりたいです」

「……ならば、はじめから自分に才能が無いなどと言ってはならない。鍛えたことも学んだこともないのに、決め付けることはよくない」

「……申し訳ありません」


 肉はちょうどいい具合に焼けていた。

 いったん話は途切れ、各々肉をほおばる。

 持ってきた保存食の木の実や干し果実もかじる。移動中は大した食事はできない。


「…ノーリ。私に、旅の護衛人としての技術も教えていただけませんか?」


 無言の食事を終えて、焚火を見つめていたノーリが、目線だけをこちらに向けてくる。


「行商の仕事を教えていただくのもとても面白い。ですが、今の話を聞いて、旅の護衛人のような、旅で生き残る技術も必要だと思いました。それを身につけたい」


 ノーリを見つめる。

 ノーリは、しばらく考えこんでから口を開いた。


「戦いの技術、自然界で生きる術を短い時間で得ようとするなら、死すれすれの状況まで追い込んで修行せねば本当の使い物にはならんよ。それに耐えられるのかね?」


 俺は言葉に詰まり、少し考え込んだ。

 死すれすれの状況。魔物と戦いながら覚えるということだろうか。今まで、狩りでなら小型の魔物と戦ってきたことはある。だが、中型や先月村に現れた猿類型のような知能の高い魔物との戦闘経験は、あの時一回きりだ。実際に闘いながら学ぶと、吸収も早いだろう。だが、死ぬ危険もあるということかもしれない。

 俺に、できるだろうか。


 いや。このひと月、ノーリと旅をしてきて思った。行商という仕事は、国中を巡ることができる。新しい人との出会いや珍しい出来事に遭遇した時、俺は心が躍った。

 移動中の野営や狩りは、自分の心と向き合う時間が持てるようで、精神が研ぎ澄まされた。

 ノーリのような仕事は、俺に合っている。それに、俺は誰かを雇うとか雇われるとか、そういうのが苦手だ。ノーリは別だが、首都で仕事を辞めたのも、誰かにこき使われるのが嫌になったからだ。


 行商をするなら、一人旅が良い。旅の護衛人のような技術は、必須だ。

 旅の護衛人になるとしても、やはり必要となる。いずれにしろ身につけなくてはならないのだ。


「やります。教えてください」


 ノーリの目をまっすぐ見据えて、言った。

 無言のまま、視線だけが交わる。

 焚き木が爆ぜて小さく音を立てた。


「わかった。教えよう」

「! ありがとうございます!」


 深く頭を下げた。


「では、首都へ行商に行くのは後にしよう。祭りの時期は過ぎるが、構わん。三か月、私の家に行くとしよう。そこで鍛える」

「はい!」


 死すれすれの状況とは、いったいどんな状況なのか。不安はあるが、心は踊っている。

 強くなれるのは、嬉しい。村が魔物に荒らされた時も、もし俺が戦える人間だったら、もっと早く片付いたかもしれない。畑を守れたかもしれない。

 戦える力が、欲しい。

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