十五
剣は何度軍に預けても気づいたら俺のそばにあった。
いつのまにか手元に現れるのだ。
どうやって移動してくるのか、なぜ移動してくるのか全くの不明だったが、国からはどうしようもないので俺が持っておくようにと言われた。
それで、とりあえずは俺が剣を所有し、管理することになった。
扱いは慎重にと念押しされたが、剣はたとえ盗まれようと俺の元に戻ってくる。
それに、どれだけ何を斬っても刃こぼれ一つしなかった。常に研ぎたてのような鋭さを保ったままだった。
必ず戻ってきて、傷もつかない。それならどこに持って行ってどう使っても同じだ。
少しでも剣のことが分かればと思い、この国の前に存在した帝国の時代に詳しい歴史家のもとを訪れてもみた。
歴史家の話では、まだ帝国が無かった時代、この地は数か国に分かれて争いが繰り広げられ荒廃していたという。
そこに一人の男が現れ、圧倒的な力で瞬く間に各国を征服し、一つの強大な国へとまとめ上げたそうだ。
その男こそが帝国の初代皇帝である。
歴史家が手に入れたり解読して見聞きすることができた伝説や古文書には、"男は輝く聖剣を手にし無双の強さを誇った"という記述が複数発見されているのだという。
初代皇帝は帝国建国後も剣の力を使って各地を平定していった記述があるが、ある時期以降の史料になると聖剣についての記述が一切なくなることから、初代皇帝はその頃には聖剣を手放している可能性があるのだそうだ。
聖剣が後代の皇帝に引き継がれたという話もなく、聖剣は初代皇帝が帝国を築いたあと、どこかへ隠されたか失われたのではないか。
歴史家はそう語った。
「この剣がその聖剣だと言うのか?」
歴史家の話を聞き終えて、俺たち四人は話し合っていた。
彼によると、聖剣に関して"輝く剣""青の剣""青い光を纏う剣"といった記述が見つかっているそうだ。
この剣の特徴とよく似ていた。
「けど、手放しても持ち主の元に戻ってくるのに、なんで皇帝は手放せたんだ?」
フェンが最もな疑問を口にする。
そこが問題だ。
この剣は今の所有者を俺だと認識しているらしい。どこに放置してきても必ず俺のもとに戻ってくる。
帝国の初代皇帝が本当にこの剣を持っていたのだとしたら、どうやって手放してあの地下迷宮に隠したのか?
「あの広間に奇跡が用いられていたのが関係しているのかもしれませんな」
ゴートのほうを見る。
「推測ですが、初代皇帝は奇跡を使えたか、あるいは使えるものがそばにいて、この剣をあの文字の刻まれた塊に封印して、ほかの誰かがこの聖剣を手に入れないようあの地下迷宮に隠したとか。皇帝が死亡したことで所有権が無くなったという可能性もありますな」
なるほどあり得る話だ。
これまでの状況を考えると、最もそれらしい。
とはいえそれも推測にすぎず、またこの剣が本当に聖剣なのかもはっきりとはしていない。
謎が解けず、もやもやは残るままだった。
地下迷宮の攻略や剣に関する情報集めもひと段落し、俺たちの隊は解散することになった。
討伐隊として結成されてからずっと一緒にいたが、ゴートは本職の旅の護衛人として常連客から依頼を受けたらしく、隊を離れることになった。
名残惜しかったが、またいつかこの四人で――もしかしたら故郷の村へ帰ったセトもまた再会して五人で――仕事をしよう、と約束をしてゴートを見送った。
フェンは故郷である獣人の国から使いが来て、一度帰国してほしいと要請されていた。
獣人の国で凶悪な魔物の出現が多発しており、獣人でありかつて国で兵士としても働いていたフェンにも協力の依頼が来たのだ。
その依頼を受けるため、フェンも一度国へ帰ることになった。
大地震以降、この国だけでなく、直接大きな被害の無かった獣人の国のような遠方の地域でも、凶暴化した魔物の異常発生が多発していた。
なんらかの不吉の前触れではないかと大陸中で不安が広がっており、人同士の争いは各地で停戦状態となり、人と魔物の戦いが始まっていた。
四人のうち二人が抜けるということで、流れで隊は解散した。
もともと討伐隊のために編成された隊の一つだったので当たり前といえば当たり前だが、随分長く一緒に仕事をしていたので残念だった。
可能であればもう少し四人で仕事をしたかったが、仕方がないことだ。
また再会する機会を楽しみにしていよう。
俺はというと、この青く輝く剣を手に入れたことまで市民に広まっており、伝説の剣を手にした戦士様だとかなんとか、どこに行っても人だかりに囲まれてしまった。
役人か軍人が言いふらしているに違いない。
おかげでゆっくりしていられず、居心地が悪くなったこともあって首都を出ることに決めた。
あてはなかったが、とりあえず金だけは充分にあるのでまた気の向くままにどこかの街にうつってみようかと思う。
「ユイはこれからどうするんだ?」
二人を見送ったあと、俺とユイは並んで歩いていた。
ユイがどうするのかはまだ聞いていなかった。
「わたし、弓を新しくする」
「武器屋に行くってことか?」
首を振る。
「この国の弓は使いにくい。私の故郷の隣村に弓を作る名人がいるから、その人に作ってもらう」
そういえば、ユイは東の国の出身だと言っていたな。
確かにユイのつかう弓は、この国で一般的なものと随分形が違う。
「そうか、じゃあお別れだなぁ」
皆別々になるのか。俺はどこへ行こうか……そう考えていたら、いつのまにかユイがいないことに気づいて振り返った。
ユイは立ち止まってうつむいていた。前髪で顔が隠れていて表情は見えない。
「どうした?」
慌ててユイのそばまで戻って、顔を覗き込んでみる。
目が合ったが、ユイは口を開かず、沈黙が流れた。
道の真ん中で立ち止まっていたので、通行人が邪魔そうにこちらに顔を向けてくる。
俺に気づいた者もいてまた騒ぎになりそうだったので、ユイの手を引いて人だかりから逃れるように路地へと入った。
一息ついて、改めてユイのほうを見る。
「……エイユと」
小さな、震えるような声で、ユイがつぶやいた。
「うん?」
焦らせず、言葉の続きを待つ。
上着の裾をぎゅっと両手で握りしめたまましばらく固まっていたユイが、意を決したかのように顔を上げ、こちらを見つめながら言葉を口にした。
「エイユと、まだいたい」
頬を少し赤らめながら、力強くはっきりとした声で。
その表情と言われた内容とを理解して、心臓の鼓動が瞬間で跳ねあがった。
頭が真っ白になる。
「あー、っと……うん……いいけど」
けどって。
頭は次々と回転していくのに、言葉がうまくでなくて、自分で自分に突っ込んでしまう。
こういう時のユイを前にするといつも情けなくなってしまう自分がいた。
慣れてなくて、どう対応していいのかわからなくなってしまうのだ。
この、これは、恋愛的な何かなのか? 考えすぎか? どう答えるのが正解なんだ?
