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 村のみんなは最後まで温かかった。

 みんな、魔物の被害でつらいときだったのに、廃業して村を出る俺のために旅立ちの見舞金をいくらかくれた。おかげで旅支度もはかどり、思ったよりも早く旅立てることになった。

 みんなに見送られて、俺は村を出た。


 もともと移住者だった俺は、別にあの村にこだわる必要はなかった。村の片付けもひと段落ついたので次の仕事を探すため他所に移ることにしたが、ほかの廃業した農家たちはみんな地元の人間だったので、親族や知り合いの農園で働くことにしたらしい。


 結局村を出たのは俺一人だった。

 おかげで見舞金は一人ならひと月は十分暮らせそうなくらいはある。護身用の短剣や寝袋まで用意することができた。本当にありがたい。


 とりあえず、職を探しやすそうな比較的大きめの町を目指すことにした。首都に行っても良かったが、首都に住む両親の心配や反対も無視して農家になった手前、のこのこと両親の元へ戻る気にはなれなかった。手紙だけは送っておいたが、また落ち着いてから顔を出そう。

 もともと土地へのこだわりはない人間だったので、せっかくの機会だし新しい土地へ行ってみたかった。新しい出会いもあるかもしれない。


 最初の一日目は楽だった。ムサ・サピエントゥムを村から首都へ運ぶための街道が整備されていたおかげで、道に迷うこともなく、安全に進むことができたのだ。

二日目以降は街道を外れて、ただ旅人が歩きかわしてできたような裸の道を歩き続けた。まだこの辺の田舎だと、田舎から田舎へ行くような道は街道が整備されていない。田舎などそんなものだ。


 ちょいちょいと旅人や旅団とすれ違ったりはするので、情報を交換したりした。

 猿類型の大きい群れのうわさは隣の村や首都でも広がっていたらしい。商人などはムサ・サピエントゥムが値上がりするので今のうちに買い占めておいたとホクホク顔で語っていた。事件で不幸になるものも居れば、良い思いをするものもいるらしい。


 それから三日ほど歩き続け、俺は東の町にたどり着いた。

 人口はそれほど多くはないが、商人や旅人が多く訪れるという、小さいながら賑わいのある商業の町だ。

 ここなら何かしら仕事が見つかるだろう。だが、まずは宿だ。野宿続きだったので、水浴びをしたいし、良い飯を食べたい。


 手近な宿に泊まり、水浴びを済ませた。村では川で水浴びだったが、ここは井戸水だった。冷たくて気持ちが良い。

 食事はタロの芋のスープと鳥類型の魔物の骨付き肉だった。タロはねっとりとした芋だ。スープにすると自然なとろみがついて、それが美味い。軽い塩味と香辛料が効いていて贅沢な味だ。鳥類型の骨付き肉は炭火であぶられており、滴る肉汁すら舐め尽くす。

 村にいたときは自分でも鳥類型は家畜として飼っていたが、主に卵の利用だけで、立ち去る時にお隣さんにあげてしまったので肉として食べるのは久しぶりだ。やはり肉も美味い。


 町の食事はやや高値だが、五日ぶりのまともな食事は至福の時間だった。旅の間は野兎型や野鼠型を狩って、持ってきた木の実と一緒に食べる程度だった。不味くはないが、ただ焼いただけでは獣臭が強いのだ。

 





 いったん宿を出て、町を散策することにした。はじめての土地なので、まずはどんなところかを確かめなくてはならない。

 商業の町だけあって、商店が多いし、露店も立ち並んでいる。観光客もそれなりにいて、まるで祭りのようだ。香辛料の店、精肉店、飯屋、穀物商に靴屋、雑貨店…久しぶりに見る光景だ。首都にいたころは当たり前の光景だったが、移住してからは町に出て市に行くこともなかった。久しぶりに都会っ子の血が騒ぐ。


 しばらく散策したあと、靴屋で旅用の丈夫な革靴を購入して宿に戻ることにした。どうやら一年中この賑わいらしい。町の政策で露店商などの税が低く抑えられており、商売人にとってはありがたい町らしい。


 商人になるのも面白いかもしれない。今は金がないので無理だが……というか経営の知識もないが……。


 そんなことをぼんやりと考えながら、宿に続く路地に入ったところで、一軒の露天商に気づいた。宿を出た時にはいなかったので、俺が通った後にここに出店したようだ。

 せっかくなので覗いてみると、なかなか面白いものが並んでいた。保存食などの食料品が中心だが、鳥類型の羽でできた筆記具や切れ味のよさそうな短剣、水を携帯するための革袋や財布といった革細工も売っていた。


