十一
風の抜ける静かな音と、四人の足音だけが、狭い空間に響いていた。
前方を照らすたいまつの火がゆらゆらと揺れている。
たいまつが照らせない奥には深い闇が広がり、先の見えない不安を煽ってくる。
首都の地下に広がる迷宮の攻略を始めてからだいたい五日目。
陽の光がないので、時間の感覚もはっきりとしなかった。
軍にもらった探索図を頼りに、まずは軍が探索を済ませた場所まで進んだ。そこからは慎重に地図を作製しながら進んでいく。
ゴートが旅の護衛人の仕事で地図の作成に慣れていたらしく、地図製作をしてくれていた。
今のところ変わったこともなく、着実に探索済みの領域は広がりを見せている。
通路は石組みでしっかりと舗装されており、壁も天井も石造りだった。時代を経て多少古びてはいるが、がっしりとしていて崩落の危険はなさそうだ。
横幅は人が三人ほどは並んで歩けそうな広さで、高さは大柄のゴートが手を伸ばしても届かないくらい。
十分な広さではあるが戦闘になるとやや狭い。出来れば魔物には遭遇したくなかった。
ちょこちょこと広間があったりして、そういうところで休息した。
今のところ、ここがどういう目的で作られた場所なのかわかりかねた。
本当にただの通路がひたすら続いているのだ。入り組んでいるので複雑ではあるが、地図をきっちりと作って進めば迷うというほどでもない。
「地上の古代建築って、この国のものじゃないんだよな?」
持ってきていた保存食をほおばりながらフェンが俺を見てくる。
「ああ。この国ができるよりもっと古い時代のものらしい」
子ども時代の学舎で、歴史の話も学んだ。
今、この地には議会制の国が建っているが、その前は帝王制の強大な国家があり、北の国や南の国の領地もそこに属していたと聞く。
古代建築は、その頃のものらしい。
「そもそも、ここは何なのでしょう?」
つるっとした頭をなでながら、ゴートは考え込んでいる。
「というと?」
「あの古代建築の下に入り口を隠す理由とはなんだったのかと考えていたのです。これだけ広大な空間を、わざわざ隠す目的は何なのか……」
確かに、なぜ入り口は隠されていたのだろうか。
何百年もの間、ここは人の目を逃れ、歴史書にその存在が記されることもなかった。
この空間は、造った者が他人に見つけられては困る空間だった、ということか。
「王家の脱出路とか?」
ぽつりとフェンがつぶやいた。
「帝国だったころ、この辺りが帝都だったんだろ? なら、城から極秘で王族が脱出するための隠し通路はありそうじゃないか。それがここだったとか」
その可能性は一理ある。
「だが、それにしては広すぎないか? 道もそれなりに複雑だ。脱出に使うのに、こんなに複雑にする必要があるのか?」
「まあ……それもそうだな」
しばらく唸ったかと思うと、フェンは頭をかきむしった。
「あ~わからん! 任せた!」
そう言って床に寝転がってしまった。
「ですが、良い線かもしれませんな。 帝都の下にただの人がこれだけ大掛かりな空間を造ることは不可能でしょう。となれば、時の帝王が造らせたものである可能性は高いですな」
「王家の残した空間、か」
いずれにしろ、奥へ行けばわかるだろう。
休息をしばらくとった後、俺たちは再び先へ進みだした。
行けども行けども同じような見た目の石造りの通路が続く。
迷わないよう、ところどころに目印を残した。
「もうずっと太陽を見てねぇから、気分が滅入ってきたぜ……」
昨日くらいから、フェンの愚痴が多くなっていた。
大自然と共に生きる獣人にとっては、狭苦しく陽の光も浴びられない地下空間は苦痛だろう。
俺にしても、いい加減外に出たい気持ちはあった。
「食料の残り的に、あと一日二日進んだら、最深部まで着かなくても引き返す。それまでもうちょっと我慢してくれ」
がくっとフェンがうなだれた。
「わかってるけどよ……」
尻尾が力なく揺れている。
実際、食料も残り少なかった。
探索は時間がかかったが、帰りはまっすぐ入り口まで戻るので二日ほどで出られるだろう。
それを考慮して、あと一日か二日が限度だった。
できればそれまでに一番奥までたどり着きたいが、果たして今どのあたりなのか。
フェンがぶつぶつ文句を言うのをみんな聞き流しながら、黙々と先へ進む。
同じ景色がひたすら続くのは誰でも気が滅入るものだろう。
それから小一時間ほど進むと、前方に扉が見えてきた。
行き止まりだ。
「おっ、おおっ!!」
フェンが顔を輝かせて扉へ近づく。
「やった!! 最深部じゃねぇか!?」
言いながら、すでに扉に仕掛けがないかを確かめはじめている。
「いや~……長かった。ようやくこの迷宮の謎が解けそうですな」
普段は爽やかなゴートも、さすがにこの数日は表情が暗かった。
しかし、今はやっと目的地を見つけた喜びで、フェンと同じように顔を輝かせていた。
「どうだ、フェン?」
丹念に扉を確かめているフェンに声をかける。
「特に仕掛けはなさそうだな……鍵がかかってるんで、開けるのに時間がかかる」
金属製の両開き扉の中央には、精巧な意匠が施された鍵穴があった。