ぐるぐると頭の中が回り続けて混乱気味になる。
「エイユが行くところを決めてないなら、わたしが弓を作りに行くのについてきてほしい。そのあとはわたしがエイユについていく」
ユイが言った。
普段はとぎれとぎれというか、静かに語るユイが、今は早口だった。
彼女も緊張しているのかもしれない。
そう考えたら、すこしだけ落ち着いた。
焦らず答えよう。
「うん……いいよ。二人でも、まだ一緒にいられるなら、そのほうが良い」
なんとかそう口にした。
これで、正解か?
五人いたのが二人になってしまったが、それでもまだ誰かと仕事ができるのなら、俺も嬉しい。
ちゃんと本心からの言葉だ。
ユイは、俺の返事を聞くとぱっと顔を輝かせた。
そうかと思うと次の瞬間にはまたうつむいて、赤くなった顔を髪で見えないように隠してしまった。
その彼女の一つ一つの動作が、心をくすぐってくる。
「じゃあ、もう少し、よろしくな」
そう言って右手を差し出す。
ユイは、俺の右手をじっと見つめていたかと思うと、そっと手を差し出してきて、柔らかな手で優しく握り返してきた。
「よろしく、エイユ」
顔を上げ、俺の目を見てにこりと微笑んでくる。
その表情を見たとき、はっきりと自覚した。
彼女がどういう意味で、教会での夜俺に「気になる」と言ってきたのか。
病室で、俺を見つめてきたのか。
今、俺を誘ってくれたのか。
それは分からなかったし、聞きづらいので聞けない。
だが、どうやら俺はユイのことが好きになってしまったらしい。
俺の手を握ったまま、ユイが駆けだした。
「行こう。わたしの生まれた場所を案内する」
振り返ったユイの笑顔に、つられて俺も笑い返した。
ずっと、一人でやっていくことは苦ではなかった。
だから一人で移住をして農家になったのだ。
でも、猿類型に荒らされて廃業してからノーリという師を得て、フェンやゴートやセト、そしてユイと出会って仲間を得た。
いつのまにか、誰かとつながることの嬉しさ、喜びのようなものを覚えていた。
生きる術をノーリに学んだのは、一人でも生きていけるようにという目的でだった。
だが、今は一人よりも誰かと一緒にいたいと思うようになっていた。
思いがけず、ユイがそばに残ってくれたことが、嬉しかった。
まずはユイの新しい弓を手に入れよう。
東の国には行ったことが無い。遊牧の民が暮らす国だという。この国とは暮らしかたも人の価値観も違うだろう。新たな出会いもあるかもしれない。
新しい土地への期待と、ユイと二人での旅をうまくやっていけるかという不安とで胸は高鳴っていた。
北の国のとある場所にある石造りの館。
一般人が立ち入らないような辺鄙な場所に建つその館の一室でのことだった。
「わが師よ、ご報告です。中の国で、われらが探し求めていた邪剣が発見されました」
小さな蝋燭一つ。頼りない光だけの薄暗い部屋に、黒い長衣をまとった数人の男たちが並んでいた。
視線の先には、悠然たる態度で椅子に腰かけている男がいる。
一人の男が一歩前へ進み出て、椅子の男に向かって拝礼しながら口にした。
「ついにか……。何者が得た?」
椅子の男は腹の底に響くような迫力のある声をしている。
薄暗いために顔ははっきりと見えない。
「中の国の首都で噂になっている男でございます。今、部下に調べさせておりますが、東へ旅立ったという報告を受けており、追っ手を差し向けたところでございます」
「殺せ。邪剣を奪うのだ」
椅子に座る男は、そう言ったきり、黙り込んだ。
並んでいた男たちは深く拝礼すると、後ろに下がって部屋を出ていった。
一人きりになると、椅子の男は立ち上がって窓辺へと近づき、外を眺めた。
外では先ほどから強い雨が降り続いていて何も見えない。
遠くの空で一瞬だけ稲妻が走った。
「邪剣は必ず破壊しなくてはならない……異端の徒は抹殺しなくてはならない……」
不吉な言葉をつぶやきながら、男は何も見えない窓の外を見続けていた。
読んでくださった方、ありがとうございました。初めて書きました。
もっと上手く、面白いものが描けるようになりたいので、どんどん書いていきます。
この話も続きが読みたいと思ってくださる人が一人でもいらしたら、また書きたいです。
良い感想も厳しい感想も、いっぱいください。