「何かご興味がおありかね?」


 露店商が声をかけてきた。白髪まじりの老人だった。六十はいっているだろうか。身体付きは随分がっしりとしている。


「いえ、午前中に通った時はいなかったので、通りがかりに」

「ここでは昼から出すんだよ。ここは午前中は日が差して商品に良くないのでね」

「なるほど…。これ、干しムサ・サピエントゥムですね?」


 輪切りにされた干し果実を指さす。


「そう。これは生も美味しいが、干すと旨みが増すんだ。よくご存じで」

「ムサ・サピエントゥムの農村で働いていましたので」


 老人が目を見開いた。


「もしかして先日、魔物の群れに襲われた村かね?」

「ええ、そうです。かなり大きい群れでした」

「それは災難だった。あなたも賢者の果実の栽培を?」


 手を振って苦笑する。


「私は移住者だったんです。いきなり果樹に手を出す勇気はなくて、タロを栽培していましたよ」

「なるほど。あの村はタロも有名だね。……どうだろう、せっかくのご縁だ、もう店を閉めるので、一緒に食事でも? いろいろと村の話を聞かせてもらえないだろうか」


 悪い人ではなさそうだ。

 誰かと食事をするのも悪くないだろう。


「いいですね。そこの宿に泊まっているんです。飯は悪くないですよ」

「おお、私もあそこに泊まっているんだよ、ちょうどいい。片付けるから、先に行っておくれ」


 言われた通り、俺は宿に一足先に戻っておいた。

 





 老人は、ノーリと名乗った。

 行商を始めてから二十年になるという。各地を巡りながら行商で生活を立ててきたが、かつては旅の護衛人や首都で会計人なども経験したことがあるそうだ。


 話好きな人で、彼の話をたくさん聞かされた。自慢話のようなものもあったが、俺の知らないような首都の裏事情や経済の話、護衛人としての体験談など、豊富な話題で飽きることがなかった。

 旅の護衛人も二十年ほど務め、小型の竜種とも遭遇して生き延びたことがあるらしい。竜種は、たとえ小型一匹でも、それこそ猿類型が群れでかかってもかなわないほど強力な魔物だ。それと対峙して生き延びたのなら、かなりの実力者なのだろう。


「エイユさんと言ったね。なぜ村を離れてこの町へ?」

「成人してから首都で就職して、貯めた貯金で農家になりましたが、先日の群れの来襲で畑をやられましてね。三年続けてきてようやく軌道にのりだしたところだったので、資金は底をついていました。それで、農家の手伝いなどから再起するよりは、新しいことを始めようと思いまして」

「それはお気の毒に。植物の栽培は、自然との付き合いだ。運も重要になってくるね」


 その通りだ。


「群れが来るのがあと二年か三年後だったら、資金の余裕が少しはできていて、畑をたて直せたかもしれません。ですが、起きてしまったものは仕方がない。今はこの新しい町で良い仕事を見つけたいと前向きに考えていますよ」


 ノーリがポンッと机をたたいた。


「ならば私の仕事を手伝わんかね?」

「はっ?」


 予想外の言葉に思わず変な声を上げてしまう。


「知っての通り、私は行商人だ。近々、次の町へ移ろうと思っていたのでね。人手が増えると、運べる商品の量も増える。手伝ってもらえると助かるな。その間に、私の経験でよければいろいろと教えて差し上げよう。私の仕事を手伝っていれば、これから仕事を探すのに役立つことも何か見つかるかもしれない」


 ノーリの提案は、確かに魅力的だった。

 商人も良いかもと思っていたところだ。生産するだけでなく、生産物の販売まで自分でできたら、価格もつけやすいし、生産が軌道にのるまで仕入れ品の販売で生活を支えることも可能になる。行商なら場所もいらないし不規則な活動ができる。

 それに、旅の護衛人なども興味がないわけではなかった。ノーリは経験者だそうなので、そのあたりも学ぶものがあるかもしれない。


「見ず知らずの私を雇って大丈夫なのですか?」

「構わんよ。あなたは悪い人ではない。せっかくの縁だ。そろそろ人も雇おうと思っていたところでもある。賃金は安いが、それでもよければね」


 しばらく考え込んだ。

 提案にのってもいいかもしれない。

 なにより、面白そうだ。あてもなく旅をするよりは、この人についていくほうが目的もあって、迷わなくてすむ。


「では、よろしくお願いいたします」

「こちらこそ。早速今週末には次の町へ発つよ。よろしく」


 固い握手を交わした。


「賃金が安い分、食事や宿は心配しなくていい」


 ありがたい。残っている見舞金に手をつけなくてすむ。

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