フェンが自前の開錠道具で鍵開けにかかる。
「随分大層な扉ですが、中には何があるやら。楽しみですなぁ」
ゴートがにこやかにフェンの作業を見守っている。
「魔物がいないとは限らない。油断するなよ」
「わかっていますとも」
二、三度首を振って、ゴートは装備を点検しだした。
「まあ、こんな何百年も閉ざされた空間で生きている生物などいなさそうなものですがな」
ゴートの言うことももっともだ。
だが、ありえないとは言い切れない。
油断は命取りだ。
何があるか分からない。
しばらく待つと、鍵が開錠された軽快な音が響き渡った。
「開いたぜ」
立ち会がってフェンが道を空ける。
「よし。みんな、準備はいいか?」
三人を見る。
皆、力強くうなずいた。
「開けるぞ」
ぐっと力を入れて、重い扉を押した。
さび付いた音を立てながら、扉が開いていく。
扉を開け放って、中へ向けて松明をかざした。
光が端まで届かない。
石造りなのは通路と同じだが、かなり広い。天井も少しだけ高く、明らかにこれまでと違う空間だった。
ここが最深部で間違いないだろう。
慎重に中へ進んだ、その瞬間。
扉の横から続く左右の壁に設置されていた燭台に、突然炎が灯った。
誰も触っていなかったのにだ。
それを皮切りに、連鎖的に壁の燭台に炎がともっていく。
四方の壁すべてに設置された燭台が、赤赤とした炎を宿し、広間が照らされた。
「なん、だ、これ……」
フェンが絞り出すような声を出した。
全員、息を呑む。
誰も触っていないのに火がつくなんて、ありえないことだ。
冷や汗が額を流れ落ちた。
「みんな、気をつけろ」
剣を抜いて構える。
三人も、それぞれ武器を構えた。
「みて、中央」
ユイが指さす。
「ああ、なにかいるな……」
俺も気づいていた。
広間の中心部に、なにかがいる。
ゆっくりと近づく。
それは、足を組んで座っていた。
人の形をしたそれは、しかし、腕が四本生えていた。上の二本は頭の上に掲げ、下の二本は胸の前で組んでいる。
身体中には謎の紋様が彫り込まれている。
近づく俺たちに反応したのか、それはゆっくりと目を開いた。
炎がともっているとはいえ薄暗い空間で、その目だけがはっきりと見えた。
赤く輝きを放つ異様な目。
「魔物、か?」
人型の魔物なんて、見たことがなかった。
明らかにこいつは、普通の魔物じゃない。それだけははっきりとわかる。
気配も全く感じない。
そして、そいつは立ち上がった。
のっそりとした動きだったが、立ち上がったそいつは見上げるほどの巨人だった。
低く響くようなうなり声をあげている。
「おい、もしかしてこいつとやるのか?」
全身の毛を逆立てたフェンが、巨人をにらみつけている。
「多分、な」
ごくりと、喉が鳴った。
次の瞬間。
「……来る!!」
ユイが叫んだ。
ほぼ同時に、全員が横に跳んだ。
巨人は、口から液体を吐き出した。
それは一瞬前まで俺たちが立っていた場所に降りかかった。
液体がかかった床から煙が立ち上る。物体を溶かす液体だ。
「触れたら死ぬぞ!」
全員に緊張が走った。
「ユイ!」
合図すると、ユイがそいつの目を狙って矢を放った。
直撃するかに思えた矢は、しかし、巨人の上右腕によって掴まれてしまう。
「こいつッ! 速い!」
俺とゴートが前に飛び出す。
懐に飛び込み、右足を狙って斬りつけた。
剣が右足を深く切り裂く。青い血液が勢いよく噴き出し、巨人の叫び声が轟いた。
間髪入れず、ゴートが左足に斧を叩き込む。
ぱっくりと左足が抉れ、血と肉が弾けた。
「避けろ!」
怒り狂った叫び声をあげる巨人の四本の腕が、俺とゴートに襲い掛かる。
横から繰り出された一本の腕をしゃがんでかわす。すぐさま次の腕が、風を切る音とともに振り下ろされた。
横に転がってそれを避けると、拳をたたきつけられた石床が粉々に砕けて飛び散った。
ゴートも二本の攻撃をかわしたが、三本目の腕がすさまじい勢いでゴートの腹を直撃した。
真っ赤な血を口から吐き出して、ゴートが吹き飛ばされた。天井に勢いよくぶつかり、地面に落下する。
「ユイ!」
すぐにユイが駆けつけて、ゴートを引きずって下がった。
フェンが前に出てくる。
「右を狙うぞ!」
うなずいたフェンが礫を放つ。
すさまじい音を鳴らして巨人の右足を礫が襲った。巨人の身体がぐらつく。
再び巨人の足元に踊り込み、右足を剣で薙ぎ払う。血が噴き出す。
そのまま巨人の背後へ抜けた。
巨人が叫びをあげ、膝を折った。
好機だ。
すぐさま振り向き、巨人の腕に向けて剣を振り下ろし、肉と骨を断ち切った。
下右腕の肘から先が、吹き飛んで地面に落ちる。
青い血が噴水のように切り口から飛び散った。
巨人の絶叫が上がる。
異様な存在だが、刃は通る。いける。倒せる。
そう思ったのは、油断だった。一瞬動きが遅れてしまった。
怒り狂った巨人が振り払った拳をまともに喰らった俺は、強烈な激痛とともに巨人の後方へ吹き飛ばされた。
「エイユ!」
誰が叫んだのか。
勢いよく地面にたたきつけられ地面を転がる。
視界が飛んだ。
立ち上がるどころか動くこともできず、俺はその場で意識を失った。




